温もりを溶く
昨晩は作業所で夜を明かし、その後も一日打ち合わせやら何やら忙しくて、真珠ちゃんの待つ自室へ帰れたのは日が落ちた後だった。
あらかじめ伝えていたので特に心配してなかったんだけど、それでも今の真珠ちゃんは何か言いたげだ。不満とも不機嫌とも違う、でも確かに差し迫った表情で俺を見つめている。
ぼちぼち理由を聞き出すべく、俺はにへらとゆるく笑いかけた。
「どしたの〜真珠ちゃん?言いたいことありそう」
黙ったまま彼女の右手が動く。俺の左頬に複数の指の腹がほんのかすかに乗る。
「やーん、大胆♪」
「……」
「あっ、メンゴ、真に受けないで。撫でて、もっと」
「どっち…」
「触って。やじゃない」
今度は手の平全体でしっかり包んでから、人差し指で瞳のすぐ下、刻まれたヒビの起点を優しく押した。ゆっくりと、最初の曲がり角まで小さな温もりが動いていく。
「…痛くない?」
「ぜーんぜん。怪我の痕じゃないよ、これ」
「そうなの?あなたたちには皆あったの?」
「えーっと、石化が解けた時に出来たから、俺らの時代にもなかったものだね。…ふふ、くすぐったい」
つつつ。やや上に、それから斜め下。一旦その場で角度を整え、そこからは真下へ。俺のヒビは顎を通り抜け、喉まで続いている。真珠ちゃんがそれを厳かになぞる。服に遮られて見えなくなっても、正確に。
「ずっと気になってたの?」
「怪我じゃなくてよかった」
「うん、ありがと」
終点に到着したので手を重ねようと腕を伸ばす前に逃げられてしまった。すぐに彼女は鎖骨の上にぺたりと全体を押しつける。さらに続けたいみたいだ。この静まり返った空気を壊さないよう努めて薄く微笑んでみせると、彼女は少しの間両目を伏せ、再び俺を見上げていた。
胸元へ手の平が下る。彼女の視線がそこへ移る。
「…こっちは痛い」
「痛くないよ〜。全部真珠ちゃんたちが治してくれたじゃん」
「……」
「でーもぉ…"手当て"はいくらでも歓迎よ?」
今度こそ細い手首を掴み、紫の上着の内側へ導いた。
真珠ちゃんは相変わらず無表情。でも俺には分かる。彼女は俺に触れたい。そして気が済んだ後、俺に触れられたいと思っている。
「…おっ?おぉ…?」
これは予想外の行動だった。彼女は俺の両肩を押しやり横になるよう促してきた。ひとまず素直に従う。
仰向けになった俺の全身を軽く確認して、さらに驚くことに涼しい顔のまま跨ってきた。そしてしばらく悩む素振りを見せ、結局お腹の上にちょこんと乗っかってしまった。うーん、なんていい眺め。
真珠ちゃんのお尻が軽く浮き、腰紐をしゅるりと解いてくいくいと引っ張った。俺は応答し、背を反らして抜き取る手助けをする。紐はぽいと投げ捨てられ、再度座り込んだ彼女が見下ろしてきた。
「…えっちって言わないの?」
「言ったらやめちゃうでしょ?だから、言うならゴイスー眼福」
「……」
「ありゃ、ジーマーで脱ぐ流れ?んじゃちょーっと待ってねえ…」
帯代わりの布も投げ、上着と長袖の衣から抜け出し、一度真珠ちゃんに視線を送った。まだ終わりじゃない、と何かの質量が増した瞳が返事する。俺は笑みをこれまでと異なるものに切り換え、あわせを留める細紐を寛げていった。
戯れと挑発の狭間。どちらに転がるかは真珠ちゃんに委ねよう。
「お待たせ。んふふ…俺をどうしたいの…?」
とうとう彼女が動く。俺の腰と腋の間のスペースに左手をついて支えとし、姿勢を傾け、胸のとある一箇所を指先でちょんとつついた。
「……ここ」
「あん♪」
「ここ…ここ…」
「…?」
「それから、ここ…」
…なるほど。彼女が順に指す"ここ"とは、いつかマグマちゃんに半殺しの目に遭わされた夜、皆が薬草を乗せてくれた傷の位置だ。
「ここ」
「そこもだっけ?よく覚えてるねえ」
「……夢で見た」
「えっ!?」
「……」
「真珠、ちゃん…」
「夢の中のあなたは…あの時より苦しんでいて…それから…」
最後まで言えず、彼女は唇を噛んでうつむいてしまった。
