意識朦朧
「…うーん…明らかに腫れてる…」
歩行にも大変な支障。原因は昨日作った左ふくらはぎの傷だった。
指南役の氷月さんの一閃を捌けず、切り口は浅いもののすぐ中断して治療を受けた。そして一夜明け、状態は悪化しているように思える。熱持っちゃってるし…。
仕方ない、今日は休ませてもらってもう一度診てもらおう。そう考えよたよた歩みを進めていると、向こうから人影が現れた。それは一気に距離を縮める。氷月さんだった。
「お、おはようご…」
「何をしているのですかキミは」
「…えっと」
「今こそ脳を溶かして療養する時では?その足でふらふら出歩くなど」
「医務室に…行こうと思って…」
「…普段から溶けて垂れ流しているんでしたね。人を使えと言っているんです。まあいい…今からでも使いなさい」
「すみません…」
お言葉に甘え、外套の上から彼の二の腕に触れ、壁に手をつく要領で体重を預けた。今度は二人で歩みを再開。言及されるのも嫌で、さっきよりちゃんと左足も踏みしめた。
…何か、おかしいな。
「…怒らないん…ですね…」
「いいえ?罵りますとも、治ってから存分に」
「……」
「ちょっと、腕を掴んで構いませんから引っ張るの、は…!?」
え、私、何かして…………暗い……軽い……?
*
「…お、起きたか」
「……せんくう、くん…?」
「おー。じき杠が来っから着替えさせてもらえ。んでまた寝ろ」
天井と、私を覗き込む千空くん。全身が熱くて頭が霞んでいた。
「氷月が"助けてくれ"っつって迫るもんだから何事かとビビったが…まあ、どうにかなる程度でよかったわ」
「…おおごと…なの…?」
「そうでもねえよ、サルファ剤がありゃな」
その返答で悟った。傷口からばい菌が、というやつの大ごとなのだと。
それから私は杠ちゃんの世話を受け、彼女と入れ替わりだったのか、いつの間にか氷月さんが座っていた。……?また意識飛んでた…?
視線に気づき、彼は口を開いた。
「謝りませんよ。鍛錬中の負傷など、特別なことではありません」
「…当然…でしょう。悪くないです…氷月さんも…私も…」
「ですが、一つ前言撤回です。罵りませんし、案じます…今だけは」
彼の素手が頭の下に潜り込む。持ち上げられて、水を流し入れられる。顎回りを拭われたのは、多分、私がちゃんと全部飲み込めなかったからだ。
弱者は切り捨てると言った彼が、まさしくその体現の極みである私を世話するのは何故だろう。私は普段から弱いと言われているから?その度合いはこうして倒れた今と変わりない程哀れだから?そして、そんな弱い私を今まで見限らずそばに置いてくれたから…?
その後数日寝込んだが、すっかり快復し、私は持ち場に戻ることを許された。次回の鍛錬で氷月さんは一切手心を加えず、私にはそれがどうしようもなく嬉しくて、柄で額を小突かれるまでずっとにこにこ笑っていた。
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