一秒未満

 金狼がボヤボヤ病だったなんて知らなかった。成長するにつれ鋭くなった目つきも、ちょっと怖いけどそれが大人になるってことかな、とかのんきに考えてた。
 眼鏡という装飾品を身につけるようになった彼は毎日楽しそうだ。同時に彼の視線を感じることが増え、私は不思議に思っていた。…いいや、直接聞こう。

「ねえ金狼」
「どうした?」
「最近私のことよく見てるけど、何か用事でもあるの?」
「用事…いや…?」

 二人して首をひねる。先に得心がいったのは彼だった。

「ああ、眼鏡だ」
「うん?」
「ボヤボヤ病が治って、やっとお前の顔をはっきり捉えられるようになったのが嬉しくてな」
「!」
「近づいてジロジロ眺める訳にはいかんだ、ろ…」

 ようやく気づいてくれた。体温が上昇し、頬に熱の集まった私を。それから自分の言った内容も。
 私と話す時にらみを利かせるようになったのは、金狼なりに私を大事にしてくれてたからだったんだ。そっか…分かってよかった。科学って、本当にすごいんだな。

「す、すまん!女性を盗み見るなどそもそも…!」
「いいよ、別に…近づいたって」
「い、いや、それは…!」
「ねえ、ちゃんと見た私はどんな顔?」
「どんな!?」
「……」
「……」
「……」
「……っ」

 あっ、だめだ。
 金狼が目を泳がせる合間に一瞬こっちを確認する様をずっと眺めていた。でも、最後に腹を括って真正面でぐっと踏ん張ろうとした時、今度は私が耐えられなくて、私たちは一秒も見つめ合えなかった。

「ひ、人の外見に言及するのは褒められた行為ではないだろう」
「それは欠点についてでしょ…。まあでも、嬉しいよ、お互いちゃんとした姿になれて。眼鏡に感謝だね」
「お互い?」
「そう。もう睨まれなくてすむ」
「!…すまん…ああ、これからは二度としないと誓おう」
「うん」

 そうしてまた一秒に満たなくても。私たちは間違いなく相手の目を見て笑い合った。






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