したいの

 じいいーっと、見つめられている。向こうから。
 でも、俺が仕込みの手元から視線を外して向こうを見ると、真珠ちゃんはあからさまに首をひねってなかったことにする。
 続きを再開すれば、またじいい。だから今度は体勢を変えないままで声をかけた。

「どしたの、真珠ちゃん?」
「……」
「俺の顔に穴が開いちゃう前に教えてほしいな〜」
「……」

 小袋の中に入れる、もう一回り小さい包みをきゅっと絞り、具合を確かめて地面へ置く。出来上がった分を端から数え、それが済んだら小袋の中に移しておしまい。
 そこまで到達したら、"教えて"から"聞き出す"へ切り替えるよ。そういう意思を空気に乗せながら。

「出来た〜のは〜…ひとーつ、ふたーつ、みーっつ、よーっつ…」
「キスしたい」
「オッケ〜〜りょ〜〜……へえっ!?」
「……」

 あっバカ!
 彼女の要求と俺の口から出た生返事を理解した瞬間、顔面中の毛穴から冷や汗と熱が吹き出していた。
 バカバカバカ!なに素っ頓狂な声出してんだ俺!!

「待って真珠ちゃん!」
「何でもない」
「なくない!やだ!」

 包みを蹴散らし手と足で地面を押す。顔を伏せた真珠ちゃんが立ち上がっている。距離を詰める間に背中を向けられる。俺はとっさに右手を伸ばし、二の腕を掴んで引いていた。
 そうして彼女をかばいながら、どすんと尻もちをついた。

「!?…!?ゲ、ゲン…!?」
「うー…だいじょぶ…?」
「それはあなたの方!」
「へーきへーき…でもメンゴ、じっとして」
「!」

 はっともがくのをやめた真珠ちゃんを一度抱きしめてから、素早く位置を反転させて組み敷いた。目を白黒させる彼女が現状を把握するまでそのまま待つ。
 頬と耳を真っ赤に染め、両の瞳をまん丸に開き、何も出来ずに固まってしまっている。平坦な普段の態度とかけ離れたその表情、たまんないな。

「俺もしたい。嬉しいよ」
「っ…んぅ…!」

 両肘を彼女の顔を挟むようにしてつき、迫りながら囁いて唇を重ねた。ちゅ、ちゅ、ちゅ、と毎回音を立てながら繰り返す。その間まん丸のままの瞳がずっと俺を見ていたので、次は俺もまぶたを下ろさず長く吸いついていた。

「ん〜っ」
「んんぅ……っふぁ!ゲンっ…!」
「はーい。あと百回いっとく?」
「も、いい!」
「俺がしたいの…♪」

 ようやくぎゅっと目をつぶって、真珠ちゃんが両手で俺の胸を押しやった。少しの間ぐいぐいと戯れ、それから一気に引いて避けた。
 いきなり自分の手が空を切り、彼女は驚いて動きを止める。その隙を突いて左手首を取り、地面に縫いつけた。

「あっ」
「手、繋ご?」

 手の平に己の指を這わせ、股のところで関節を折り絡める格好となる。彼女は拒まない。俺の"お誘い"に乗りたい証。ここからはもうウイニングランみたいなもんよ。

「こっち向いて?」
「……っ」
「いいよ〜俺が行くから」

 顔を真横に倒した真珠ちゃんを追いかけ、固く結んだ唇に俺のをむちゅっと押しつける。ぐりんと反対へ逃げてしまったのでもう一度同じ目に遭わせてあげた。追い打ちで舌先を尖らせ横一線に舐め上げると、彼女の全身はぶるりと震え、繋げた手をぎゅうっと握りしめた。

「ん、ふぅっ………はぁっ!はぁ……うぅ…」

 鼻呼吸だけでは間に合わなくなったようで、たまらず口から酸素を取り込む真珠ちゃん。息が整うまで至近距離で見守って待つ。
 やがて、観念してこっちを向いた、と思ったら、自由の利く手をかざし隠れてしまった。

「……次していーい?」
「違う…」
「うん?」
「ゆっくり…苦しいの、いや…」
「ん、そっか、メンゴね」

 まなじりにごめんなさいのキスを一つ。顔を全部見せてくれたので、口にも一つ。

「起きよっか」

 先に実行して腕を広げ笑いかける。真珠ちゃんもためらうことなく来てくれて、しばらく俺たちは互いの温もりを堪能した。
 抱擁を解き、腰元に腕を回して支え、そっと額をくっつける。

「真珠ちゃんのタイミングでいいよ」
「……閉じて、目」
「はーい」

 従うと、程なくふにゅっと柔らかい感触が生まれていた。わずかに離れてからかぷりと食まれる。上側の先っちょだけほんのわずかに開いて閉じて。胸の深いところがきゅーっと縮こまる。思わず力むと真珠ちゃんも腕を伸ばし、首の後ろでぐいと抱き込んできた。

「ん…」
「んぅ…ふ…」

 自然なタイミングで一度休憩を挟み、しばし黙って見つめ合う。

「……もっと」

 俺からはいかない。一言囁いて微笑みかけ、まぶたを下ろして待つだけ。少しずつ大胆になっていく真珠ちゃんを味わい尽くしたいから。
 覆うように包まれる。同じことを繰り返す。次は顔を大きく傾け合い、歯を少しだけ開いて唇の裏側まで擦り合わせる。
 もっと先へ進むか、よしておくかの瀬戸際のキス。お伺いの意味を込めて長めに続けることが多いからか、どうも真珠ちゃんのお気に入りになっているらしく、すぐにやめると不満げに見上げてくるのはめちゃくちゃクるものがある。今日はもちろん気の済むまでしようね。
 ちゅぷ、ちゅ。控えめな水音と甘い吐息が静かに響く。何度か角度を入れ替えて新鮮な刺激を求める彼女を受け止め、鈍くて愛おしい痛みが一つずつ積み上がっていく。

「んっ…ん、はふ…」
「…おしまい?もっと、ダメ?」
「はぁ……だめ…」
「ざーんねん…でも、俺はもうちょっとしたいなあ」
「あっ」

 かがんで近づくついでに耳奥に声を流し入れると、とても分かりやすく背がしなった。

「だめっ…ぎゅってして…!」
「!ん、オッケー」

 バイヤー、情欲に流されてる場合じゃなかった。あまりに可愛い直球のお願いに我に返り、今のこの空気を終わらせるべく、両腕を広げ何をするか見せつけてから真珠ちゃんを引き寄せた。

「ぎゅーっ!」
「っ…」
「可愛い、大好き。聞かせて、真珠ちゃん、してほしいこともっと」
「もうない…」
「えー、じゃあ俺が言おうっと。頭撫でさせて」
「……ん」
「よしよし…ふふ、ありがとね」
「……」
「それからメンゴね、最初変な声出しちゃって」
「邪魔、したし」
「そんなことない。この時間はいつだって真珠ちゃん最優先、だから遠慮しないで?」

 返事はなかったけど否定もしなかったので、ひとまず覚えておくといったところだろう。俺は頭を撫でる手をいったん止めて後頭部を包むように置き、額に仕上げのキスを贈ってにへらと笑いかけた。






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