不平等な俺たち

 最近の珪ちゃんはお忙しい。新生科学王国の面々、女の子や俺以外の男との交流にご執心。
 何でだろ。昔から人付き合いは苦手な性格なのに。何だろ。誰かを見ているようなこの既視感。ためらわず首を突っ込んで、楽しそうだけどやっぱり無理しちゃってるのが俺には分かる。
 そう、頑張りすぎちゃってるのに、男たちとの会話で浮かべる笑顔はちゃんと本物なの。それが面白くなくて仕方ない。あの子の心を動かす時間を作り出せるのは俺だけって、けっこう激しく自負してたのになあ。

「……………あー、そゆこと?」

 よぎった仮説を胸の奥にしまい込み、けれどやっぱり我慢出来なくて、俺は冷や汗をかく一歩手前の彼女の手を取って連れ出していた。

「幻君…!?」

 人気のない倉庫の物陰。壁に追い詰めて迫った。

「無理し過ぎ。あーんなに前に出るなんてキャラじゃないでしょ〜?」
「っ…」
「分からせたかったの?今の俺の気持ち、ずうっと味わってたって」
「な、何のこと?」

 俺という恋人がいるのに、他の男とニコニコおしゃべりしちゃって。
 私という恋人がいるのに、他の女をヘラヘラ渡り歩いて親身になって。普通の関係では知り得ないことまで聞き出して。
 それがここでの俺のお仕事だもんって口にするのは簡単だけど、君が一番で特別だよって示してきたつもりだけど、それでも割り切れない部分、きっとあるに決まってる。だって今の俺がそうだから。君はただ談笑して相手の人となりを見つけようとしているだけなのに、俺はこんなにも嫉妬しちゃってる。
 ずっとこんな気持ちにさせていたのなら苦しい。上手く伝わっていなくて悔しい。
 …役目を放り出すことは出来ない。メンゴ、メンゴね、ジーマーで。

「幻君…あの…」

 状況が飲み込めず不安がる瞳が見上げてくる。ここまで来て回りくどい物言いはダメだろうと思った。

「最近の珪ちゃん、俺みたい。誰にでも愛想振りまいて、どの輪にも入ろうとしてる。でもゴイスー必死、無理矢理頑張ってる」
「!」
「無理矢理だから心配なの。でもさ…それ以上に面白くない訳よ、俺、ジーマーで。珪ちゃんが俺の知らないとこで俺以外の男に微笑んでるなんて。…それって珪ちゃんも一緒?だからなの?俺にも同じ思いさせてやるって、こんな振舞い」
「ち、違うよ!」
「…へえ?」

 間髪容れずに否定され、まず最初に心の重しが吹っ飛んでいた。単細胞過ぎんだろって自嘲する程、勢いよく。
 思わず右手の指を絡めたら、ぎゅっと握り返してくれた。

「幻君は、すごいから…!私と違って誰とでも仲良くなれて…私を、皆に引き合わせてくれた。だから、わ、私、このままは…あなたに甘えて隠れるのはもうだめって、思ったの…!」
「……」
「こんな、大変な世界になって、でも幻君は私を見つけてくれて…!だからっ、私!あ、あなたの負担に…なりたくない…!」
「……そっかあ…」

 珪ちゃんの目には涙の膜が張っている。壁についていた左手を動かしそっと触れると零れてしまった。それを皮切りに次々落ちていく。決壊させたいから手を出したなんて、俺は本当に悪い奴だ。

「珪ちゃん、俺のこと好き?」
「好きだよ…!」
「俺が珪ちゃんのこと好きなのも知ってる?」
「知ってる…!」
「俺が珪ちゃん以外の女の子と二人きりになっても、信じてくれる?」
「…ん…」
「でも妬いちゃう?」
「………ちょっと…だけ…」
「そっかあ!」

 彼女を壁から引き剥がし、力いっぱい抱きしめた。

「メンゴね、色々…俺も、妬くのはちょびっとだけにする。それはジーマーで、メンゴ」
「う、うん…?」
「負担なんて思う訳ないじゃん。俺のためってならやめてよ、全部」
「……」
「でもね、珪ちゃんが変わりたいって願うなら、無理しない範囲で、絶対、約束して」
「!うん…!」
「じゃあチューしよ」
「へっ?」
「閉ーじて、おめめ。ハイさん、に、いち」
「え、あっ」

 反射的にぎゅっと閉じられたまぶたに優しく唇を落とす。左右を終え、頬に移り、力みが取れたのを確認して一旦離れた。そのまま至近距離で見つめていたら、そろりと窺うような珪ちゃんと視線がぶつかった。

「…いい?」
「ん…」

 珪ちゃんが顔を傾け、ほんの少し唇を突き出す。この姿に毎回大げさな程ときめいてしまう。俺はあえて大きく覆って遠慮なく吸いついた。早く次に行きたいから。
 味わうように唇を合わせたままもごもごと動かすと、新鮮な刺激だったのか彼女の鼻息がわずかに荒くなる。舌を少し出し、お伺いの合図をつんと送るとついに声が漏れ、あっさり招き入れられた。

「んぁ、ふ…!」

 性急に彼女の舌に自分のを絡める。ひたすらそれを繰り返す。欲しかった快感が頭の中で弾けてたまらなかった。お互いぎゅうぎゅう抱きしめ合い、欲望とは異なる感情も満たされていく。

「んっ、んんー!」
「…はふ、なぁに、珪ちゃん…?」
「こ、ここじゃ…もう、だめ…」
「…ん、ふふ、オッケー。お楽しみは夜に取っとこっか」
「やだ、言わなくていいよ…!」
「あと半日、俺のことで頭いっぱいになってほしいもん。そんで、男とはお話ししちゃダメ。ね、守れる?」
「…幻君は女の子と話すのに」
「うー、それ言われちゃうと手も足も口も出ませぇん。……ご」
「ごめん、大人げなかったね。別に、嫌って訳じゃなくて…」
「うん、分かってる。だから前言撤回、必要ならちゃんと皆とお話しして。その代わり、埋め合わせしようね、たっぷり夜に」
「ん…」

 最後にもう一度約束のキス。さっきよりほんの少し苦かったけど、そういうのも混ぜながらの俺たちなんだと思う。
 俺が出来るのは、珪ちゃんにたくさん好きって伝えること。珪ちゃんの好きを信じ続けること。
 難しいことなんてない。文明が滅んで3700年経っても俺たちの赤い糸は解けなかった。なら向こう100年ぽっちなんて余裕でしょ。それに、少しでも解けそうになったらちゃんと察知して珪ちゃんを抱きしめにいくもの。






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