メンタリストはオトされたい

 俺の肩書きはマジシャン兼メンタリスト。それはこの石世界においても変わらない。比重は後者にかなり偏っちゃったけど、まあしょうがないと納得している。
 俺のお仕事は人と対話すること。150人の新生科学王国メンバーで俺に声を掛けられない子はいない。今はまだ単純な社会構造だから、人間関係もごくシンプル。全部把握していると断言していいだろう。
 好感度ってのは、ある一定のラインを超えると恋愛感情となり、その手前の範囲を含めて"好意"と呼ぶと解釈している。俺は複数人の子のそのライン未満、範囲内に居る自覚があった。環境と対話の経験値がバッチリそろって積み重なっちゃってるんだから、その子たちにとっても俺にとっても不可抗力だろう。
 そして俺はそのラインを超えさせないよう立ち回っている。女の子たちは何らかを仕掛けようと一度は俺の元へ赴いてきた。だからその都度気を持たせないための受け答えと振舞いを一律に返した。良い奴と不誠実な奴をふらふら行き来するのが俺、あさぎりゲンな訳で。
 けれど、一人だけ見落としてしまった子がいた。それが珪ちゃん。なぜなら唯一彼女は赴いてこなかったのだ、今日まで。

「……ゲン?」
「あっ、あーメンゴ!ぼーっとしちゃうなんてサイテーね俺!」
「ううん。疲れてるところに私が来たの。ごめんね、邪魔して」

 農作業の合間、木陰にへたり込んだ俺は、初めて珪ちゃんから呼びかけられた。彼女は手に持った水筒をおずおずと差し出した。礼を言って受け取り、半分程飲んで顔を上げ、俺は彼女の憂いた眼差しに驚き固まってしまっていた。
 珪ちゃんの瞳に映っていたのは、困惑、羞恥、そして羨望。それらが水面とかすかなさざ波になって、陽を遮っているにも関わらず、確かにひどく光を反射させていた。
 きれいな目。違う、油断した。対面に重きを置き過ぎた。

「じゃあね」
「うん、お水ありがと。またね」

 "またね"?何言葉選びを間違っちゃってんの、俺?

「……いや〜〜…まあ、事実、だし?」

 一人ツッコみ、一人弁明する。珪ちゃんとの交流をこれきりにしたくないと、そう思ってしまっていた。

「んー、ちゃんと整理しなきゃだなこれは」

 適当な理由をつけてその場を離れ、人気のない物陰に移動する。
 あの子は多分、俺のことが好きだ。多分、きっと。メンタリスト名折れの表現。

「あれっ?自意識過剰?あれれ?」

 だって判断材料は光一つだけ。彼女は会話を続けるでもなく、引き留めるでもなく、むしろ自分から逃げていってしまったから。
 そして俺はこの憶測をまんざらでもないと受け止めている。本当にきれいな眼差しだった。許されるなら、次はあの光をもっと近くでじっくり観察し、分析してみたい。
 こうして俺は、珪ちゃんという天然の手の平にコロコロされることとなる。

*

 改めて探ってみれば、珪ちゃんの俺への好意そのものは間違いなく高かった。問題は彼女が内に秘めるタイプだということ。そういう子は俺を選ばないだろうという先入観があった。だから近づいてくる子だけに気を配り、結果あの日まで見逃していた。
 珪ちゃんは奥手で遠慮がちで、せっかく俺が二人きりになるチャンスを作ってあげてもなかなか踏み込んでこなかった。俺は次第にムキになり、彼女のアプローチとあの瞳を引き出してやろうとあれこれ画策し始めていた。
 そうして気づいた。俺はあと一歩で手に入りそうな成果を逃して激昂する"お客"と同じだと。メンタリストの俺の手によって、一人の男の俺は見事に嵌められたのだ。誰にも頼まれていないのに。そう、珪ちゃんにだって。
 馬鹿馬鹿しい執着は本物の恋にすり替わってしまった。そう認めた時、これまで味わったことのない鋭くて甘美なときめきが胸を一閃し、だったらこれでいい、この気持ちは本物だと開き直った。そうしたら一気に楽しくなって、今はもう、どうやって珪ちゃんにオトされてみようか、そんなことばかり考えている。

