100日越しの誘惑に溺れた

喘ぎ(♂、♀)
※軽い濁点喘ぎ(♀)



 今日は幻君が帰ってくる日。すっかり芸能人として忙しくなった彼のオフの始まりの日。
 でも、昼間はお仕事で、遅くなるから晩ご飯はいらないって言われた。その代わり、ちゃんとお風呂を済ませていい子で待っててねって言われた。
 その意味が理解出来ないお子様だったのは、彼と出会った当時までだ。だから私は念入りに身体を磨き上げ、実物に会えるまで、テレビの中の虚像を眺めていた。
 ゴールデンタイムと深夜の間のバラエティ番組で、幻君は最も得意とするトランプのテーブルマジックを披露していた。画面は長い間彼の手を目いっぱい映していて、淀みなく話す彼の声と、動きに合わせて上がる他の出演者の感嘆が場を盛り上げる。
 指を曲げて、カードを挟んで、テーブルに広げて、一枚を指定して。節や筋が目立つ幻君の手は、体型にはちょっとだけ見合わない大きさで、マジシャンとして本当に華があると思う。先の先まで見栄えを意識した所作は、求められる以上の努力の成果なんだろう。

「……それにしたって…」

 今日の動きはいつもと違う。いつもより、絶対になまめかしい。練習として私に見せてくれる時は、そんなにまで手首をくねらせなかった。そんなにまで尾を引くようなカードの取り上げ方じゃなかった。
 これは何?テレビ用に大げさにしているの?ううん、テーブルマジックが放送されるのは初めてじゃない。じゃあ、番組の制作陣から打診があったとか?手元のアングルがずっと続いているし、右上に出た小窓は俳優さんの驚き顔ばかりで、肝心の幻君がどんな表情をしているのか分からない。ちょっとだけ、不満が芽生えてしまう。
 でも、その大げさな一連の流れもやっぱり様になっていて、要望にきちんと応える幻君のプロ意識はすごいなって思う。…ただ、そうは言っても、やっぱり、何か、これは。

−…メンゴね〜ジーマーで。でも、その代わり、ちゃんとお風呂済ませて待っててくれる?俺のために、いい子で。…ね、珪ちゃん?−

「!」

 電話先の彼の言葉と、クライマックスに向けてぐにゃりと順に曲げられた両の指が、とてもひどい線で結ばれてしまって。私は耳まで一気に熱くしてしまった。

「ば、ばか、何連想したの!これはテレビの!お茶の間の皆に見られてる幻君!」

 わあっとひと際大きな歓声が上がって、やっと彼の顔に切り替わった。彼が、そのお茶の間の皆に向かってウインクする。どっと私の心臓が跳ねる。
 こんな風にときめいてしまったのは私だけ。私だけのはず。他の皆は、私と同じぐらいの歳の女の子だって、ただすごいマジックだったなって思っただけのはず。

「……ばか、ばか…」

 この罵倒は私に向けてだけ?
 …だけじゃない。あんな動きを提案した誰かにも言いたい。私の幻君なのに、あんなやらしい手つきを晒さないでって。

「…あぁ…ほんと…被害妄想」

 そんな解釈は、私一人が勝手にしたことなのに。
 テレビの中の"あさぎりゲン"がお辞儀をして去っていく。出演者たちがひな壇に戻っていく。彼の出番はきっと終わりだ。私はリモコンに手を伸ばし、電源を切ってため息をついた。
 落ち着かなきゃ。こんな変な気分のまま再会なんて出来ない。お水を飲んで、スマホを触るより、読みかけの本の続きに集中しよう。
 そうしたかったのに。冷蔵庫の前で水を飲み終わったと同時に、ドアの鍵の解除音が耳に入ってきた。

「!」
「……たっだいまー!珪ちゃ〜ん、いるぅ〜?」
「あっ、げ、幻君、待って!」

 流し台にコップを置いて駆けた。ちゃんと玄関でお出迎えしたかった。
 彼も待ってくれたみたいで、私と目が合うと同時に両腕を広げて一歩を踏み出した。

「ただいま〜!ただいまただいま!」
「お、おかえりっ、幻く…!」
「お久ぁ〜珪ちゃ〜ん!会いたかったよぉ!」
「んっ、私、も…!」

 ぎゅうぎゅう抱きしめられて、台詞が途切れ途切れになってしまう。
 それ以上に、結局鎮められなかったドキドキが体中を巡っているせいだ。

「ん、いいにおい…」
「ちょ、何言って…!」
「やっとぎゅって出来たんだもん…堪能させて」
「……あ、っ」
「…熱いね、お風呂上がったばっか?」
「!」
「俺のマジック見てくれなかったの?」
「ちがっ、見たよ、ちゃんと!お風呂、先入って…!」
「うんうん、分かってるよ。でもジーマーで…ドキドキしてる」
「ひゃっ…」
「準備万端?」

