欠けて埋めて

ごそごそと物音がしているのは知っていたが、まだ私の起きる時間じゃないし、とベッドに埋もれる。でも一度覚めてしまったらもう寝付けないことに気づいてしまった。どうせやらなきゃいけない仕事は山盛りだからなぁ。まだそこで着替えているであろう人に声をかけてしまうかとのそりと起き上がった。

「、スモーカーおはよう」
「〇〇、起こしたか」
「いいよ。どうせ起きないといけないし、それに服を着るの手伝ってほしいから」

まだズキズキと痛む手首から先がない左腕を振れば少しだけ顔を歪めて何かを言いかけて、やめたように見えた。その代わりに「なら先に顔洗ってこい」と私に手を差し出す。そんなことしなくても足は怪我してないのに。まるでお嬢様のように出された手に手を重ねて静かにベッドから降りた。



腕に引っ掛けるようにしてシャツからネクタイベルト全部を持ってソファに座る。せっかくかけたアイロンが無駄にならないように慎重に置いて彼に向かい合った。しゃがむ彼を前にシャツの袖を通す。その間すごく静かだった。いつもの朝なら騒がしくはないけどもう少し活気のある雰囲気だった気がする。なのに今は私もスモーカーもただ黙ってお互いを待っている。

「はい、お願い」
「あァ」

プツプツと上から一つずつ私よりも大きい手がボタンを止めていく。今は仕事用のグローブもしていないせいか手の温かさが伝わって妙に安心した。好きな温もりが手の届く範囲にいるのは嬉しい。唐突に触りたくなって、ゆるりと手を伸ばして彼の頭を撫でる。セットをしていない髪の毛から耳を辿って項へ。これも彼の頭が私より低いからできることだ。怒られないのをいい事に撫でるついでに髪の毛を掻き乱してつむじへ唇を寄せる。うーん、自分が思っていたより心は不安だらけだったらしい。

「おい、〇〇袖は捲るぞ」
「うん」

そっちは完全に任せて、私はまた彼の頭に手を伸ばす。言ってしまえば、ちょっとだけ手持ち無沙汰なのだ。でも撫でていた頭がふいに移動して手首の辺りが温かくなった。さっきの手よりもっと熱く、縫っただけの傷が疼きそうなほどの温度。

「……今も痛むだろ」
「うん。薬を飲むとマシだけど」

断面から肘まで手で撫でられ握られる。気をつかってかいつもの彼からは考えられない優しい握力だった。もう一度静かに手首に唇を寄せて、その様子に目を離さない私の頬を撫でる。手首じゃなくて唇にしてほしい、今すぐにキスをしたい私を数秒見つめて、焦らしで吐いたため息を塞ぐように口づけた。たぶんきっと今日の二人は傍から見たら異様だと思う。静かすぎる彼にいつも以上に好き勝手する私。でも会えなかった分、手を取れなかった分を埋めるにはこれくらいがちょうどいい。

「スモーカー」
「なんだ」
「手、痛いから撫でて」
「あァ」

甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼にもう一度つむじにキスするように顔を寄せる。彼を何度も確認するように抱きしめ「好きって言って」と面倒なことを一つ言ってみれば「着替えが終わったらな」との返事に嬉しくなって笑いながら少しだけ目に涙を浮かべた。

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