白菜夫人の告白

「やっほー、色々買い込んできたよ!」
「おー」

 あらかじめ鍵を開けておいてもらった玄関を通りリビングに顔を出せば、タブレットで何か読んでいた千空が応答した。早速私はエコバッグを漁り、底にあった逸品を取り出して見せつける。

「今日のイチオシはこれ!"ごっつヤベー炒飯"!」
「あんだよふざけてんな」
「嫌いじゃないくせに。手前に入れとくねー」

 キッチンへ移動し、買ったものを冷蔵庫やその隣の戸棚に入れていく。さっきの炒飯を含んだ冷凍食品とか、指定された調味料とか、そのうち私のお腹に入るお菓子とか。千空はそれなりに自炊するし、出来合いのご飯ももりもり食べる。ストックの減りが早いから、今はちょっと忙しい時期なんだと思う。
 インスタントのドリップコーヒーを二人分淹れ、リビングに戻った。千空が場所を開けてくれていたので、ソファに横並びに座って一息。

「ふーやれやれ!はいこれレシート」
「ん。代金その封筒ん中。足りねえなら言え」
「んーと……ちょっと多いかな」
「なら駄賃」
「ありがと、じゃ遠慮なく」

 会話が一旦切れ、私はコーヒーに、千空は読みものに集中する時間がしばらく続いた。
 ずいとお尻半分の距離をつめて、ぺとりと右側の体のラインを彼の左側のラインにくっつけても、彼は何も言わなかった。
 もうすぐ春休みが終わる。私たちは四回目の大学生になる。

「千空はさー」
「ん?」
「この先大学院に進むんだよね?」
「まあ、今んトコはな。テメーは?」
「働くよ。就活もやってるしね、ぼちぼち。……ますます会いにくくなっちゃう?まだ先だけどさ」
「……」

 千空がサイドボードにタブレットを乗せて立ち上がる。私の視線を気にすることなく去っていく。物音は彼が自室のドアを閉めたっきり上がらない。
 ぐびぐびとコーヒーを飲み干して、苦味に顔をしかめて、カップを置いてソファに背を預けた。
 がちゃ、ばたん。千空がリビングの入り口に立った。そして、いきなり振りかぶって私に何かを投げつけた。それは胸にぺちりと当たり、膝の上に転がった。

「いつでもいいぜ」

 合鍵、ってやつだ。

「…へへ、誘導しちゃった。てかタイミング潰した?私」
「別に。話題に出なきゃ卒業辺りでって考えてたぐらいだわ」
「そっかそっかあ。…いつ作ってくれたの?」
「前からあったスペアだっつの」
「ほほほーん?まあいつでも嬉しいけど。それでね、千空」

 ちょいちょいと手招きして、隣に戻ってもらう。少しの間見つめてから私は続けた。

「ありがとう。私も早く引っ越したい。ただね、まず最初に親に話すよ。反対しないと思うし」
「ああ」
「でさ…預けたいんだ、これ。もう少しだけ」
「あ゙?いい加減不便だろ」
「何かさー!自分ちじゃない鍵持つの怖いんだよー!」
「すぐ家になんだろが」
「こういうのはきっちりしときたいタイプなの!ねー?」
「分ーった分ーった」

 受け取った合鍵を彼に手渡して、すかさず肩口を掴んで引き寄せた。目を開けたまま一回キス。千空が前髪を耳に掛けたので、私もまぶたを下ろして唇を少し突き出し待った。

「…んぅ」

 横並びからだんだん彼が覆い被さってくる。私も彼の背に腕を回し、受け入れた。
 自然に舌が入ってきて、脳みその一部分が軽くなった気分になる。それに反して下半身は重くなっていく。

