書類整理に追われる成歩堂を尻目に私と真宵ちゃんは思い思いの時間を過ごしていた。
私達の間に交わされる会話はなく、ひたすら黙々と作業を続けていく。


「あのさ、」


沈黙を破ったのは成歩堂だった。


「この状況を見て、なんとも思わないの?」


「この状況って?」


私が聞き返した言葉は成歩堂のカンに障ったようだ。
頬が引き攣っている。


「この状況だよっ!この状況!!ぼくだけが書類整理をしてて、洋子も真宵ちゃんも自分の時間を謳歌していること!!」


「そんな大声出さないでよね、なるほどくん!」


真宵ちゃんが、頬を膨らませて怒鳴った。
彼女は今、録り貯めていたトノサマンを見ている。
成歩堂を見たのは一瞬で、またテレビに視線を戻した。
テレビの音が聞こえないとか、ぶつぶつ言いながら。


「どうしたら満足なの?」


「どちらか一人が手伝うとか、ぼくにお茶を入れるとか」


「…手伝うのは嫌だなぁ。成歩堂が掃除しないから、埃っぽいし」


「じゃあ、せめてお茶だけでも入れてくれ」


「…分かった」


渋々、成歩堂と自分と真宵ちゃんにお茶を入れるべくソファから立ち上がる。
テレビには相変わらずトノサマンが映っている。
真宵ちゃんが拳を振り上げ、「いけ、そこだっ」と楽しそうだ。


台所まで来たものの、やる気のなさからため息が出る。
三人分の湯呑みを用意して、茶の葉が入っている缶を開けた。


「成歩堂ー!」


「なんだよっ」


「お茶っ葉ないよー!」


「…………」


成歩堂に缶を見せようと台所から出たとき、


「…うわ!」


ちょうど台所に来た成歩堂とぶつかりかけた。


「びっくりした!」


「真宵ちゃん、一人でいい子に留守番してて」


私の手を取った成歩堂は、真宵ちゃんにそう言い残すと事務所を後にした。
背後から、「こども扱いするなーっ!」と聞こえた。


成歩堂は、事務所から出ても手を離さなかった。
振り返ることもなく、手を引いて歩く。
歩幅の違いで成歩堂の歩きは私の走りだった。


「成歩堂…?」


名前を呼んでも返事はない。
その内、最寄りのスーパーに着いた。
そこへ来てやっと成歩堂は手を離す。


「買いに行くよ、茶の葉」


いや、買いに行くって…


「もう着いてんだけど」


私の言葉を無視して成歩堂は足を進めた。
慣れた様子でいつもの茶の葉を捜し当て、手にとると真っ直ぐレジに向かう。
私は店を出るまで後ろを歩いていただけだった。


帰り道。
あっという間の出来事に混乱していた。
私に金を払わすわけでもなく、荷物を持たすわけでもなく。
あと一歩の距離を詰められず、後を着いて歩く。


「成歩堂……なんか怒ってる?」


私が出した結論はそれだった。
それ以外に考えられない。


「怒ってるけど…?」


やっぱり…。
しかし、理由が分からない。


「そんなに書類整理嫌い?」


まぁ、面倒なんだろうけど。
今更ながら、手伝えば良かったな。


「そんなんじゃない」


「じゃあなに?手伝わなかったから…?」


成歩堂に着いて歩いていたために気付かなかったが、いつの間にやら人気のない路地にいた。


くるりと振り返った成歩堂がなにも言わずに近付いてくる。
私はただ、見ていた。
壁を背にして。


「空の缶を洋子が見つけたから」


その言葉が示す意味を考えていたが、暗くなった視界に顔を上げる。


「……えっ、と」


まるで、成歩堂に追い詰められたみたいになっていた。
視界が暗くなった理由は、それだけ彼が近いから。


「本当は、真宵ちゃんに行かすつもりだったんだよね」


なのに、洋子が見つけちゃってさ。
口角をにやりと上げて、怪しく微笑む成歩堂が、不安を煽る。


「…なんで?」


「洋子と二人っきりになりたかったから」


「………え」


だから、真宵ちゃんを置いて来たのか。
そして、わざとこの路地に来た。


今や、完全に追い詰められていた。
右には成歩堂の左腕。
左には右腕。
そしてその右腕にはスーパーの袋がぶら下がっている。


「最近、触ってないんだけど、ぼく」


わざと吐息が掛かる距離で囁かれる。


「…そう、だっけ?」


「そう、だよ」


完全に成歩堂のペースだ。
いつもはこんな色気なんてないのに…。


耳元でガサガサと音を立てるポリ袋が、ムードをぶち壊してるはずなのに、全く気にならない。


ムードを、ぶち壊してる、はずなのに。


私は、成歩堂の口付けを、あっさり許した。
長く、長い口付け。
角度を変えて何度も何度も。
離れようとしても、それを許さない。
息継ぎさえ、許されない。


「……あー、やっぱり、やめておけばよかった」


好き勝手に人の唇を弄んでおいて、成歩堂は腹の立つ一言を口にした。


「ちょっと、それどういう意味…?」


苛立ちを隠さずにそう言えば、成歩堂は反らしていた視線を再び私と交わらせた。


「ん、知りたい?」


ニヤリと効果音が付くくらい怪しく笑った成歩堂は、私の耳に唇を寄せて言った。


「我慢出来そうにないってこと」


真っ赤になって目を丸くした私とは対象に、成歩堂は先程のキスがなかったように涼しい顔をしている。


「どうした?洋子」


どうしたもこうしたも…。


「早く帰らないと真宵ちゃんが心配するよ」


先に歩き出した成歩堂は少し機嫌を良くしていた。
当たり前と言えば当たり前か。
成歩堂は楽しみにしているはずだ。


「洋子、」


今日は寝かさないけど、いいよな?


そんなに楽しそうに言われたら、ダメなんて言えない。
元より、言うつもりなんてないけど。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -