黒さんと私4

 今日の探索隊はいつもより規模が小さいため、代わりに魔導船の中が騒がしい。だけどここは変わらない静けさ。仕事の合間に休憩するには丁度良い薄暗さだ。
 昨日は何となく寝付けなくて、遅くまで調べ物をしていたせいで頭がぼんやりしている。ほんのちょっとだけ仮眠しようかな…この後もまだ色々あるし、少しはしゃっきりしないと…。
 そう考えながら机に突っ伏し両目を閉じれば、途端にただでさえ微かなざわめきがさらに遠くなった。

*

「…ん…」

 あー、気持ちいいな、肩周りがあったかくて…。

「……ん?」

 覚えのない感触。傾いた片頬が妙にぬくぬく、ふわふわしている。私がのっそり身を起こすと、それはずるりと滑り落ち、反射的に片手で掴んでいた。

「…毛布?誰が……ってうわっ!?黒さん!?」
「……」

 向きでいうとほとんど正面、距離は部屋の反対の壁側。黒さんが小さく椅子に収まりながら、黙ってこちらを見つめていた。

「い、いつからそこに!?」
「…一時間程か」
「そんなにですか!?えっ今何時……あ、ああぁ、やっちゃった……」

 懐中時計の時刻は、黒さんの発言よりさらに一時間多く進んでいた。つまり私は計二時間も眠りこけていたのだ。そして、食料の荷下ろしと夕食の下拵えをすっぽかしたことになる。
 体温が一気に下がるのを感じながら、頭を抱え込んでしばしの硬直。い、今からやるべきことは…まず謝りに回って、毛布かけてくれた人を探して、あぁでも仕事に戻るのが先?いや後回しにするのは…でもすぐ見つかるの?
 と、とりあえず行かなきゃ…これ以上止まっているのが一番駄目だ…。

「す、すみません…失礼します!」
「!おい…」

 あ、毛布、あぁ、置いてく訳にはいかないな、このまま持っていかなきゃ…。

「…エルダ!」
「ひゃい!?」

 走り出そうとした瞬間名を呼ばれ、全身がびしりと直立不動の反応を示す。そして…養成所時代と同じく、怒りを買った相手を確認しようと首だけ振り返れば、書庫の入り口から身を乗り出した黒さんだけがいた。

「落ち着け…そなたの仕事は済ませている」
「へ……え、えっと…?」

 わずかに目を泳がせ、手招き。私は頭にいくつも疑問符を浮かべながらもとぼとぼと従う。書庫へ逆戻りした私に、彼が続きを語る。

「…まず二時間前、私はここを訪れそなたが眠っているのを見つけた。毛布を取りに行った際、そなたを探す者から荷下ろしのことを聞いた。私は事情を伝え、代わりに手伝った。だからもう向かう必要はない」
「あ、あぁ…そういうこと…。黒さんあの、ごめんなさい…私のせいで、ご迷惑をかけてしまいました…」
「これしきのこと…私も暇を持て余していたから好都合だった」
「あっ、で、でも私、まだあるんです」
「あぁ、それなら他を当たると言っていた。今日は人手に困らんからな」

 また一段階、身体が冷たくなる。

「……」
「この程度、気に病むことではなかろう」
「…違いますよ。寝こけていたのは昨日夜更かしして自己管理が出来ていなかったからです」
「それ以上に疲労が見えるぞ。向こうはすでに解決している。今のうちに休め」
「……黒さん、今日はよく喋ってくれますねぇ…」
「…私とて…主張したいこともある」
「っ」

 黒さんの最後の言葉をとどめとして、私の両目からぼろぼろと涙が溢れてきた。彼は視線をずらしたが、それも気遣いの仕草。
 どうして私は今泣くんだろう。申し訳なくて、情けなくて、恥ずかしいのに、止められない。
 自分勝手だから。何人にも迷惑をかけたから。まともに戦えないくせに、与えられた仕事すらこなせない役立たずだから。
 黒さんが、私を心配してくれたから。

「う、うううぅぅ〜〜…すみません…すみません…!」
「謝る意味が分からんな…」
「だって、だって、っく、私、最低じゃないですか…!」
「何がだ」
「皆が危険な目に遭っている間も、私だけずっと船にいて、その分働かなきゃいけないのに、誰かに押しつけて、怠けたんですよ!」
「誰よりも献身的なそなたの、故意でないたった一度の失敗を誰が責めようか。ここは軍部ではない…その程度で罰が発生するならば、この船の秩序は簡単に崩壊する」

 …やっぱり私は最低だ。
 彼が饒舌に私を慰めてくれるのをこの上なく嬉しいと思ってしまった。その思いが、他の何よりも大きくなってしまった。

「第一、船に残っているのはそなた一人ではないだろう」
「わっ、私に…そんなこと言ってもらえる資格なんて…ないです…!」
「いいや。そもそも資格など存在せぬ」
「…ううぅ〜…!」

 自己中心的な卑下を一刀両断され、私はもう何も言い訳出来ず泣き続けた。その間、黒さんはいつもの通りに戻って、黙って腕を組み私を見下ろしていた。
 そこからいくらか時は過ぎ、いい加減感情も落ち着いてきて、手の甲で涙を拭いながら一つ大きなため息。彼もその区切りに気づき、腕を解いた。

「……黒さん…迷惑かけっぱなしで、すみません…」
「…そなたの心情、少し理解出来た気がする」
「え…?何の…ことですか?」
「いや。とにかく今日は休むことに尽力しろ。翌日まで持ち越すのはいただけぬ」
「はい、それはもちろん、はい…!明日から、もっとちゃんとやります!もうヘマしません!」
「……」
「…黒さん?」

 眉根を寄せた黒さんが顔を背けた。一部でも信頼を失ってしまったのだ、当然の反応だろう。明日から切り替えて挽回しないと。許してもらえる猶予なんて、本来なら私にはないはずなんだから。
 うつむいて、おずおずと毛布を差し出す。彼はややしてから受け取った。

「あの、色々とありがとうございました。他の人にも謝ってきます。それから…」

 勇気を出してもう一度視線を上げれば、今度は目が合った。

「名前、初めて呼んでくれましたね。すごく…嬉しかったです」

 この瞬間だけは自然に笑えていた、と思う。
 もう一度会釈をして、私は反転して駆けた。






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