「ん……ふぅ」
「………アイスあんぞ」

 あぁ、きたきた。

「ええ…?さっき開けた時なかったよ?」
「奥の箱ん中入れてる」
「そうだったの?じゃあ見てくる」
「……」

 まだ言いたいことがありそうな彼を押しのけ、私はいそいそと冷凍室の引き出しに手をかけた。
 中身を管理していると言っていい私が、気づかないはずがないのだ。

「食ってかねえのか?」

 追いついた千空が背後から聞く。私は立ち上がり、最後までしらを切る。

「んー、週末も来るつもりだしなあ。その時にしたいかなあ」

 空気が動き、大胆に抱きしめられて、耳元に唇を寄せられる。ずっと胸がきゅんきゅん詰まっていて、なんなら足も震え出しそうになっていた。

「それ、取り寄せで荷物受け取るために早く帰ったんだぞ」
「んっ」
「なあ」

 じわんと、口の中とか指の先とか、あとまあそういうとことか、いっぺんに湿ったのが分かって少しだけ恥ずかしくなった。

「…じゃ、一刻も早く感想言って報われてもらわないとね…」

 性急に唇を合わせられ、その後舌を吸われて体が跳ねた。

「あぅ、千空、胸いっぱい触って…ときめきすぎて痛い…」
「あー?こうか?」
「バカ、あっち行ってから!運ぶことになるよ!」

 お楽しみはこれからだ。

*

「……んーっ美味し!この一杯のために"運動"してる!」
「オ゙イ!」
「言ってみたかっただけだって。…はぁ、ふわふわなのに超濃厚…高級なお味だあ。千空は食べないの?」
「今はテメーで腹いっぱいだわ」
「そっちのがドシモいじゃん!っと、そうだ、ラジオある?つけていい?」
「机の奥右端」

 パジャマを着てアイスを食べる背徳感に悦になりながらも思い出し、ラジオを見つけて電源を入れた(千空は実機派みたいだ)。目当ての局に番号をセットすると、すぐに特徴的なねっとりボイスが部屋に響き渡った。

『あ〜さぎりゲンのぉ!ジーマーでゴイスーレイディオ♪続いてのコーナーは〜…大人気!"馬に蹴られて爆発しろ"!今宵も彼氏彼女嫁旦那パートナーすなわち"ピ"のノロケ話を公共の電波に垂れ流し全リスナーにぶっ叩かれたい頭お花畑ちゃん共が集ってま〜す!いや〜、これやると毎回トレンド入りして有難いね〜。でも皆、BANされない程度にお上品な言葉で呟いてちょうだいね〜♪』
「相変わらず悪趣味なもん聞いてやがる」
「いいでしょ別にぃ」
『さってさて、ではいきましょー。ラジオネーム"白菜夫人"ちゃん!』
「!!!」
「?」
『私のピは自分ちに泊まらせる口実にアイスを使います』
「…あ゙?」
『ピなりに試行錯誤して、この作戦が一番私に効くって結論づけたみたいです。色々言いながら引き止める様が可愛いので、例え先にアイスを見つけても知らないフリをするし、ホントはそんな気ゼロだけど帰ろうと渋るのがマイブームです。でもたまにはストレートに誘ってほしいです』
「オイ、珪テメーオイ」
「……」
『あんらまあ、どっちもぶきっちょさんだねえ〜。リューちゃんどう?』
『ピには子か孫を通じて暴露されるまで何一つ知らないままでいてほしいっスね』
『それねー!んでそん時またお便り欲しいね〜』
『何十年やるんスか』
『やるよーやるやる!さって次は…ラジオネーム"ばぁばセブンティワン"ちゃん!バイヤー!名前の時点で神投稿確定じゃん!』
『アッハッハ!』

 ぶちん。テンションの高い二人の声が途絶え、夜の一室に静寂が訪れる。

「夫人サンよォ」
「あは〜…まさかこのタイミングで採用されちゃうとは…」

 全部に濁点が付いてそうな調子。まあ、怒ってるというより激しく照れてるだけって分かるから全然怖くないんだけど。

「回りくどいことしやがるなテメー!文句あんなら直接言えや!」
「文句!?自慢だよ自慢!超ときめいてるって言ったじゃん!」
「クソッ!ときめくな!アイスも食うな!」
「私の千空のくそかわエピソードが全国で放送されたと思うとゾクゾクしてくるぅ…誰かに特定されちゃったか、し、ら♪」
「はあ!?マジで悪趣味だから金輪際やんじゃねえぞバカ!つかさっき合鍵拒否ったのもこの辺が理由か!?」
「いや、んん〜、それはニ…三…はは、四割ぐらいかな…」

 こうしてこの夜は彼をからかい通したけれど。次のお泊り時に"今からテメーを抱く"と予想の100億倍肝の据わった声で宣言され、さらには泣くまで言葉責めされる目に遭ってしまいましたとさ。
 教訓。
 ピの好きな一面は無闇に言いふらさないようにしよう。






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