「ひゃー、人がいっぱいだねー!」
ひょうたん湖に着いた私達が見たものは黒山の人だかりだった。
「あんなシュールな見た目なのに、なんでこんなに人気なんだ?」
「んー。私達にとってのミラクル仮面なんじゃない?」
「……ちょっと理解出来た気がするよ。ありがとう、洋子」
「どういたしまして」
トノサマンと握手する為に集まった人を目の当たりにしてゲンナリしている私達とは違い、同じ目的の真宵ちゃんはテンションが上がっている。
「あ、最後尾はあっちだね。行ってきます!」
「え、一緒に行かなくていいの?」
興奮状態のまま一人で駆け出した真宵ちゃんの背中にそう言うと、驚くべき言葉が返ってきた。
「たまには二人で、デートしなよっ」
「「…………」」
私と成歩堂は言葉を失った。
まさか、真宵ちゃんにそんな気を使わせていたなんて…。
「…気、使われちゃったね」
沈黙の末、ようやくその言葉を引っ張りだすと、
「そう、だね」
成歩堂は同意を口にした。
「もしかして、これが狙い?」
「まさか。だったら一人で来てるんじゃないかな」
「…でも、事務所に二人でいても仕事してるよね」
「………確かに」
真宵ちゃんがそこまで考えていたかは分からないが、結果的に久々のデートタイムになってしまった。
とはいっても、回りはトノサマン一色でデートなんてムードでもないのだが…。
「とりあえず、ひょうたん湖一周してみる?」
「そうだね。せっかくだからデートらしいことしてみようかな」
成歩堂の提案に乗る。
「じゃあ、行こうか」
そう言って成歩堂は手を差し出した。
少し戸惑ったがその手を取って、二人で歩きだす。
特に見るものがあるわけでもないが、恋と言うのは不思議なものでただ手を繋いで歩くだけで幸せを感じてしまう。
あそこに鳥がいる、魚が跳ねた、いい天気だね。
たったそれだけなのにひょうたん湖を一周するころには私も満足していて、成歩堂の顔にも笑顔が増えていた。
「いやー、ひょうたん湖って結構広いんだね」
「確かに。この広さは意外だったな」
「意外と言えば、この長蛇の列もね」
未だに長い列を作っている人達を見て私が言うと、隣からため息が聞こえる。
「真宵ちゃんは…まだみたいだね」
成歩堂が差した指の先にはかなり前列にいる真宵ちゃん。
まだ握手は出来ずのようだ。
あと十人ほどだろうか。
「じゃあ、待ちますか」
「そうだな」
その列からさほど離れていないベンチに座り、二人して真宵ちゃんを見守る。
「それにしても…。結局、今日も仕事が進まなかったな」
「あー、まあね」
「でも、洋子と久々にデートっぽいことが出来たから良いかな」
微笑んだ成歩堂に一瞬見取れてしまった。
彼にどうしたの、と言われ慌てて首を横に振る。
「真宵ちゃんに感謝、だね」
「うん」
真宵ちゃんを見遣るとちょうどトノサマンと握手していて、なにやら熱心に話し掛けている。
「なにかお礼、しなきゃね」
「うーん、そうだな」
「食べ物関係、がいいんじゃない?」
「……………」
おもむろに成歩堂は財布を確認し始めた。
「今日は私もいるし、大丈夫だよ。……多分」
私がそう言っても成歩堂の顔色は変わらない。
それを見て私も心配になってきた。
「やっぱりトノサマンはカッコイイよね!…どうしたの?」
握手を終えて意気揚々と帰ってきた真宵ちゃんは沈んでいる私達を見て怪訝そうに問う。
「真宵ちゃん、今日はありがとう」
「いえいえ。どういたしまして」
「それでね」
「うん」
「…えーと」
「なに?なるほどくん」
「あ、今日は真宵ちゃんの食べたいものを食べに行こうってことになったんだけど…なにが食べたい?」
はっきりしない成歩堂の言葉を継いで言った。
「いいの!?」
より一層目を輝かせた真宵ちゃんに不安感を煽られる。
成歩堂もそれは同じなようで、少し顔が強張っていた。
「じゃあねぇ…。やたぶき屋!」
真宵ちゃんが口にしたのは行きつけのラーメン屋。
確か、先日も行ったばかりだ。
「いいの?やたぶき屋で」
「いいの。やたぶき屋で」
確認の為に聞いてみたが、あっさり肯定される。
「もっと普段食べれないものとかでいいんだよ?」
なんだか申し訳なくなって他を薦める。
隣で成歩堂が驚いていたが、見なかったことにした。
「本当にやたぶき屋でいいよ」
そういうと、やたぶき屋を目指して真宵ちゃんは歩き始めた。
少し駆けて彼女に追い付いた私は成歩堂に聞こえないように尋ねる。
「本当にいいの?気、使ってない?」
「全然!だってね、」
やたぶき屋だったら、隣同士で座れるでしょ?洋子さんとなるほどくん。
私は再び言葉を失った。
それと同時に足も止まる。
真宵ちゃんも私と向かい合って止まった。
考えてみれば、レストランに行ったときも食堂に行ったときも、私と成歩堂は向かい合わせに座る。
しかし、やたぶき屋は屋台だ。
真横に一列。
当然、三人は横並び。
「今日、なんの日か覚えてないの?」
私達に追いついた成歩堂と、私は顔を見合わす。
思考を巡らせてなんの日かを考えてみるが全く思い浮かばない。
「もう!なんで本人達が覚えてないかなぁーっ」
今日は、二人が付き合いだした日だよ。
「…………」
「…………」
「記念日っていうんだよね」
きねんび、記念日…。
「あああぁああー!!」
「うわぁああぁー!!」
「ホントに忘れてたの…?」
心底呆れた様子で言った真宵ちゃんは続ける。
「だから、今日は二人の日にしようとしてたのに」
「そ、そうだったのか…」
「すっかり忘れてたよ…。ありがとう、真宵ちゃん」
「じゃあ、早くやたぶき屋に行こう」
「いや」
成歩堂が真宵ちゃんの動きを止める。
「だったら尚更だな。真宵ちゃん、ホントに遠慮しなくていいよ」
強い目で成歩堂がそう告げた。
「んー、なら、お願い事を一つだけ」
しばし考え込んだ真宵ちゃんは私と成歩堂を交互に見て、こう言った。
幸せそうな二人をいつまでも見守らせてね。
可愛らしいお願いに私達は頬を緩ませた。