 頭に頬ずりされた後、耳元でそう囁かれて、ぞくぞくとスイッチを入れられてしまう。
 …"演出"を了承した幻君だって、罵倒しなきゃ、だもん。

「やだ、幻君のばかぁ…!」
「えー?ちゃんと電話でお願いしといたよ?………んー、んんん、ダメ、やっぱメンゴ。帰ってすぐさまとかがっつきすぎよね、俺、ジーマーで」
「……」
「メンゴ、珪ちゃん。会えて嬉しい。もっともっとぎゅってしたいのはホント。でも欲しいのはそれだけじゃない。離れてた間珪ちゃんがどう過ごしてたか、聞きたいよ、いっぱい」
「あ…」

 幻君が抱擁を解く。でも、二度目の視線のぶつかりと同時に、申し訳なさそうに細くなっていた瞳が大きく揺れた。
 自分が今どんな顔をしているか、私が一番分かってる。

「…や、だ…」
「…うん」

 再び抱きしめてくれる。また耳のそばに唇を寄せて、腰の付け根にあの大きな手を添えて、吐息だけで私を震わせる。

「大好きだよ、珪ちゃん」
「う、うん…私も…」
「ちゃんと聞かせて?」
「ん…私も大好き」
「ありがと。大好きな珪ちゃんとチューしたいな…いい?」
「うん…」

 頭を撫でられた後、見上げるように促された。熱に浮かされた瞳で見つめ合って、出来るだけ密着したまま、幻君が降りてきた。

「んっ…」
「……ん……ドキドキしてる珪ちゃん、可愛いよ。もっと可愛くしたい…」
「ん、ふ……ぅあ、幻、くん…」
「メンゴ、止めらんない……きもちぃの…」
「いい、よ…!」

 キスの間に左手がお尻に移動して、ぐっと挟まれていた。手の平と、硬くなった幻君のとに。ぞわりと全身が粟立って、その後色々な部分に火が灯った。
 遠慮がちに小刻みに擦りつけられて、どうしようもなく興奮してしまう。だって好きな人が、私のこと欲しいって。はしたなくてもいい。嬉しくない訳がないよ。

「チューだけで、こんなになっちゃった…ん…」
「うん…ベッド、行こ…?」
「えー…嬉し………ふーっ、よし、行こっか」

 するりと手の甲を撫でてから肩を抱いた幻君は、このほんのわずかな間ですっかり持ち直していた。私はずっと溶かされているというのに。
 それを知られているのか、一歩がとてもゆっくりでもどかしくて。思わず抱き込まれた胸に頬ずりし主張してしまう。

「かーわいい…。もうちょっとだからね、珪ちゃん」
「ばか…」
「もっと言って?言った分だけ気持ちよくしてあげる」
「っ、幻君…!」
「あらら、到着しちゃったよ。でも大丈夫、俺がゴイスーしたいから。…ふふ、出来た?覚悟」

 覗き込まれ、またきゅんと体が跳ねた。最終確認する彼を、こくりとうなずいて見上げる。嬉しさを一切隠さず深く深く微笑まれ、いよいよ何も考えられなくなった。

*

「…あっ、あ、ああぁっ
「あー、声変わった。気持ちいねえ」
「いやぁ、幻く、あっ!」
「ダーメ、やって言わないで。恥ずかしいこと何にもないよ?」
「あ……あぁ…
「そうそう、いい子…」

 ベッドになだれ込んでから、たくさんキスをして、それからは触られっぱなしになってしまった。
 幻君は私の全部を脱がし、両足を広げさせ、びちゃびちゃになった中心を指摘した。いやいやと首を振る私を宥めながら指に愛液をまとわせて、やや性急に、それでもちゃんと慣らしてから侵入を果たす。上側を重点的に擦られ、同時にお腹周りを撫でられる。
 あの手つきで。

「んぁっ!あっ、指っ…!」
「うん、俺の指好き?」
「んーっ!っ!
「珪ちゃん」
「す、好き、幻くんの、ゆび…
「ねー。俺ね、知ってるよ、珪ちゃんのこと全部」
「んぅ!っ、っ
「ここぐーってしようねえ…

 もうずいぶん前に幻君に見つけられた、私の弱いところ。二本の指で、今彼が言った通り強い力で押し込まれると、お腹の奥まできゅんきゅんと深くて重たい快感が広がっていく。

「珪ちゃん、こっち向いて」
「はぁ…はぁ……」
「ほら、珪ちゃんが一番好きなクリも触ったげる。だから、俺に見られながらイこうね」
「んんんっ!あ、だめ、幻君だめっ!」
「ダメも言っちゃやなのに…嫌い?俺のこと」
「ちが、ちがうのぉ…!」
「……」
「幻君、幻君っ……ううぅ、ぎゅってしてぇ、幻君…!」
「ん、メンゴ、意地悪しちゃった」