「だって自信つけてもらいたいじゃ〜ん。自分の手を汚さずこの俺を勝手に踊らせてぜーんぶ成し遂げたんだもんね〜っ♪偉業が過ぎるぅ〜♪」

 立ち上がり、仕込み用の花びらを頭上に散らせてくるりとひと回り。一瞬の視界の中で確かに目が合った。

「それで、何かご用?珪ちゃん」
「!」
「あーこれは気分転換のためのあえての奇行だから気にしないで♪」
「う、うん…?」
「初めてだよね、部屋まで訪れてくれたの。嬉しいな〜、おいでおいで」
「あ、で、でも」
「お悩み打ち明けるには他人の気配がない場所が一番!ね?」
「………うん、じゃあ、お邪魔します」

 仕切り壁の向こうから様子をうかがっていた珪ちゃんが、ためらいつつも歩んでくる。振り落ちた花びらの中心に招き、一つ目の目的を果たして笑んだ。

「お茶淹れよっか?」
「ううん、大丈夫。喉乾いてないから…」
「りょ〜。ねね、今日は、ここに来るまで何してたの?」
「ロープを作ってたよ、ずっと」
「わーちまちまドイヒー作業だあ」
「そうでもない、かな」
「と言うと?」
「えっと、今は太いのに取り掛かってるの。数人がかりで…編む?ひねる?」
「あーはいはい、船体用のでっかいやつね。もうそんな段階なのね〜。ちょびっとだけ見えてきたかも?完成」
「どうだろうね…」

 軽い世間話で一旦本題から逸らしてから、でもここまでの続きになるように、俺は言葉を継いだ。

「それで、お仕事のことかな、相談内容って」
「!…ううん」
「そっかあ。じゃあ、話せるところから教えてくれる?お隣失礼」
「えっ、あっ」
「あんまり声出したくないかなーって。最低限の音量にね、しようよ」

 ほとんど隙間なく並んで、背を丸めて一度下から覗き込み、その後すぐ姿勢を正す。珪ちゃんは近い距離に意識を取られているようだった。そりゃあね、ほんの数センチの差だけど、相談者への間合いじゃないからね。それを直感で気づいてくれて、嬉しいなあ。

「……」
「……」
「…珪ちゃん」
「はいっ!?」
「ただのおしゃべりにしよっか。会話するだけでも気が晴れるもんね」
「…ごめん。あなたの時間、無駄にしちゃって」
「あ、やだやだ行かないで。俺は珪ちゃんと一緒にいたいの」
「……」
「だったらお湯沸かしちゃおーっと」
「あ、ちょっと」
「これでお茶飲み切るまで帰れなくなっちゃったねえ?」
「っ」

 わざと低い声で言ってみせれば、びくんと彼女の肩が跳ねた。今ときめいたでしょ、俺に。俺もそんな君を見てきゅんてきたよ。クセになっちゃいそう。

「んふふ、強引でメンゴ。でもジーマーで行ってほしくないからさ。せっかく勇気出してくれたんだもん、応えさせてよ」
「…優しいね、ゲンは」
「んー?ただサボるだけじゃ、どっかの科学屋ちゃんにどやされちゃう」
「ふふ、うん」
「やーっと笑ってくれた」
「うん…」

 好きだなあって思ってくれてる?光るどころか蕩けちゃってるもん、その両目。俺も好きになってよかったな。早く、四六時中キラキラでとろとろの君を手に入れたい。だからもういい加減、避け続けているその一歩で俺を満たしてよ。

「はい、どうぞ。熱いよ」
「ありがとう」
「言いたいこと、まとまったかな?」
「うん。……私ね、好きな人がいるんだ」
「わ、ジーマーで?」
「早く、諦めるか玉砕するか、何とかしなきゃいけないのに動けなくて…情けないなって」
「どうして失恋前提なの?」
「…脈ナシ、みたいだし」
「ええー、そうなの?でも言わせてもらうけどさ、俺から見れば珪ちゃんってばちょーっぴりおとなしい子よ?しっかりアタックしてその結論なの?」
「う…」
「ゴイスーアプローチしてもつれないならしょうがないかもだけど、思うにその域まで至ってない気がするな〜」
「…その通りです…」
「メンゴね、厳しめで。諦めるなんて言うから焦っちゃった。手遅れになる前に俺を頼ってくれてありがと、珪ちゃん」
「う、うん」

 あらら、ゴイスー複雑なお顔。もしかして、一大決心して訪れたのに相談になっちゃって出鼻挫かれ中?…つけ上がってんなあ、俺。でもぼちぼち限界なの。こんなに近くに珪ちゃんがいて、いいにおいがして、触れたくなっちゃった。ちゃんと答えが欲しくなっちゃった。

