HOLY NIGHT

 西暦5740年12月24日。千空とミカゲは石神村へ赴き、一年前の今頃と同じようにイルミネーションを堪能していた。
 前回と異なるのは、ミカゲが準備側に回ったことと見物人の顔ぶれである。村に残した幼児の親が戻っていたり、元司陣営の一部が移住したりと、二つの集落間にもはや壁はなく、誰でも気軽に行き来出来るようになっていた。
 この場に居る人物が変わっても、冬空に輝く灯りに感動する様は全く一緒だった。そして前回よりさらに賑やかで、人々はただ見入るだけでなく会話で盛り上がっている。主催者二人は一団から離れたところに並び、薄く笑って彼らを見守った。

「もう一年経ったのね。早いわ…」
「あ゙ぁ」

 ミカゲが振り向いたので、千空も倣って視線を合わせる。

「……私ね、去年初めてこのイルミネーションを見た時、あんまりきれいで思わず泣いてしまったの」
「知ってる」
「えっ!?見てたの!?」
「見えたんだよ」
「そ、そう…ちょっと恥ずかしいわね…。まあ、そういう訳で、前も言ったけどこの景色は私の大切な思い出なの。だから嬉しいわ、連れてきてもらえて。とても」

 彼女が微笑みを深くした。
 その両の瞳が、ガラスの電球と一緒に暖かな光をたたえて瞬いている。あの時のように。そして、あの時と違うものを見つめて、もっとずっと近くで。ほんのすぐ隣で。
 質量を持たない柔い紐で、けれど遠慮なく心臓を縛り上げられていた。それをされると次に全身に痺れが波及していく。背筋を走る一閃は悪寒とよく似ていて、ただ悪い気分には陥らない。
 この感覚は"切ない"に定義されるものだと千空は思った。例えば父の記憶に足を浸すような。喪ったものに心を寄せて。今は、消えてしまうもしもがどうしてか浮かんで、否定して。

「…千空?」

 思わず利き手で彼女の二の腕を掴んでいた。煌めきが揺れる。下がった眉が驚きだけではないことも、息を止めて頬に熱が集まったことも、そして今自分がどんな表情を作っているのかも、彼はまだまだ気づけそうにない。

「泣いてないわよ?」
「あ゙ー……戻って準備すんぞ」
「ええ。子どもたち、喜んでくれるかしら」

 二人はうなずき合い、灯りに夢中になる人々を置いてその場を離れ、村へ戻った。
 足早に村長(むらおさ)宅へ入るとそこにはジャスパーとターコイズが待機しており、二人を迎えて立ち上がった。

「おかえり。大体で分けといたわよ。一番大きいのがジャスパー、こっちが千空、で残りが私たち」
「助かるわ、ターコイズ」

 各々が用意された籠を背負う。中身は親たちが我が子へ用意した贈り物。誰からともなく話が挙がったのだ、今年は聖夜を存分に祝おうと。今頃本陣でも同じく作戦の真っ只中だろう。

「他の皆が留めてくれるはずだけど、とりあえず私が注意しておくから」
「四人いりゃソッコーで終わんだろ」
「大きな音にだけ気をつけてね」
「忍ばせる先は角に置いた麻袋だ。では始めよう」

 こうして3700年の時を経て、奇跡の力を借りることなく一人の聖人が復活を遂げた。

*

 迅速にプレゼントを仕込み終え、後は保護者達に任せ、千空とミカゲはイルミネーションの元へ戻っていた。すでに解散となっているため彼ら以外に人影はない。
 惜しむ眼差しをしばらく向けていたミカゲだが、区切りをつけるためによしと一声上げ、樹の下へ足を進めていった。対照的に、千空は両手を腰に当てたままじっと佇んでいる。それを不思議に思って彼女は口を開いた。

「千空ー?もう片付けていいのよね?」
「いや、まだちーっとだ」
「そう?分かったわ」
「テメーはそこにいてろ」
「ええ?私も見たいのに」
「いいから」
「もう、次は何を企んでいるの?」

 諦め、程なく電球に興味を示して一番近い枝に手を伸ばす。至近距離だと外からの反射が弱く、別の一色の明かりとなるのが不思議なようで、手元と真上をしきりに見比べ首をかしげた。
 きゅうきゅうと、千空の心臓が再び責められている。ただし今度はひたすら甘く、苦しいはずなのにひどくたまらない。彼は隠れて悩ましげなため息をつく。誰もいなくて助かったと少し思った。ただ実際は、他に誰もいないから、こんなにも彼女が光って見えるのだろう。

(エグいな、恋愛脳フィルター。そりゃ非合理的なトラブルもバンバン起きやがるわ)

 冷静に自嘲出来ているのは、この自身の一面を認め、彼女に全て受け入れられた確信があるから。だから、彼の恋愛脳とやらは臆することなく主張する。二人きりの限られたひと時であれば、求めるままに溺れてみたっていいだろうと。
 答え代わりに彼は歩み出した。

「…あ、ねえ、この電球って…」

 じいいと間近で覗き込む。変わらず惹かれる眩しい瞳を。全く同じものを晒している自覚はやはりないままに。

「…千空…?」
「超絶お可愛いじゃねえか、ミカゲテメーはよ」
「!?」
「ククク、嫁さんだから当然か」
「!!?」

 笑い声を上げれば気が大きくなって、彼はためらいなく彼女の両頬を手の平で挟み、間を置かず唇を押しつけていた。

「!?……!?」
「……ん。あ゙ー何かスッキリしたわ。おし、帰んぞ」
「…っ…!」
「ミカゲ?」
「もうなんなのよぉ、ほんと、あなたって人は…!」
「んだよ、嫌か?」
「いやじゃないけど!けど!…ずいぶん…浮かれてるじゃない」
「色々解析が済んだからな。ほら行くぞ」

 瞳を覗いて、照れも恥じもなくこれが"愛している"かと千空は思った。そうしたら、同じ言葉を自分に向けて言ったたくさんの父の姿がよぎった。
 彼からは特別に慈しむ相手を得た喜びと誇らしさが滲み溢れていて、きっと今の自分もそういう状態なのだと悟った。種類こそ違えど、尊敬する父のように"与える人"に成っていたと知って、体の奥が熱くなった。

「…手、繋いでいい?」
「ん」
「いい夜ね……終わってしまうのがさみしいわ」
「……」
「どうしてかしら。しきりに思い出しているの、父様と母様のこと」
「俺もだ」
「そう…。じゃあ、たくさん聞かせて。私も話したい」
「ああ」

 握った手はいつしかしっかりと指を絡めて。一組の家族が帰路を急ぐ。
 彼らの大切な存在へ、遺された者たちはそれでもめいっぱい幸せに生きていると伝えるために。



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