あぁ、やっと理解した。彼女の望みは戯れでも挑発でもなく、俺という"命"を確かめることだった。夢から目覚めて今まで誰にも打ち明けられず、俺の姿も見つけられず、不安だったことだろう。
たまらなくなって、俺は両手で彼女の右手を握りしめてから心臓の真上まで導いていた。
とく、とく、とく。俺に縋る両目が一気に潤む。
「メンゴ、怖い思いさせちゃったね…でも、ほら、本物の俺はちゃんと生きてるよ。傷も全部塞がった。ね…もう一回触って…?」
「……ん…」
すんと小さく鼻をすすり、真珠ちゃんが再び動いた。俺の胴体に柔い灯が一つ一つ手渡されていく。
「ん…どう?」
「皮膚が硬くなってる」
「あ〜、そればっかりはねえ〜…しょうがないねえ〜」
「あったかい…」
「うん。夢の中の俺とは違うね。…おいで。直接心臓の音聞いたらもっと安心出来るよ」
「……」
「起きようか?」
「ううん…」
両腕を伸ばし、しなだれる彼女を受け止めた。重なった身体を丁寧に包み、後頭部や背中を何回でも撫でてあげる。ふーっと長いため息をつき、彼女は俺の鼓動に聞き入った。
どく、どく、どく。
どっ、どっ、どっ。
「……」
「……」
「…速くなった」
「んえ…?そりゃ好きな子にいっぱい撫でてもらった上にこんなにくっついてるんだもの。てか真珠ちゃんも十分速いよ〜?」
「それ、は…」
「うんうん、大丈夫。俺もおんなじだよ…」
「あっ」
はっきり目的を持って耳たぶを擦り上げ、頭皮をそれぞれの指で順に引っかいた。びくんと大げさな程の反応だった。腰が浮き、つまり俺に押しつける形となって、さらなる切なさが生まれたことだろう。心音と性的な刺激を同時に流し込まれ、真珠ちゃんは一発で蕩けてしまったようだった。
いや、きっと始めから期待はあったのだろう。体温を共有することで安心感を得るのは誰相手でもそうだけど、特別な人との場合は別の幸せな意味合いがすぐ近くで待ち構えているのだから。
「ふぁ…あん…」
「可愛い…ゴイスー感じてる…もっとあげるからね」
「あっ、あ、ぁ…」
「頭ん中、俺のドキドキの音でいっぱいだもんね、興奮しちゃうよね…」
「…っ!んあ、ぁ…」
「あー、これ気持ちいね、真珠ちゃん…」
「ん、んっ…ん……」
本能で辿り着いたそこ。俺の中心と真珠ちゃんの中心がこすれ合って、びりびりと快感が弾けていた。服越しのはずなのに充足感がすごい。それは彼女も同じようで、戸惑いながらも懸命に腰を揺らして擦りつけている。そのうちとうとう上半身を起こし、騎乗位のような体勢になっていた。
真珠ちゃんはぼろぼろと涙を落としていた。理性は焼き切れ、けれど我まで失ってしまうような決定打には遠く届かず、羞恥が後から後から追いかけてくる。そんな状態の彼女をこのままにしておくのがかわいそうで、俺は勢いをつけて起き上がり、なだめるように一つ口づけた。
「服、服脱ご?そしたらもっと一つになれるから」
「…っ」
こくこくとうなずき震える真珠ちゃんに何度もバードキスを贈りながら衣服に手をかける。先に生まれたままの姿になった彼女が夢中で吸いついている間に自分のズボンと下着を取っ払う。こんなにも積極的に…というか、ひどく切実に俺を求める彼女がいじらしくて愛おしくて、バカみたいに熱が集まってしまっている。
「んっ…ん、真珠ちゃ、んむっ…」
「はぁっ……ん、ふぅ……ん、っん…!」
「っ、んは…真珠ちゃん、ここ来て、ぎゅってしよ…」
「……っんやぁ!あ、ああぁ…」
「くぅ…ん、あったかいね、気持ちいね…大好きだよ、真珠ちゃん…」
「ゲン、ゲンっ…!」
「うんうん、ちゃんといるよ…」
あぐらを組んで、真珠ちゃんをその上に招いて、俺たちはどこも漏れなくぴったり密着して抱き合った。
乱れた息、汗ばんだ肌、轟く鼓動、境目の分からない温度、そして生々しいぬかるみ。尊いものと浅ましいものがごちゃ混ぜに全部襲いかかっている。真珠ちゃんはそれらをいっぺんには受け止めきれなくて、びくびくと悶えながら泣きじゃくってしまっている。
俺はこれ以上下半身が動かないよう気を配りながら、彼女の背をとんとんと叩いて話しかけた。
