21.飴玉

 街道に入ったことにより、ゴルベーザたちは彼らと同じような旅人とすれ違う機会を得たはずだった。しかし、半日歩いても一人も出会わず、ゴルベーザの不審の感情は、ようやく見つけた人影に一番嫌な形で解消されることとなった。
 数人で構成された小規模の行商隊は、道の端で小さくうずくまっていた。彼らには明らかに襲撃を受けた跡があり、傷を負って衣服に血や土が染み付いてしまっている。ゴルベーザの後ろに隠れていたアンヘルがそれに気づいて息を呑んだ。

「大丈夫か?被害の規模は?」
「皆大したものじゃないが…一人足をやられて、救援を待っているところだ」
「……野盗か」
「あぁ…。噂は聞いていたんだが、油断したよ。まぁ、本当に運ぶべきものは守れたし、関所に救難煙も届いているから何とかなりそうだ」
「そうか…災難だったな」

 会話に一区切りついたところでアンヘルがそろりと顔を出した。黙ったまま行商人の前に座り込み、両手を前へとかざす。訝しんだ彼らにゴルベーザが説明を継ぎ足す。

「彼女は白魔法が使える。…アンヘル、頼めるか?」
「ん…」
「あぁ…これは有り難い…」

 短く返事したきり、アンヘルは再び口を閉ざして黙々と治療を進めていった。何か思うところのある不安げな表情だったが、行商人たちに何度も礼を述べられて、全員に治癒魔法をかけ終える頃には少し照れくさそうなものへと変化していた。

「もう痛くない?」
「あぁ、この通りさ。助かったよ、本当にありがとう」
「うん…けが、治ってよかった」
「何か礼になるものがあればいいんだが…」
「え…そんなの、いらない…」
「……こんなものしか残ってなかったけど、よかったら食べてくれ」
「……」
「ほら、飴だよ。私たちの町の名産品なんだ。美味しいよ」

 それまでやり取りを見守っていたゴルベーザがアンヘルに近づく。

「もらっておきなさい」
「…うん。おじさん、ありがとう」
「良かった、やっと笑ってくれた。怖い思いをさせてしまってすまなかったね」
「ううん、そうじゃないよ…!」

 アンヘルがもう一度薄く笑い、差し出されたゴルベーザの手を取って立ち上がった。

「立て続けですまぬが、少し向こうで見張りをしてくれぬか?救援の者が見えたら知らせてほしい」
「分かった、任せて!」

 やる気に満ちた返事と共に、彼女が軽く駆けていく。その姿を見届けてゴルベーザは素早く行商人たちの前に屈み、それまでより声を潜めて言った。

「野盗の情報が欲しい。人数と武器、それから狙った物と手口を分かる範囲で教えてくれ」
「あ、あぁ…けど、あんたたちも俺たちと一緒に移動した方がいいんじゃないか?」
「気遣いは有り難いが、急いでいるのでな」
「そうか…」

 それからゴルベーザは、アンヘルが騎兵到着の報告に戻ってくるまで彼らと話し込んだ。これ以上人との接触を避けるため、兵が行商人たちと合流する前に出発する。すれ違いざまに状況だけ伝え、馬に興奮するアンヘルを諭して元通り二人で歩いていった。

*

「…甘くて美味しい!はい、あなたもどうぞ」
「あぁ」

 野営のたき火の前で隣り合って座り、もらった飴玉を口に入れたアンヘルが嬉しそうに声を上げる。相変わらず周囲に警戒心を持っていないようだった。まだ"敵は目視出来るもの"という認識なのだろう。
 ふと彼女がおとなしくなる。少しして、ゴルベーザに呼びかけた。

「あのね…聞いてもいい?」
「どうした?」
「ヤトウって…何?魔物の名前?」

 ほんのわずかにゴルベーザが身じろいだ。

「…盗賊の一種だ」
「えっ、じゃあ、あのおじさんたち何か盗まれちゃったの…?」
「商品の一部を奪われたと言っていた」
「そんな、ひどい…!…知らなかった…おじさんたち大変なのに、わたし、飴まで取っちゃって、嬉しいって思ってた…。わ、わたし、悪い人…!?」
「アンヘル、それは違う」

 ゴルベーザが即座に否定する。今の彼女を無垢と呼ぶべきか、孤独の果てに背負わされてしまった弊害に苦しんでいると言うべきか、分からない。ただ哀しかった。

「そなたはあの者たちの傷を癒した。この飴は、彼らの感謝の心と共に払われた対価だ。そなたが奪ったのではない。彼らが渡したいと思ったのだ。だから、そなたは嬉しさを覚えたのだ」
「…私の思ったこと、間違ってなかった?」
「無論だ」
「そっか、ありがとう…。気持ちって、難しいね…どうしていいか、ちゃんと、分からない」
「そうだな…私も未だに分からぬ。だが…考えて悩むことを止めてはならぬ。それは人であることを放棄することになる…」
「放棄…?」
「いや、独り言だ。忘れてくれ」

 アンヘルは首を傾げたが、それきり黙ってしまったゴルベーザをしばらく見つめ、気を取り直すように炎へ目を向け飴をまた一つ舐め始めた。

「…野盗、倒しておじさんたちに荷物を返してあげられればいいなぁ…」

 ゴルベーザがその呟きに反応することはなかった。






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