SECOND DAY

※webオンリー及びアンソロジー『君との夢を石の世界で!』の主催者様に捧げます





「……ん……ふわーぁ…」

 …あー、今日、やること、は……。

「ううぅん………うん…?」

 最近ようやく"らしい"形となったベッドの上で目を覚まし、私は呻く。
 少しして思い出したことは、昨夜の慰労会の盛況ぶりだった。

「…そっか…終わったんだった、昨日で…」

 この一ヶ月間、発起人として企画から実現までずうっと走り回っていた。石にまみれたこの世界で衣食住が整い、各々得意分野で集団に貢献したお互いを労うためのパーティ。当初は興味を持った人だけでひっそり行うつもりだったけど、噂はあっという間に広がり最終的には全員参加の大規模なイベントとなった。
 読みが甘いと言われればその通りだ。人間の文明が滅び、石化から目覚め、ようやく生命の危機を完全に退けた時分に飛び込んできた初めての娯楽だったのだから。

「疲れた…けど楽しかった……でもやっぱ疲れた…」

 最後の数日は身体にも精神にも鞭打って起き出していた。その習慣の続きで寝ぼけ眼のまま身支度を終わらせる。
 ここでの日常の意味は3700年前よりずっと重い。そうではないひと時が許されたのは一日だけ。私は悲鳴を上げるそこここを無視し、部屋を後にして洗い場を目指した。
 と、廊下の向こうに人影が見える。それは明らかにこちらに向かって速度を上げた。

「…ゼノ!?」
「おはよう、珪。部屋まで迎えにいくつもりだったが早いね。入れ違いにならなくてよかった」
「え、何でこんなところに?」

 現れた恋人は、疑問に答えるより先に私の両肩をむんずと掴む。

「おおようやく捕まえられた」
「えっと?」
「君が身を削って働き続ける間、どう手を伸ばそうともすり抜けていったじゃあないか」
「はあ」
「心配で気が気じゃなかったんだ、これでも。…今だから言うが、止めたいと願うことすらあった」
「!?」

 私はその言葉に驚きを隠せなかった。
 自嘲気味に笑う表情は、確かに普段程の覇気がない。準備期間中、ゼノは激励のみを送ってくれたから、彼のためにも完遂しようと踏ん張れた。やりたいことを阻まれる惨めさを誰よりも知っている彼がそんな風に思うなんて。そして、全て終わってからとはいえ、それを本人に伝えるなんて。
 私、ゼノからどう見えてたんだろう。そして、ゼノは一度でもかつての私の言葉を思い出したんだろうか。

「寝食を忘れて打ち込む楽しさは僕もよく分かるから口出しは耐えたが、代わりに己を省みることになったね」
「…うん、なあに…?」
「君の母国にピッタリの言い回しがあるだろう?"人の振り見て我が振り直せ"。揃って追加の休暇といこうじゃないか」

 一転、今度は無邪気に目を細めていた。

「ノーとは言わせないよ。君が今日も働くつもりなら僕もそうしなければならない。僕に常々休めと主張していたのは…」
「…ねえ、誰の入れ知恵?」
「おっと」
「そりゃ俺だね」
「!スタン…」
「正確にゃあと何人もいっけど」

 音もなくゼノの背後から顔を出したのは、彼の親友スタンリーだった。挨拶すら省いた気安さで、火のついていないタバコを口に咥えたまま器用に続きを話し出す。

「あんたが無理してた間、そいつ自分のこと棚に上げてブツクサ」
「えっ」
「しまいにゃ愚痴聞いてやってたブロディに、さっきのコトワザ?とかいうの引用してキレられてよ。傑作だったぜ」
「スタン、君、いつから盗聴を」
「ここ共用部。つう訳でよ、こいつをポンコツにしねえためにも限界超えんのはこれきりにしてくんね?」
「……」
「そりゃ感謝してんぜ、俺も、さんざ言われたように。3700年前でも味わえないホリデーだった」
「うん…ありがとう」
「さあ行った」