「よしよし、いっぺんに全部来てびっくりしちゃったね…大丈夫大丈夫、まずはあったかいの、ね…?」
「あっ…はぁっ……ゲ、ン…!」
「うん、そう…ぴったりぎゅってしたら、怖いのなくなってくよ…」
「ん…うん……ゲン、好き…」
「うん、俺も大好き」
「っ」
「ふふ、好きって言われるときゅんてなるね。俺もだよ…」
「あ、んぁ…」
「あぁ、ぬるぬるきもちい…んっ、真珠ちゃん、もっと…」
ぬちゅぬちゅ。真珠ちゃんが上下に揺れ出しその度に粘度の高い水音が響く。繊細な割れ目とその上の小さな突起が俺の熱に縋り、透明な蜜をたっぷりまとって震えている。彼女の運動に逆らって軽く左右に揺すってみると、分かりやすく全身が跳ね、耳元で可愛い悲鳴が上がった。
女の子の外側は、しっかり押し当てていれば大きく動かさなくても十分。最後まで交わることが多少困難なこの世界で、真珠ちゃんと一緒に見つけた大切なことだった。
「真珠ちゃん…教えて、どうっ?」
「ふぁ、ぁっ……あつ、い…っ」
「んん?ふふ、それから…?」
「……きもち、ぃ…!」
「いい子っ、可愛いね……ん、もっと、おいでっ…俺に、一番きもちいとこ、見せて…!」
腰を支えていた手を少し下にずらし、ぐっと力を込める。より深くより強く、彼女の芯を撫でつけた。
「ああぁ、っゲン、げんっ……!……っ、っ……っ!!」
真珠ちゃんはひときわ身体を緊張させ、一瞬固まった後身動きの取れない中俺にしがみついたまま果てた。ゼロ距離でその全てを味わい尽くし、ぞくぞくと悪寒が駆け抜けていく。
余韻が引くまでぴくぴく跳ねる太ももも、そのせいで赤く腫れあがった突起がまた刺激を拾ってしまう様も、すっかり掠れてしまった頼りない呼吸も全部全部俺のもの。俺自身が達する瞬間より満たされる時間かもしれない。まあ、それはこの後ちゃんと終わらせられるから言えることなんだろうけどね。
「はっ…はぁ……っぁ…」
「可愛い。いっぱい気持ちよかったね…」
「……っ…」
「もう動ける?きついよね、降りよっか」
あぐらの上から退いてもらってお互いひと息。代わりに肩を抱き寄せて横並びになった。真珠ちゃんが俺の二の腕に頬ずりをして見上げてくる。
「もうちょっとだけ頑張れる?」
「うん…する…」
あーもう、ジーマーで可愛い。何も触れていないはずの屹立がどくんと揺れた。
そして、半身をくっつけ、まだ蕩けたままの真珠ちゃんの瞳に見守られ、小さな手に導かれながら俺も欲を吐き出した。途中で"今のゲンはえっち"と爆弾発言を食らい、今若干青ざめている程何度もねだってしまった。
あぁ、自覚はあるけど俺真珠ちゃんに褒められるのも罵られるのもどっちも同じぐらい好き…いやもうあらゆる全部が好き。全部してもらえるようにこれからも頑張ろ。
「…ゲン?」
「ん?ああ、幸せに浸ってたの」
今の俺たちは後片付けを済ませ、寄り添って寝転がっていた。うとうととまもなく眠りにつく彼女の頬にキスしてから、最後に伝えるために口を開く。
「今日は一緒にいられなくてメンゴ。不安なことがあったらいつでも来ていいんだよ」
「……そんなに…弱くない…」
「んーそっか、そうだね。ちゃんと今日も教えてくれたもんね」
「……」
「じゃあ後は、俺が夢の中の俺にちゃんと生き延びろって叱れば解決かな?」
「なにそれ…」
「んふふ、だって向こうの俺も、いつか向こうの真珠ちゃんとイチャイチャしたいだろうから」
「……」
「ね、だから、俺の夢を見るのはやめよ…?向こうの俺が真珠ちゃんに手ェ出したら俺どうなっちゃうか分かんないもん」
「ややこしいよ…」
「ね。さあ、寝よっか。おやすみ、俺の真珠ちゃん…」
両のまぶたに、鼻の頭に、最後に寝息を立てる淡い唇に吸いつき、早々に俺も瞳を閉じた。
きっと今夜の視界はずっと真っ暗。朝日が部屋に差し込んでやっと次の日になったことを知って、そしてうっとり笑うこの俺の顔を一番に見つけてもらうんだ。
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