8.魔法

「ひとまず、炎を出してみてくれぬか?」
「うん。………これでいい?」
「あぁ、そうだな、何も問題ない」

 木陰に腰を下ろし、ゴルベーザとアンヘルは魔術の手ほどきを始めていた。彼女が差し出した両手の平の上に赤い炎が揺らめく。形成することに何の苦労も見せず、手馴れた様子だった。

「大きさや形を変えられるか?」
「こう…?」

 燃え盛ったと思えば、マッチに灯るほどに縮む。最後にアンヘルは片手ずつに炎を分け、正面のゴルベーザへ向いた。

「十分だ。では…まずブリザドからいこう。冷気の方が想像しやすいだろう」
「うん」
「炎は拡散、熱のイメージだが、氷はその逆…己の魔力を凝固させていく。そこに、冷気を乗せる」

 加工していない魔力を手へ集め、ゴルベーザはそれを先程の発言に沿って変化させた。食い入るように見つめるアンヘルの表情は聡明だ。
 彼女がゴルベーザに倣う。どのような教育を受けたかは分からないが、自らの身体を巡る魔力を集め、純度の高いものへと磨き上げる基礎は正しく身に付いているようだった。

「冷たい…冷たい……あれ?」

 仄かに青く色づいた魔力が具現化し、空中をたゆたう。ゴルベーザは驚いた。彼女が作り出したのは、氷よりももっと上位で難度が高いとされている水流だった。

「これは…!?そなた、今どう施したのだ?」
「冷たいものって…いつも果物を冷やしていた、川のことを考えていたの…」
「では、氷は思い浮かべられるか?」
「…あまり、分からない。見たことはあると思うけど…」
「そうか…」

 ふっと水流を消して、アンヘルが沈んだ表情で黙り込む。

「どうした?」
「わたし、ちゃんと出来ないのかな…」
「いいや、逆だ。そなたは感性で魔力を操ることに長けているようだ。これは生まれ持った才能だぞ」
「そうなの?」

 彼女がおずおずと視線を上げる。ゴルベーザがその前に氷の塊を再度作った。

「そなたに足りぬものは"経験"…それも、毎日を過ごすうちに自然と身に付くだろう」
「…うん」
「さぁ、手をかざし、魔力の構成を肌で感じ取ってみなさい。そなたにはこの手段が一番早いだろう」

 彼の言葉を受け、アンヘルが腕を伸ばした。形状、透明度、硬さ、そして、冷気と彼の魔力。それらが空気や手の平を通して彼女へと流れ込んでいく。
 また一つ外れる枷。アンヘルの瞳に理解という輝きが灯る。同時に、それを目の当たりにしたゴルベーザには、他者を導く達成感が駆けていく。
 氷がさらに凝固を重ね、凹凸のある歪な形へ成長した。アンヘルが自身の魔力を送り込んだのだ。

「そうだ…これが氷だ。水分は川だけでなく、空気中にも見えずとも存在する。その水分を助けに使い、固める。それがブリザドの原理なのだ」
「うん。氷の冷たいって、水とはちょっと違うのね。……あ、見て、出来た!」

 アンヘルが嬉しそうに小さな氷を次々と生み出していく。彼女の呑み込みの早さは常人の比ではない。才能を秘めた逸材に出会えたと、ゴルベーザの求道者としての一面は高揚を覚えていた。

「うむ…では、次は雷だ。これは凝固と拡散の両方の性質を持つ。拡散と言うよりは…そうだな、破裂か」
「はれつ…中からの圧力で勢いよく割れること?」
「あぁ。こちらも私のものを真似るとよいだろう」

 新たに作り直した塊が黄色く変色し、ぱりぱりと火花が爆ぜた。アンヘルの手が今度はためらいがちに上がっていく。じっと、ゴルベーザの波動を感じ取ろうと集中する。
 彼女の拙い魔力が彼の元へ到達する。例えるならば、何の癖も無い真っ直ぐな糸。黒魔法、白魔法を覚える以前の魔力というものは、これから染料に浸けられようとする透明な繊維に似ているのかもしれない。ゴルベーザはそう分析した。
 そして、意識が逸れていたことに気づき、はっとする。電流を帯びた球がかなりの大きさになっていて、彼は腕を振り上げそれを散らした。弾ける音が響き渡り、目を閉じていたアンヘルがびくんと跳ねた。

「!?」
「大丈夫だ…次は落ち着いて、小さく作ってみなさい」
「う、うん…ちょっとぴりぴりして、怖いね…」
「炎と同じだ。慣れればそのような感覚も制御出来るだろう」
「そっか。…あなたってすごいね。わたしの知らないこと、たくさん知ってる。わたしと同じじゃなかった。もっと色々、教えてほしいな」
「あぁ、よかろう」
「ありがとう!」

 アンヘルが笑った。彼女の警戒心は完全に解け、ゴルベーザに心を開いたようだった。そして、彼の意識もまた、積極的に彼女に歩み寄ろうと何らかの変化が始まっていた。






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