Just a little more

 ベッドが再び軋む。全てが終わったことを告げる控え目な音。
 俺は額に浮いた汗を手の甲で拭い、シーツの中に沈むエルダを見下ろした。

「はぁ……はぁ……ん…」

 彼女は小さく身悶えを繰り返している。じっと辛抱が出来ないようにも、何かにうなされているようにも見えて、俺は自身の呼吸が整ったところで改めて彼女と対峙する。
 目尻には涙の粒。髪の生え際や胸元には汗の玉。今は閉じられて見えない中心部は蜜が零れ、先程までの情事の余韻を強く残し、繋がりを断っても尚俺を悦ばせる。
 ただやはり、どこか様子がおかしかった。

「…エルダ?」
「んぅ…」

 こちらに注目させるように頬に手を添えれば、背をしならせながら擦り寄ってきた。

「どうした?大丈夫か?」
「……カインさん…」
「ん?」

 薄く開く瞳。眼差しは未だに潤んでいて。

「……あとちょっとぉ……」

 多分そうだろうという憶測と、彼女自身による答えの申告が重なった。心臓の最奥に電流が走るのを自覚する。
 欲を吐き出した後は、今抱いたばかりの女を視界に入れる気すら失せてしまう男がいるらしいが、勿体ない、としか思えない。
 こんなに厭らしく無防備な姿をさらに追い立てる機会など、そうそう無いのだから(その男が毎度毎度完璧に満足させているなら俺の完敗だが)。

「あぁ、分かった…」

 反対の腕も伸ばし一度頬を包み込む。そのままゆっくりと下へ這わせていく。白い首を撫で下ろし、鎖骨を過ぎてから、ぷくりと浮き立った胸の頂に微かに触れるようにして、時間をかけて腹の方へ。

「やぁ、あ…」

 エルダが首を振って下半身をくねらせる。わざと逆行すると馬鹿と罵られた。

「ううぅ〜…」
「ッフ、すまんすまん」
「あっ!あ、ぁ…」

 残った道のりを飛び越え、ぬめる花芽を押さえつけ、ぐりぐりと動かしてやる。途端に余裕が無くなる表情。そのまま続けると、顔を横に倒し、全身を強張らせて快楽を享受する姿勢になる。

「ん、んんん…」
「良いか、エルダ?」
「んっ、んっ…!」

 聞いちゃいない。まぁ、普段も切羽詰まるとこうなっているのだろう。その時はこちらも似たような状態なのだと思う。しかし今の俺の頭は実に冴えている。
 どうせなら、きちんと俺を認識しながら気をやってほしい。そんな思いがこみ上がり、責めを止めないまま彼女の耳元に顔を近づけた。

「エルダ」
「っ!?」
「返事ぐらいしてくれ…」
「っあ、あ…!」

 一気に浮き上がる腰。逃がさないよう追いかける。
 しっかりと覆い被さって、耳を食んで、さらに跳ねる身体に満足して。

「イきそうか?」
「んあぁっ…!っ!」
「っと」

 瞬間、エルダがぴんと張り詰めた。一目で分かる程派手に達し、息も絶え絶えに痙攣を繰り返す。予想以上の反応に流石に驚きを隠せず、虚ろに濁ってしまった瞳を覗き込んだ。

「はーっ……はーっ……ぁ…」
「大丈夫か…?」

 彼女は一度小さく否定した。
 落ち着くまでの間、頭を撫でてやりながら手を握る。何度も余波が襲ってくるらしく、エルダは不規則に震えては小さく喘いでいる。いつの間に芽生えていた征服欲も満たされていた。
 やがて、未だ荒い呼吸の合間に彼女はやっと言葉を紡いだ。

「い…今のは…はんそくぅ…」
「何の話だ」
「…こ、こんな……いい声が…ゼロ距離とか……耐えられるはず…ないでしょ…」
「いい声?」

 視線を交わす。

「そういうのはセオドールみたいなのを言うんじゃないのか?」
「………ひぇ…」
「おいやめろ想像するな。……あぁクソッ」
「ひゃん!」
「完全に忘れるまで離さんからな…」
「やあぁ…!」

 再びゼロ距離とやらまで近づき、腰に片腕を回して拘束した。彼女がもがけばあちこちの熱がぶつかる。猛りを取り戻そうと局部同士を宛がえば、か細い悲鳴。

「ム、ムリ…」
「無理なのは俺の方だ。責任、取れよっ…」
「いっ意味分かんない…!ホント、動けないのにぃ…!」
「っ、そんなもの、構わん…」
「構いますっ、もう、もうっ…!」

 結局挿入には至らなかったが、もう一度ずつ果てる羽目になり、お互い疲労困憊となって後処理もろくに出来ないまま、その夜は意識を手放した。

*

「聞いてくださいよセオドールさん!カインさんってば、自分のミスを私に押し付けた挙句、それをいじめる口実に使ったんですよ!ひどくないですか!?」
「…カイン、お前…思春期の男児か?甘えるにしてももっと方法があるだろうに…」
「……そんな目で俺を見るな……」
「いーっだ!もっと言ってやって下さいセオドールさん!」
「これ以上の痴話喧嘩は他所でやってくれ…」






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