甘美な一時

私に気遣っていつも彼はベランダや、開けた窓の近くの椅子に座って煙草を吸う。今日も家に来てみればソファで静かに吸っていた。

「悪いな、もうすぐで吸い終わるからその辺に座っててくれ」

そう言ってくれてるのに私は彼の横まで行き隙間も空けず座る。私が煙草を吸ってる時に近づくのが珍しいのか忍は不思議そうな顔をしていた。

「あのね、一個だけお願いがあるんだけど」
「ああ」
「シガーキスしたい」

私がそばに居るからか、今にも煙草を揉み消しそうな手を掴み引き寄せる。ついでとばかりに手の甲にキスすれば反対の手で頭を撫でられた。

「何故だ?煙草は吸ったことないだろう」


時は一ヶ月も前に遡るが、アッポリメンバーで飲み会をしてるから来ないかと有紀から連絡が入り、夜に酒屋へと出向いたことがあった。それ自体はよくあることで飲み会も二件ほどはしごをすれば私を誘おうと必ず誰かが言い出すらしい。それでいつもの馴染みの酒屋の前にそろそろ着くというところで見つけたのは有紀と綺麗なお姉さんがシガーキスしてるところだった。有紀が女の人と絡んでることはよくある事なのに、その二人の仕草はまるでMVのように素敵で目を奪われたのだ。何かいけないものを見たような、美しいものを見たような興奮に駆られてお酒がよく回ったのを覚えている。その日から忍とシガーキスしてみたい、忍としたらどうなるんだろうとそんなことを毎日頭の片隅で考えていた。そのことをざっくりと忍に説明すると少し悩むような顔をして「煙草は吸えるのか?」と聞いてきた。

「昔に一回だけあるよ。だからお願い!しようよ」
「別にいいが、おれの煙草は重いぞ」

そう言い差し出された煙草を咥える。彼の肩に手を乗せ、もう火がついている煙草をめがけて近づこうとすれば顎を掴まれた。

「じっとしなさい」

いつものキスと何も変わらないのに、段々と近づく忍の顔に耐えられなくなり下を見る。そうしていれば目を手で覆われ視界の八割は彼の手の平になってしまった。その小指と薬指の隙間からちらりと煙草の先が触れ合って、火がちりちりと移るのが見える。すぐに引火はしないせいでずっと忍の吐息と体温がすぐ側にあって心臓が暴れるのが止まらない。やりたいと言ったのは私なのに早く終わらないかと心の底から祈っていた。

「ん、着いたぞ」

忍がほらと点火した煙草を指さしてくれるが、私はそれどころじゃない。先程までの体温が下がらなくて耳元でどくどくと血の流れる音がする。私は落ち着くために煙草をひと吸いしようと息を吸う瞬間、すっと口から引き抜かれた。

「え、」
「やっぱりお前には吸わせられない。喉をもっと大切にしなさい」
「やだやだやだ、一回だけ一息だけだから。ここまで来たら吸いたい!」
「だめだ」

取られた煙草は彼の口へと行き、優雅に吸われた。ずるい。その想いを込めて睨むが気にしていないのか微笑みながら私の頭を撫でている。

「体に悪いからな」
「口が寂しいんですけど」

「これで我慢してくれ」と私の唇に優しく口付けられたけど、そんなんじゃ許せなくて彼の唇にがぶりと噛み付いた。このあと唇から血が出た忍にお説教を食らったのは言うまでもない。

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