君の声

「あいたっ!」
「!」

 確かに聞こえた、あの子の声。僕は弓の手入れ道具をそのままに駆けた。

「……どうしたの!?」
「へっ!?羽京!?」
「あっ、ご、ごめん、痛いって聞こえたから何事かと…」
「…ああー、いいんだっけ、耳。えーと、ちょっとトゲ刺さっちゃって…」
「見せて」

 有無を言わさず両手を取った。右手人差し指に赤みが一ヶ所。

「ここだね?押すよ…」
「っ」
「………よし。消毒もするから」
「いつつ…手際いいねえ」
「クロムがしょっちゅう生傷こさえるからね。千空の救急キット一式託されたんだ。…はい、おしまい」
「ありがとう…」

 労うように、彼女の右手を支えていた僕の左手に力を込めると、彼女は一度きゅっと唇を閉じてからはにかんだ。

「羽京…どこにいたの?」
「あー…あはは、けっこう向こう」
「すごいね、そんな遠くまで聞こえるんだ」
「まあね…」

 気味悪い、なんて思われただろうか。
 けれど、彼女は何の裏もない笑顔で続けていた。

「じゃあ、私が森の中で迷った時、羽京に向かって叫べば来てくれる?」
「!」
「私、海に潜るのは得意なんだけど、森を歩くのは下手くそなんだよね。何回も皆に迷惑かけちゃって…」
「行くよ、必ず。絶対に見つけてみせる。だから僕の名前を呼んで」
「う、うん」
「っていうか、次からは僕も一緒だから。森も、海も」
「海も?」
「海を甘く見ちゃいけないよ。ああ…君たちはもちろん分かってるか。でも、やっぱり心配させて。僕が恐いんだ…君を危ない目に遭わせたくない」

 彼女は地べたではなく、作業用のごく低い椅子に座っていて、僕は片膝をついて。まだ手を取ったままで、それってつまり、今の姿は。
 連想したもので、全然構わない。だって僕は君を一番に守りたいし、君は真っ赤になって僕を見つめてくれているから。

「…うん…」

 ぽつりと呟かれた熱を孕んだ一言に、僕の胸も一つ高く鳴った。






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