2.適材

 ミカゲは寝食を共にするコハクから様々な補足を聞き、ひとまず彼女と同程度の見識を得た。
 "科学"とは、村人が"妖術"と称する怪しげな現象の正体であり、長い年月をかけて人類が一つずつ原理を明らかにしてきたもの。千空はそれに心酔し、膨大な知識や技術を持つという。
 彼が止めると言った"司"とは男性の名前で、彼が目覚めさせたものの敵対関係となってしまったらしい。あと二人、彼が心から信頼を置く人物がいるそうだが、理由がありあえて司の下に留まったようだ。
 千空率いる"科学王国"(ただし君主は不在とのこと)に積極的に協力するのはコハク、クロム、ミカゲの三人だが、接する機会の多さからか、門番を務める金狼、銀狼兄弟も巻き込まれる形となっていた。堅物の兄、金狼は聞く耳を持たないが、お調子者の弟、銀狼は望むものを与えてくれるのではと興味津々のようだった。ただし、彼らは具体的に手を出すことや差し伸べることはせず、静観を続けていた。

*

 千空の指示で、一行は川底に溜まる砂鉄の採集に取り掛かった。その中で手伝いを申し出たスイカという名の少女が新たに科学王国に加わり、四人が砂鉄を集め、残りのミカゲは家事に専念し単独行動も多くなった。
 枝拾いを切り上げ、ミカゲが川辺へ向かう。クロムとコハクはより上流で精を出しており、荷物をまとめた休憩所では千空とスイカが火に当たっていた。

「お帰りなんだよ、ミカゲおねえちゃん」
「ただいま、スイカ。どう、慣れた?」
「バッチリなんだよ!スイカもお役に立つんだよ!」
「一生懸命やってくれるだけで十分なのよ?……そうだ、向こうでチョークが退屈そうにしていたから、少しだけ遊んであげたら?はい、これ二人で食べて」

 愛犬の名を聞いて、スイカが元気よく駆けていく。それを見送ってからミカゲは手頃な岩に腰掛け、千空に赤い小さな実を差し出した。

「あなたもどうぞ」
「………酸っぺ」
「ふふ、疲れた体に効くでしょう」
「そりゃクエン酸様のおかげだな」
「それは知らないけど」

 軽くかわしながら、彼女は集めた枝の中から特に小さいものを順に火に入れる。勢いが安定するのを待ち、口を開いた。

「ごめんなさいね、千空…こっちに全然入れてなくて」
「あ?そりゃテメーが俺らの飯の世話一手に引き受けてっからだろうが。頭上がんねえのはこっちだわ」
「そう言ってくれると有難いわね」

 柔らかな微笑み。向こうからばしゃばしゃとコハクが跳ね回る音が聞こえ、彼女はさらに目を細くした。千空がその横顔を何とはなしに眺めている。
 彼女は親友のルリよりさらに二つ上で、同世代をとりまとめる立ち位置だという。そのため生真面目で自立した金狼すら言いくるめ、誰が相手でも同じように叱り、褒める。"自分だけ子ども扱い"という意識が生まれないからか、千空も含めた全員がそんな彼女に慣れ、受け入れていた。小言を言わせる人材が揃っているせいで眉は常に上がり気味だが、こうして心穏やかに過ごす時はおっとりとした印象があった。
 くるりとミカゲが振り返り、千空と視線を交わす。その笑みは先程よりも苦い。

「私、実はね…ああいう同じ作業を繰り返すのがどうにも苦手で。だからちょっとだけホッとしてるの」
「ほーん?んじゃなおさら噛み合って結構なこった。……テメーは何なら出来る?」
「そりゃあ、苦手ってだけでやらなきゃいけないならちゃんとやるわよ」
「あ゙ー聞き方が悪ぃな。何が得意だ?」
「えっと…そうね…女の仕事は一通りやれるけど…ええと…」
「なら何が苦じゃねえ?」
「んー…強いて言えば食材とか素材探しかしら…クロムやスイカ程じゃないけど、私もよく山に入るし、海も潜れるし。…皆のすごいところならすぐ言えるのに、自分のことになるとてんで駄目ね。というか、考えたこともなかったわ」
「そーかい。テメーはまんべんなくこなせるタイプみてえだが、それでも自分の強みは把握しといた方がいい」
「気を遣わせちゃったかしら」
「効率的な割り振りを探ってるだけだ。テメーとコハクを入れ替えてみろ、そんだけ適材誤るっつうのは致命傷なんだよ」
「そう。まあ、確かにそうかもね」