 中に指を入れたまま、幻君が体を折り曲げてくれたので、必死になって抱きとめた。機嫌を損ねた顔ではなかったけど、多分、ちゃんと伝わってない。
 いつだって私を大切にしてくれるあなたが好き。でも、それに甘えて何もしないのがだめでいやなの、私は。

「い、今、おっきいのきたら…幻君に…何も、出来なくなっちゃうから…!」
「……上等。ジーマーでバイヤーな目に遭わせたげる」
「え…!?」
「珪ちゃんはほーんと…煽るの上手だねえ…好きだよ、大好き…
「んぅ、ん、ん゙っ
「んむ……はぁ…ん、ん…
「ふうぅんんっ、ん、んあ、あぅ……

 口の中を幻君の熱い舌で混ぜられて、前の敏感な芽もナカの浅いところも幻君の長い指でぐちゃぐちゃに押し潰されて、頭の中が白くなっていく。意識外に太ももが細かく震え始め、それに気づいた彼がにいと唇を吊り上げた。

「イっちゃう?いいよ、全部見てるよ」
「はぁ、あぁ、あ
「イって、俺の指で、珪ちゃん…
「あ、あ、くる、くるきちゃ、うっ……ゔぅ、っ……っ……〜〜〜っ!!

 一瞬ふわぁっとどこかに投げ出されてから、一気に絶頂に押し上げられていた。がくがく腰を突き出して、昇ったまま降りてこられない。これが、好きな人に与えられる快楽。もう何回経験したか分からないぐらいなのに、慣れるどころか増すばかりで、恐怖すら込み上がってしまう。
 そう、幻君の前で達した時、彼の温もりが無いと寂しくてたまらなくなってしまうの、私は。

「…っ…………
「ふふ、サイコーに可愛い顔してるよ…
「はぁ…はぁ……げん、く…げんくん…」
「うんうん、ぎゅってしようね」
「……あ…幻君…熱い……あ
「メンゴ、ちょっとだけ、使わせて…」

 体重をかけないように気をつけて、幻君が被さってきた。硬くて熱い幻君のが、どろどろに蕩けた私の入り口を上下する。休憩になっていないけど、それでもいい。やっと彼を気持ちよくしてあげられる嬉しさが勝っていた。

「ふ、ぅ…
「ん…」
「……あー…」
「幻、君…いいよ、もう…」
「…ん、そうね、俺も限界…」

 そう言って、彼が身を起こし、準備を始めた。その間に息を整える。でも、心臓がばくんばくんとうるさくて、やっぱり呼吸が短くなってしまう。苦しい程に一番幸せな時間が迫っていて、私はそれを待ちわびているから。
 ぎし、とベッドがきしみ、ほの暗い視界がさらに黒くなった。幻君の息も上がっている。聞こえてくる荒い鼻息に、また奥がずくりと疼いてしまう。

「お待たせ…いくよ」
「う、ん…」
「ゆっくりね、ゆっくりする…」
「ん…ありがと…」

 膝裏を持ち上げられ、入り口にゴムを着けた幻君のが宛がわれた。くぷりと音を立て、ついに私たちは一つになる。

「う、ぅ……」
「あぅ、ダメ、バイヤー…
「…幻君も……だめって言って、る…」
「はは…そだねえ…」
「っ、はぁ、いいの、ぜんぜん…」
「痛い?」
「ううん…きつい、だけ…」
「ん、もうちょっと、だから…」

 幻君は宣言を守って気遣いながら入ってくれた。いつも通りの私優先の振る舞いに対して、十分解されたはずのナカを締めてしまうのはちょっとだけ申し訳なかった。
 彼の動きが止まる。最後まで収まって、二人で息をはき出した。汗ばみ、ぎらついた眼差しを隠せなくなった彼にひと際強くときめく。彼とのセックスの最中、そうしてざわつくのは胸じゃなくて彼を受け入れているここ。
 彼がにいと男らしく笑う。

「何にもしなくても気持ちいよ、珪ちゃん」
「ん…」
「分かる?何でか」
「…ばか…」
「あっ、もう、そんなにぎゅーって。いい子じゃなくなっちゃったねえ…
「っ」
「動くよ…」

 とつん。硬い先で壁を押され、他に例えようのない衝撃が一気に引き出された。

「あっ
「ん、大丈夫そう、ね…っ」
「あっ、幻、くん…っ」
「はあぁ……珪、ちゃん…珪ちゃん……
「んっ、んっ、んぁっあぁ、あぁ…
「ぁっ……あー……きもちぃ、好き…」
「っ!」
「も、出来ない、我慢…ね、いっぱい動いて、いい?」
「んっ、うんっ…!幻君、きもちく、なって…!」
「もー…可愛すぎ…。珪ちゃんも、一緒に、ねっ
「あっ、あ、あ、ああぁ…

