キミの記憶の片隅に自分がいないことは、分かりきっていたはずなのにひどく、……淋しい。
「うわぁ!洋子?変わったねぇ!!」
十数年ぶりの再会。
今日は小学校の同窓会。
居酒屋の広間に続々と集まる懐かしい顔触れに頬が緩む。
みんな大人になっていて、それでもどこか変わらない部分があり、誰が誰か、すぐには分からなくても声を聞けばすぐに思い出す。
もう、十年は経っているのに人の記憶というものは厄介だ。
楽しい思い出も、忘れたい思い出も瞬時に思い出される。
広間を見渡す振りをして、ある人を探した。
来る可能性が極めて少ない人だ。
彼こそ、小学時代に嫌な思い出があるはずで、そんな彼がこの会場に来るとは考えにくい。
それでも捜さずにはいられなかった。
一目でいい。彼を見たい。
「洋子、誰か探してる?」
休み時間にいつも遊んでいた子が盛り上がる参加者の騒がしさに顔をしかめながら聞いてきた。
「え、いや、誰が来てるのかなぁと思ってさ」
「ふーん。あ、来ると思う?彼」
「“彼”?」
「怜侍くんよ、御剣怜侍」
「あぁ、学級委員長の」
「きっと、かっこよくなってるんだろうなぁ。元々かっこ良かったし」
そうだね、と返すのとほぼ同時に彼女は誰かに呼ばれて私の側から離れる。
御剣怜侍。
あちらこちらから聞こえるその名前は、もちろん私も覚えている。
小学時代、女子の人気を一手に集めていた彼に思いを寄せる子は多かった。
それを妬んだ男子もいたようだが、そんなものどこ吹く風で彼は堂々としていたものだ。
再び私は広間を見渡した。
もし、怜侍くんが来ているなら彼は一緒にいるはずだ。
二人は仲が良かったから。
「洋子ちゃん!」
突然後ろから声を掛けられてそちらを見ると、見覚えのある人物がいた。
「政志くん…?」
「そうだよ!いやぁ、洋子ちゃんは綺麗になったねぇ」
小学時代からほとんど変わらない容姿からその名前を思い出すのは容易だった。
彼が来ているということはあの人もいるだろうか。
聞いてみようか、彼が来るのか…。
「あ、フミちゃーん」
尋ねようとした瞬間。
政志くんはフミちゃんの元へ行ってしまった。
結局聞きたいことは聞けずじまいで、また私は広間を見渡した。
先程より幾分か人は増えているが、私の探している人は見当たらず肩を落とす。
とりあえず、場所を移動しようと後ろに下がったとき誰かとぶつかった。
「ム…失礼」
「あ、怜…侍くん」
広間にいるほぼ全員が私達を見る。
いや、正確には彼を見ているのだ。
「御剣ー!」
「来ていたのか、矢張」
怜侍くんと仲の良かった政志くんが真っ先に駆け寄ってくると、あっという間に怜侍くんは男の子に囲まれた。
「久しぶりだなぁ」
「アメリカはどうだった?」
「今、なにやってんだよ」
口々に問われて、戸惑いながらも怜侍くんは全ての質問に答えた。
「成歩堂は来ていないのか?」
特に意識を集中していたわけではないが、私の耳がその名前を捉えると全神経がそちらに集中する。
「まだ見てねぇけど?」
「来ないんじゃね?」
「そんなはずはない。以前逢ったときには来ると言っていた」
良かった。
来るんだ、龍一くん。
「お、噂をすれば湯気ってな」
「……影、だぞ。矢張」
「あれ、もう来てたのか。二人とも」
青いスーツに身を包み、相変わらずのツンツン頭。
思わず深く息を吸い込んでしまった。
「“もう”って、お前が最後だぞ、成歩堂!」
「え、そうなの?」
「ああ、そのようだ」
「急いできたつもりなんだけどなぁ」
変わらない、なにも。
彼は、彼のままだ。
「じゃあ、始めようか。みんなっ」
幹事の掛け声で同窓会が始まった。
みんなそれぞれ、思い出を語り合ったり浸ったり、好きだった人を暴露してみたり、現在を報告しあったり。
十数年の経過など、全く気にもせず語らうみんなは無邪気で、まるであのときに戻ったようだ。
中には酔い潰れる者も出て来て、それを介抱する者、茶化す者。
それぞれがそれぞれなりにその場を楽しんだ。
やはり一番人気だったのは、怜侍くんで入れ代わり立ち代わり女の子が話し掛けていた。
元々物おじしない性格だが、あからさまに向けられる好意は苦手なのか、戸惑っている節がある。
私の元にも何人か男の子が昔を懐かしんで寄ってきてくれたが、本来目立たなかった為かそれほど多くない。
そして、もっとも寄ってきてほしい彼は政志くんの隣で酒を呑んで笑っていた。
「えー、盛り上がってますがそろそろ時間ですので、お開きにしたいと思います」
当たり前のようだが、広間にはブーイングの嵐が吹き荒れる。
それを受け、すかさず幹事は次の言葉を述べた。
「そう言うと思ったので、今から二次会を開きます!とりあえずここのお店はここまでで。一旦外に出て下さいっ!」
今度は歓喜の嵐に見舞われ、みんな笑顔で立ち上がる。
「成歩堂ー、二次会参加するのか?」
少し千鳥足気味の政志くんが龍一くんに尋ねているのが聞こえる。
広間に残っているのは私達を含めて十人ほどで、大半は二次会に参加するようだ。
「いや、明日も仕事だしやめとくよ」
「えー!いいじゃねぇかよぉー。女の子も参加するみたいだぜ」
「いいよ、ぼくは。それに、どうせみんな御剣目当てだぞ」
「なんだとー!あいつ、一人占めする気だな!」
「いや、御剣も帰ると思うけど」
「…なんで?」
「一応、あいつ公務員だからな。明日は仕事だろ」
「女の子が参加しなくて、お前らも来ないならやめとこっかな…」
「いいんじゃないかな」
少し面倒くさそうにそう言った龍一くんと目が合ってしまった。
「あ、こんばんは」
「こんばんは。二次会参加しないの?」
「う、うん。私も明日仕事だし」
しまった。
これでは二人の会話を盗み聞きしてたのが丸分かりだ。
「洋子ちゃんの家ってどっち?」
「駅と反対側だけど」
「あ、一緒だね。…送って行こうか?」
「えっ」
龍一くんの思わぬ申し出に思考が止まる。
「い、いいよ!そんな、迷惑だし!!」
「迷惑って、帰る方向一緒なんだからさ。外も暗いし、ね?」
あっけらかんと笑った彼に見惚れた私は気付けば、首を縦に振っていた。
「じゃあ、決まりだ」
「おい、ズルイぞ成歩堂!俺も送れ!」
「お前は一人で帰れるだろ」
「もし、誰かに襲われたらどうすんだよー!」
「…キミは私が送ろう」
「御剣…」
「成歩堂、早く行け。これ以上遅くなると彼女が危ない」
「そうだな。矢張を頼んだぞ、御剣」
「あぁ。了解した」
「行こうか、洋子ちゃん」
「あ、うん」
ヒドイぞ、成歩堂!
慌てて龍一くんの後に続くと、背後から批難の声が飛んできた。