赦し

「っ…!!?」

 吸った息がはき出せない。こんなにも身体が戦慄くのは生まれて初めてかもしれない。
 彼女だ。石像であっても、最後に見た姿が少女の頃であっても、この面影、間違えるものか。
 俺は震える腕で草をかき分け、彼女の両頬に手を伸ばし、そして多くのことを思い出して飛びのいた。

「っは……はあっ……はっ…!」

 砕いた石の粉が残る手の平。一瞬だとしても、"これ"は壊すべき対象かと品定めした両の目。

「…あ…あぁ…」

 記憶が、溢れていく。
 彼女はいつも俺たちを気に掛け、妹の面倒を見てくれた。絶望に打ちひしがれる俺を胸元に寄せ強く抱きしめ、無力な己を責めて泣きながら、"司くんは何も悪くないよ"と労わってくれた。
 そして、それきり。俺は彼女の存在を魂に刻みつけ、孤独の道をここまで突き進んできた。
 全身から力が抜ける。膝から崩れ落ちる。
 俺を支え続けた一言が、成長した彼女に再会したこの瞬間、裏切り者と罵りながら虚空へ消え去っていく。
 あぁ、駄目だ。お願いだ。そんなことずっと分かってる。けれど俺はもう、君に赦しを請うて全てを押しつけてしまわないと、一歩だって踏み出せなくなってしまったんだ。
 …そうして俺は、全てを整え、全てを隠し、彼女をこの石の世界に呼び戻していた。

「……え……あなた…もしかして…司くん……?」
「…久しぶりだね……うん…俺だと分かってくれて…嬉しいよ…」

 偽りの中で紡がれる言葉だろう。清く優しい彼女はすぐに真実を知り、俺を拒絶するだろう。
 だとしても、それでも、もう一度、あと一度だけ。今の俺に彼女の心を受け取る資格など何一つない。だから、何もかもがまやかしであるべきなんだ…。






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