12.怪我

「アンヘル!」
「っ!?」

 敵の術の範囲内にゴルベーザが割り込み風の刃を受けた。怯む間も無く剣を構え直し、一撃で屠る。後方のアンヘルに気を配りながら残りも仕留めていく。力の差は明白だった。
 剣を収め、腕に軽い傷を負ったゴルベーザは血を拭おうと懐から布を探る。アンヘルが青ざめた表情で駆け寄った。

「け、けが…!」
「大したものではない。平気だ」
「ごめんなさい、わたしのせい…!」
「そなたのせいなどではない。止血する、手伝ってくれ」
「う、うん…」

 その場に一旦腰を下ろし、きつく布を巻いて血を止めた。切り口が鋭いためそれなりに溢れてくるが、塞がるのも早いだろう。しかしアンヘルは今にも泣き出しそうな顔のまま、傷口を避けた布の上に両手を添えてそこを凝視していた。

「大丈夫だ」
「でも…けが、痛いよ…!」

 遠慮がちに、そしておそらく無意識にすりすりと撫でられて、ゴルベーザがやや戸惑う。当事者の彼が逆に心配する程彼女は深刻な様子で、どう言って安心させてやればいいかが分からない。
 と、突然アンヘルの両手の平が淡く光り出した。二人が同時に驚く。彼女は急いで自身の異変を確認したが、やがてはっと何かに思い至ったようで、再び光る面を傷口へとかざした。

「……ケアル!」
「!?」

 ゴルベーザにも変化が起こる。傷口が質の違う熱を持ち始め、痛みが少しずつ引いていく。思い込みなどではない。切られた肌の組織が何らかの反応を示していた。
 光が引いたのを見計らって布を外す。血は完全に止まり、拙くはあるが傷口も塞がっていた。彼女は自力で治癒の力を顕現させたのか。いや、そもそも彼女に白魔法の知識があったのか。

「……」
「痛くない…?」
「あぁ…もう出血することもないだろう」
「よかった…!」
「アンヘル、そなた、このような力も知っていたのか?」

 ふるふると首を振る。

「教えてもらったのは火の起こし方だけ。さっきは、早く血が止まってってずっと思ってた。そうしたら、胸の奥に言葉が浮かんできて…うまく言えないけど、これが白魔法なんだって、分かったの」
「そう、か………そうなのか…」
「…?」
「いや、何でもない…気にするな」

 ゴルベーザが布を小さくまとめ、鞄の中へ押し込んだ。

「どうやらそなたには白と黒、どちらの才もあるようだ」
「そうなの…?」
「あぁ、これは稀有なことだぞ。私には無い力だ」

 その言葉を受け、拳を握ったアンヘルがゴルベーザに迫った。両目は見開かれ、これまでになく輝いている。意思のこもったまっすぐな眼差しだった。

「じゃあ、わたし、あなたの役に立てる?あなたと一緒に戦える?」
「戦う…?そなた、戦うつもりなのか?」
「うん。だってわたし、ずっと守ってもらってばかりで何も出来てないもの。さっきだって、わたしのせいで、あなたがけがしてしまった。だから、もっと魔法を覚えてあなたの役に立ちたい」
「し、しかし…」
「ファイアとブリザドとサンダーだけじゃなくて、他にもたくさんあるの、わたしちゃんと知ってるよ。ねぇ、お願い、教えて」
「落ち着きなさい、アンヘル」

 ゴルベーザは彼女の肩に手を置いて、乗り出した身を収めるよう促した。見られないようため息。

(危険な目に遭わせる訳にはいかぬが…己の身を守るぐらいは出来ねばならんか…)
「分かった。だが、先程言った通り私は白魔法は扱えぬ。だから、そちらについては次の機会を得るまで我慢してくれぬか?」
「…さっきみたいに自分で頑張っちゃだめなの…?」
「それは…我流で基礎を作るのは本来は好ましくないのだ」
「……」
「………あぁ分かった、撤回する…」
「!ありがとう!」
「私からは、引き続き黒魔法や応急処置といった、身を守るための術を教えよう。それでよいな?」
「うん!」

 アンヘルは何度もうなずき笑った。早く教えてほしいとせがむ彼女を宥めながら、ゴルベーザはあることを思い出す。

「そうだ…礼を言っていなかったな、すまなかった。アンヘル、傷を治してくれてありがとう」
「…!」
「そなたが新しい白魔法を修得する日が楽しみだ」
「う、うんっ…頑張る…!」

 また一歩、二人の距離が縮まった昼下がりだった。






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