 荷を漁っていたミカゲがまた一つ笑った。手にした藁で編んだ簡易防寒具を千空に羽織らせる。それから枝の選定に手を付けようとしたが、彼が再び話を切り出したので顔を上げた。

「適材ついでに確認しときてえんだが…テメーなら出来るか?ルリの診察」

 初めて表情が曇る。彼女は静かに首を振った。

「ごめんなさい、それは無理だわ…。私のこともコクヨウ様に知られてしまったから。夜中に忍び込むならジャスパーは見逃してくれるでしょうけど…あの子を起こして余計な体力を使わせるのは、ねえ」
「分ーった。なら今は薬に専念だな」
「ええ…」

 二人の会話が一段落し、沈黙が生まれようとしたが、そこへ上流からコハクの呼び声が割り込んだ。

「千空ー!そろそろ戻ってこーい!」
「呼ばれてるけど、いけそう?」
「ククク、やんなきゃなんねえことだよ」
「疲れたらすぐ上がるのよ?あれぐらいの深さでも溺れてしまうんだから」
「その辺は弁えてるっつの。んっとに人をガキとしか見ねえな、ミカゲテメーはよ…」

 コハクたちに合流する千空を見届け、ミカゲは立ち上がり、無造作に捨てられた彼らの衣服を集めていく。軽く折り畳み、一列に並べてから荷物の上に落ちた木の葉を取り除く。ある程度場を整えた後、元いた岩に座り直して集めた枝を大まかな長さと太さで分別していく。単調な作業は苦手と申告したが、いくつもの細かな動作を連ね、黙々と一人こなしていくことは好きだった。
 目新しいことはない。だから彼女は手触りだけで枝を判断し、離れた千空たちを見守った。
 黒い砂、砂鉄を吸い寄せるという石を手にし、彼らは川底をさらっては素焼きの器に砂を溜めていく。初め、底が浅いものを使い、突風で舞い散ってしまったことは今では笑い話だ。その中でも千空は悔しがらず、どちらかというと自虐的ではあったが、不敵な笑みを浮かべて"何事もトライ&エラーだ"と言った。

(トライアンドエラー……"失敗してはまた試す"…。大事なことだけど、堂々と口に出して実践出来る人はなかなかいないわ。やっぱりあの子は他の人と少し違う…ルリの治療についても、信じさせてくれる説得力がある)

 村では見かけない系統の髪色、出で立ち。不思議な図が襟元に描き込まれた服も、素材こそ同じ皮と思われるが、染色されていなかったり仕立てが独自のものだったりとやはり細かな差異がある。
 他にも、食材の火の通り具合に人一倍神経質であることや、村では避けがちな貝類を異様に喜び平らげたこと、誰でも最低限身につけるべき簡単な縄細工を知らず、代わりに土を使った焼き物は経験豊富であること、そして何より"百物語"を耳にしたことがない、と探せば探すだけ彼が村以外の場所で生まれ育ったと思い知る。初めて味わう感覚だった。
 粗暴な言葉遣いに反して話す内容は理知的であり、時々ひどく幼稚になるが、それも含めた落差に何度驚かされただろう。クロムと二人で年相応に浮かれていることも多いが、黙って物事に打ち込む姿はこれまた大きな振れ幅となっていた。ただ、この年頃の男は皆そうなのかもしれない。千空と出会い、確実に成長を遂げたクロムと比べながらミカゲは考える。

(クロムやコハクと違って突っ走ることはないでしょうけど…でもずっと動き回っているんだもの、ちゃんと見ててあげなきゃ)

 枝の仕分けは終わっていたが、手つかずの仕事も残っているが、それでも彼女はこの場を離れることが出来なかった。
 長い間、憂い事を全て忘れることも、流れていく時間を尊いと思うことも出来なくなっていたから。



  

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