「よーし、じゃあ話は簡単!珪ちゃんは十分魅力的だからさ、直球で好きって伝えちゃおうよ!」
「ええ!?」
「それが一番効くって!絶対!」
「で、でも、そんないきなり、迷惑…!」
「多少の迷惑は押し通さなきゃ。だってゴイスー大っきな感情をぶつけ合う行為でしょ、恋愛って」
「……」
「フられるのが怖い?」
「…それも、あるけど…」
「うん」
「……」
「聞かせてほしいな」

 珪ちゃんはうつむき目を泳がせている。その隙をついてさらに寄って、もはや距離なんて表現しようのないところまで近づいてみせた。
 沈黙とため息の後、心を決めたようで、彼女は俺に向き合った。

「ううん。やっぱり、私が傷つくのが怖いの。自分本位」
「そっか…。珪ちゃんはえらいね。最後は他人の話にしなかった」

 負担になりたくないとか、関係を壊したくないとか、そんな考えも持っていることだろう。でもこの子は胸の内に飲み込んだ。そういうところ、好ましいなって思う。

「諦める?」

 再びの沈黙。そして口は開けずに否定。

「ん、よかった。だったら善は急げ!この勢いで迫っちゃおう!」
「えっ!?」
「ほら、今走り出した状態じゃん。止まっちゃったらまた長い時間かけて構えるところからやり直しだよ、ほらほら!」
「あの、その…!」
「伝えるだけじゃなくて、こうしてほしいってガンガン言っちゃえばいいの。それで相手に気持ちを向けてもらえるかもでしょ?」
「う、ううぅ…!」
「頑張れ頑張れ!珪ちゃんなら出来る!」
「ゲン、もうやめ…」
「聞かせて?」
「っ!?」

 俺はマジシャンだから、湯呑みを消すなんてお手の物。俺はメンタリストだから、言動を制限させるのも自由自在。
 でも、恋する男は何も隠せない。
 珪ちゃんの両手を握りしめ、一言囁いていた。

「……あ…っ…」

 まん丸に見開いた瞳がみるみる滲んでいく。まばたきを忘れて乾燥するそれを潤すためではなく、今さら胸がつきんと痛んだけど、唇を噛んで縋りついた。
 光ってる。あの時よりずっとずっと。質量すら備えて、俺を潰しにかかっている。

「わ…わた、私…!」
「うん」
「わ、私っ!ゲンが好き!だから!私のことも好きになって!」

 そしていよいよトドメの刃となって、俺の心臓を貫いた。

「なった」
「!?」
「なってる」
「……」
「言われる前からなっちゃってた」
「……や、やっぱり…遊んでたの、ずっと…!?」
「ううん。違うの、メンゴ、そんなつもりじゃない」
「っ」
「俺も好き、好きだよ珪ちゃん。嘘じゃないよ、信じて」
「あっ」

 求めるまま、強く抱きしめる。

「珪ちゃんが俺のこと好きでいてくれたから、俺は珪ちゃんに惚れちゃったの。だからちゃんと口説かれたかった。君から好きって言ってもらいたかった」
「……」
「そしたら"失恋したい"だもん。俺をこんなにしといて」
「そん、な…」
「勝手だよね、知ってる。でもね、迷惑は押し通すものって。だから言わせたの」
「……」
「聞こえてる?俺のドキドキ。ね、ジーマーで好きなんだよ、珪ちゃん…」
「……ん…わ、私も…」
「うん、ありがと。頑張ったね、珪ちゃん。伝えてくれて、ありがとね…」

 腕の中で珪ちゃんが震えて俺の鼓動を受け止めている。労うように背中を撫で続け、小さなつむじにキスを贈ればまた熱が増した。

「んっ、ゲン…!」
「さあて、このメンタリストを夢中にさせた落とし前、どうつけてもらおっかな〜?」
「えっ…ええ?」
「その前に、俺がどうやってこんな状態までされちゃったか、順を追って理解してもらわないとね。まだちょびーっと疑ってるでしょ?そうね、三分の一ぐらい」
「そ、そんなことない、けど…」
「いーのいーの。もう一段階、今度は俺の手で惚れさせたいだけだから♪」
「むむむ無理!もたない!」
「だいじょーぶ、ちゃーんともたせまーす♪だから俺のことももっとドキドキさせてね、珪ちゃん」
「あわ…」

 瞳に溜まった水滴を優しくすくう。もはやレーザーと化した彼女の光が続けざまにどすどす体中に刺さり、このままずうっと繋がっていたいな、なんて熱で焼き切れた脳みその神経が喚き、俺はそれに同意した。






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