6.友達

 結界があったという境目の場でぐずったアンヘルを何とか宥めてやり、ゴルベーザたちはとうとう集落を後にした。彼の外套を握りしめる、不安が色濃く出ていた彼女の表情は、今は好奇のものへと移り始めていた。
 まだ森を抜けていないため、周りの景色は大きく変化していない。そのことがあってか、緊張はずいぶん解れたようだった。

「これが、外の世界?」
「いいや…世界はもっと広い。この森の先に出れば分かるだろう」
「ん…」

 しばらく黙って道無き道を行く。そのうちアンヘルが再び口を開いた。

「そうだ…わたし、あなたの名前、知らなかった。何ていうの?」
「……」

 何度か目を泳がせてから。

「…………ゴルベーザだ」
「ゴルベーザ…?そうなの?…何だか、似合ってないね。あなた、本当に、ゴルベーザ?」

 思わず足を止めて彼女を見下ろした。上目遣いになった大きな瞳とぶつかる。これほどまで真っ直ぐ眼差しを向けられる経験が久しく無くて、彼は素早く顔を逸らしていた。

「そう思うのなら呼ばなくてよい」
「……」

 ぎゅ、と強まる外套を掴む手。

「……その、すまぬ。怒ってなどいない」
「…本当…?」
「あぁ。これまで通り、"あなた"でよい。そう呼んでくれ…」

 小さくうなずいたことを振動で感じながら、ゴルベーザはわずかに速まった自身の鼓動を聞いていた。"似合っていない"。彼を"毒虫"と知らないアンヘルはそう評した。
 贖罪の余地はあるのだろうか。
 ねぇと声をかけられて、ゴルベーザの意識が再び彼女に向いた。

「あなたのこと、もっと教えて?どんなところに住んでいるの?友達、いる?友達ってどんな人のことを言うの?」
「話せることなど何も無い」
「そ、そう…」
(…あぁ、またやってしまった)

 続く、ぎこちないやり取り。

(彼女を怯えさせず話すよう、努めねば…)
「その…本当に、無いのだ…。私はずっと虚ろに生きてきた。何も考えず、何も感じず…」
「……わたしと、同じ?」

 今度はアンヘルが歩みを止めた。

「わたしね、あなたとお話してから、頭の中がずっといっぱいなの。何が入ってきたのかはよく分からないけど…でも、今までからっぽだったから、いっぱいになったんだよね?」
「…そうだな…そなたの言葉、分かる気がする」
「よかった。ね、じゃあわたしと友達になろうよ。そうしたら、きっともっと色んなことが分かると思う」
「……」
「友達になったら手、つないでいい?」
「駄目だ」

 今度こそ、ぴしゃりと一閃する。アンヘルの表情は曇ったが、それでもおずおずと言葉を継いだ。

「で、でも…えっと…手、つなげなくていいから、友達になって…ほしい…」
「そうか…それなら、好きにして構わぬ」
「!ありがとう!」

 一転、笑顔に変わった彼女が嬉しそうに声を上げた。友達、友達と何度か繰り返し、目を細めながらゴルベーザを見やる。何かの枷が一つ外れ、新しい感情を得たような、そんな様子にも窺えた。

(…友達)

 何を指す単語だっただろうか。それに関する記憶はひどく曖昧で、霞んでいて。けれど、切ないと感じてしまう程に、尊かった。

「さぁ、行くぞ。しっかりついて来るのだ」
「うん!」

 勢いよく返事するアンヘルの姿に切なさはかき消され、ゴルベーザは力強く前を見据えた。






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