 スタンリーがゼノを半回転させる。そうされたゼノが私を半回転させる。私は続けて肩を抱かれる。背後でスタンリーが空の口笛を吹く気配がした。

「おっと、そうだった」
「ん?」
「頼まれてる差し入れ持ってってやっから、それまでは"イイ子"にしてな、お二方」
「は…!?ちょ、ちょっとスタンリー何それ!?もう、ゼノも笑ってないで言ってよ!」
「……」
「何で黙るの!?」
「キス程度、イイ子でもするだろう?」
「なっ!?」
「ハハハ!いいぜ、付き合ってやんよ。ワルイ子だろうと大歓迎だ」
「待った、撤回だスタン。そこまでの趣味はない」
「勝手に話を進めないでったら!」

*

 私はゼノの部屋に連れ込まれ、晴れてひと月ぶりの逢瀬を与えられていた。けれど、それより先に言うべきこと、やるべきことが生まれてしまっている。

「機嫌を直してくれ、ハニー」
「セクハラ」

 刺々しい一言で色々伝わったらしい。彼の態度が改まった。

「すまない。君との時間を想像して浮かれてしまった。誰かに見せるつもりは毛頭ないよ。ただ僕がお預け出来ないだけだ」
「……」
「キスしても?」
「……ちょっと、だけなら」
「おおよかった。ではおいで」

 ソファに座るゼノが腕を広げる。意地を張る余裕なんてもう残っていなかった。
 彼の気配で満たされたこの空間に本人がいる。押しやっていた寂しさが反動をつけて返ってくる。

「…っ!」

 彼の胸の中に飛び込みノータイムで唇を重ねた。この国で作られていた映画のシーンみたいだと思った。
 そんな思考は一瞬で流されていく。つい先程の宣言通り、屈したゼノが私を強く抱きしめ、一回で終わらせない雰囲気を作り上げてしまったから。

「んっ……ゼ、ノ…」
「今は集中して」
「んぅ…!」

 まだ朝日のままの陽光。活動しているはずの皆の音をかき消す衣擦れ。服の上からでもあちこちを撫でられ、いとも簡単に火照りを思い出してしまう。

「あぁ…君の温もりだ」
「うん…」
「……」
「……」

 至近距離で見つめ合い、沈黙を堪能する。もう一度口から火種を流し込んで、それから、その次に…。
 ゼノしか考えたくない、と思い至った瞬間。扉がどんどんと音を立てた。二人して肩が跳ねた。

「5秒待ってやっから感謝のセリフ考えときな!」
「……フッ」
「あっはは!出るよ、私」

 まん丸になった眼差しがおかしくて、私たちはさらに声を上げていた。
 ゼノの腕の中から抜け出し、ドアノブに手をかける。

「差し入れありがとう、スタンリー。でも私たち、イイ子にしてたから」

 そんな言葉が自然と口をついて出ていた。やっぱりタバコを挟んだままのスタンリーの唇がにやにや歪んでいる。満足げだった。

「ヘェ、しっかり染まってんじゃん。だったら今後手加減はやめだね。ごゆっくり」

 早々に足音が遠ざかっていく。私は揺れる背中を見送り、両肩を上げ降参の意を示すゼノの下へ戻った。彼は私が受け取った皿を見てサイドテーブルを用意してくれた。そこに置いてから包み紙を開く。

「あっ、ジャムクッキー!パーティの時食べ損ねたの、知っててくれたんだ」
「…コーヒーを淹れようか」

 妙な間が気になって顔を上げる。ゼノがにっこりと、含みを持たせた特有の笑みを浮かべていた。
 これは、煽られている。悪い意味ではなく、文字通り、私の恋人として、胸の中に植え付けられたくすぶる火種に対し、あくまでそよそよと風を送っている。

「……」
「君が選ぶといい」

 その種の全てはあなたへの恋しさで出来ているから。浴びた瞬間ごうと燃え盛るのは当然のことだ。

「…コーヒーは、後で」
「光栄だ、珪」

 腕を引かれて一歩踏み出した。広くない私室、行く先なんて一つだけ。

「ちゃんと閉めてね、カーテン」
「無論だとも」

 休日二日目。ここで終わったって、まあ、有意義だったと言えるだろう。






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