 自分本位で大きく出し入れするようになった幻君は、それでも私の感じるところを的確に突いてくる。おかげで私の脳みそにバチバチと火花が弾け、まともに彼を見ることが出来なくなってしまう。それでも、揺れる視界の中必死に彼の目を探して、喘いで。

「はっ、はっ、んんっ、はっ…!」
「ん゙ぁっ…!
「うっ…っく…ここ?これ、好きっ?」
「ああぁん
「奥、奥するね、珪ちゃんっ…!

 幻君が私の片脚を持ち上げ、自分の肩に乗せる。これまでよりさらに深く繋がって、ついに顎を反らしてしまった。思わず目の前の枕を抱き込み、顔を押しつける。

「んん、んっ、んん゙…
「…ふ、ぅ……こっち、向いて…」
「んぅ、ぅ…」
「チュー、しよ…
「!う、ん…」

 反射的に返事して、正面を向いた。幻君がすでに迫っていて、唇にかぶりつかれた。頭を抱いて、ナカを押されながら舌を絡め合う。一突きごとに隅々まで痺れが広がって、幸せで、ずっとこうしていたくてくぐもった声を出しながら足でも彼を抱いた。

「んんっ
「ふぁ、ぁ、げんく、もっかい…!」
「んぅ、んっ………っ、あー、珪ちゃん、出したい、イかせて…
「っ、あいい、よ…!」
「うんっ…!」

 拘束を解くと、幻君は勢いよく起き上がり、私の下半身を自分の両太ももに乗せて支えた。そのまま力強く肌を打ちつける。私はシーツを握りしめ、変わらずみっともなく喘ぎながら彼を見上げる。
 ばちゅばちゅとさらに厭らしい水音が響き、彼が歯を食いしばりながら私を見つめている。たまらずぎゅうと締め上げた。

「ぐぅっ……珪ちゃん、出る、出す、よ…!」
「んんっ
「うぅ、はぁっ…
「好き、幻くん、大好きっ…!」
「俺、も…!あぁ、あ、珪ちゃん、イ、っく……〜〜っ!!

 びくんと幻君の身体が跳ねて、少しの間固まって、それからぐりぐり奥に押しつけながら倒れてきた。彼を受け止め、しっかりと抱きしめ合う。汗と液にまみれた肌が、それでも心地よくて仕方がなかった。

「はぁ…はぁ…」
「あ、う…
「…ん…」
「んっ」

 ちゅうと唇を吸い、間近で見つめ合って、どちらからともなく笑っていた。幻君が頬へのキスを続けながら、頭を撫でてくれる。私も撫で返してあげると、舌で鼻先をちょんとつついて、それからもう一度唇を合わせてくれた。

*

「……ねえ、幻君」
「なぁに?」
「何だったの…?あの手つき…」
「手〜?マジックのこと〜?」

 後片付けをほとんどやってもらって、私たちは裸のままブランケットを掛け、ベッドに横たわっていた。こちらを向いて幻君は肘をつき、反対の手で軽く私を包み込んでいる。

「あれはねえ、今日だけ。ワザと」
「…私に、意識させるため?」
「ピンポォン♪画面の向こうの珪ちゃんをね、お誘いしてみたいなあって」
「え、でも、収録日、ずっと前だよね」
「うん」
「……そんな前、から、仕込んでたの?今日のために?」
「そだよお。……あは、だからもうジーマーでバイヤーだった。珪ちゃんの目、ゴイスーうるうるで、俺を出迎えてくれたんだもん」
「……」
「引いた?」
「…けっこう」
「ガーン!」
「だって…あんな…たくさんの人に、晒して」
「メンゴ、これきり。次はまた別のことでドキドキさせるから」

 馬乗りになって、幻君がキスを落とす。それから改めて隣に寝転がり、ブランケットの中の指を絡めてきた。少しだけ間を開けて握り返した。

「皆を巻き込んじゃやだ」
「珪ちゃんだけがいいの?」
「あ、当たり前だよ」
「ふふ、そうだね。約束する」

 そう言って笑う幻君はご機嫌だ。ここまで全部を使って丸め込まれた気もするけど、もう眠くて、よく分からない…。

「おやすみ、珪ちゃん。明日は一緒にご飯食べようね。朝も、昼も、夜も」
「ん…おやすみ…」

 そうだ、今夜は眠って朝になっても、幻君がそばにいてくれるんだ。だからもうおしまいにして、起きたらまた、いっぱいお話をしよう…。






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