ぼくの恋人はどうしようもないくらい女王様だ。
「龍一」
「なに?」
黙って差し出されたティーカップ。
中身はない。
「同じものでいい?」
「うん」
パラパラとめくる雑誌から顔を上げることなく、彼女はお代わりを要求した。
それに異議を唱えるでもなく、ぼくは腰を上げると彼女のお代わりを要れる為にキッチンへ向かう。
「はい」
「うん」
お礼も言わずに彼女は生返事を返す。
それどころかティーカップを受け取ろうともしない。
やはりこれにも異議を唱えることなく、ぼくはティーカップを彼女の前に置いた。
これがぼくらの日常で、こんな彼女と付き合って半年以上が経っている。
毎度毎度こんな調子で、二人きりでなくても彼女は変わらない。
御剣がいようと、真宵ちゃんがいようと、春美ちゃんがいようと、矢張がいようとお構いなしで、彼女はぼくに要求する。
自分の欲求を。
「洋子」
名前を呼んでみると彼女は雑誌に向けていた目をぼくに向けただけで、すぐにまた雑誌に目をやった。
「洋子」
一瞬でもぼくを見てくれたのが嬉しくてもう一度名前を呼ぶ。
「なに」
ひどく無愛想な返事があった。
しかし、こちらを見てはいない。
「呼んでみただけ」
「……用がないなら呼ばないで」
それっきり彼女は口を閉ざして、雑誌に没頭する。
「ごめん」
素直に謝ると彼女はさも当然の如く頷いた。
しばらく沈黙が流れて、その間彼女を観察する。
御剣も、そしてあの矢張でさえも、洋子のことは好きではないらしい。
二人してぼくに、好かれていないんじゃないか、なんて心配してくれたくらいだ。
確かに、彼女の愛情表現は分かりにくい。
というか、第三者からしたらぼくは愛されていないように見えるだろう。
なぜなら、彼女の愛を感じれるのは二人きりの時、それも限られた状況のみだから。
そして、その状況を生み出せるのはぼくだけ。
思い出せばまた見たくなる彼女の姿は麻薬のようで、数秒悩んだ末、少し酷だがその状況を生み出すことにした。
「洋子」
「…………」
「…別れよっか」
ちゃんと彼女に聞こえるように。
ちゃんと彼女に届くように。
ぼくは一文字一文字はっきり発音した。
その言葉を聞いた彼女は雑誌から顔を上げる。
少し瞳を潤ませて、真っ直ぐにぼくを見つめる顔が、僅かに震える唇がぼくを煽った。
「……りゅ」
「別れよっか」
同じ言葉を今度は吐き捨てる。
「い、いや」
「どうして?」
悪戯に尋ねれば、彼女の瞳は益々潤む。
「いや、嫌」
向かいに座っていた彼女はぼくの方へ来て、ぼくの胸元に縋り付いた。
背中に手を回して力いっぱいぼくにしがみつく彼女などまるで存在しないかのように振る舞えば彼女の顔が見る見る歪んでゆく。
今にも涙が零れそうだ。
そして、そんな彼女の姿にぼくは一種の興奮を覚える。
ぼくの一言でここまで心を乱すということが、彼女にとってのぼくを物語っていて…。
そこに見えるのはぼくに対する愛。
ゆっくりと彼女の後頭部に手を伸ばし、その髪を撫でる。
いつの間にか彼女はぼくの胸に顔を押し当てて泣いていた。
「ごめんね、洋子」
「…嫌、いや、やだ」
「ぼくのこと好き?」
「うんっ」
「…愛してる?」
「うん」
「じゃあ、まだ恋人で居られるね」「…ホント?」
「……うん、ホント」
潤んだ目のまま微笑んで、彼女は安心したように抱き着いてきた。
誰も知らない彼女の姿は、彼女に愛された者だけが見ることを許された姿。
彼女のこんな姿を知っているのがぼくだけだという事実がぼくに与えるのは。
優越感。