焼き餅焼くなら狐色

「おかえりなさいませ、セオドール様」
「あぁ、ただいま。変わりはないか?」
「はい。そちらはいかがでしたか?」
「話に聞いていた通り、よく呑む方でな…二晩とも最後まで付き合ってきた」
「あら…」

 外套をディーナに渡し、セオドールが食卓の椅子に腰を下ろした。
 村の主な産業である機織物の経理を任せられた彼は、こうして定期的に街へ泊まりがけの仕事に出向く。ほとんどは一泊だが、今回は遠方の得意先が来るということで、もう一日長く滞在していた。

「最終的に、私と彼以外は皆潰れてしまったよ」
「まぁ、それは…災難でしたね」
「その上詫びと称して支払いを全て持ったのだから恐れ入る。気持ちの良い方だった」

 そう言ってセオドールは笑ったが、相槌が返ってこないことに気づき顔を上げた。直立するディーナの表情はほんのわずかに淀んでいる。

「…言いたいことがあるようだな」
「えっ?い、いえ」

 考え事を始めようとした彼女をすぐさま遮り、先手を放った。

「ふむ、では当ててやろう。"享楽家の彼は酒の席に女を呼んだに違いない"…こんなところか?」
「!」
「それについては是だな。だが私に回すことはなかったぞ。やきもち焼きの妻がいると丁重にお断りしたからな」

 遠目でも分かる程両頬を赤らめ、ディーナは口をつぐんでしまった。それは世界中を探しても決して見つからない存在へ向けられた、本人が一番嫌っている悪い癖。何とか治してやれないものかとセオドールはこの現場に遭遇する度思う。

(…少々荒療治に踏み切るべきか)

 普段ならやはりやめておこうと留まる一線を易々と越えようとしている。彼はそれに驚きながらも、続きを饒舌に喋っていた。

「毎度こうして疑われると、流石に思うことも出てくるぞ」
「も、申し訳ございません…!」
「常にお前には示しているつもりだが……あぁそうか、失念していた。疑いを逸らしたいのはお前か?」
「えっ…?」
「思えば私が報告するばかりで、お前の様子を聞き出すことはほとんど無いな。成程…よく考えたものだ」
「あ、あの、セオドール様、どういったことでしょうか…?」
「単刀直入に言おう。私が留守の間、お前が男を連れ込んだ可能性を探っている」
「!?あ、ありません!誓って!」
「では証拠は?」

 ディーナが絶句する。今までの自分の行動が何を意味していたか、ようやく思い知ったのだろう。セオドールが目の前に迫っても、顔を上げることも出来ず固まってしまっていた。早速湧き上がる罪悪感。
 たったこれだけで、もう十分のはずだ。
 しかし、彼はごほんと一つ咳払いを経て、彼女の頭を撫で。

「ディーナ、先に言っておく。お前がそのような過ちを犯す者でないことは重々承知している」
「……はい…」
「その上で、だ」

 許しを請う潤んだ瞳が、どこかに眠らせていた支配欲を目覚めさせてしまったことを否定せず。

「改めて、確かめることにしよう」

 それを彼女に向けてしまうことも、止められないでいた。

*

「っ……ん……っ、ん…」

 夕日が差し込み、橙色に染まる室内。そこは寝室ではなく、二人が会話を交わしていた玄関を開けてすぐの炊事場兼食卓のままである。そして、この場は今、乱れきったディーナの吐息と粘着質な水音で満ちていた。

「…あっ」

 ぐらりとディーナの上半身が揺れる。椅子に座るセオドールの前に立たされ、彼女は延々と責めを受けていた。上着ははだけ、胸が露わになっている。両手で隠すことは認められず、せめてもの代わりに腹を抱き込んで震える両脚が崩れてしまわないよう、何とか気を保っている。

「んぅっ…!」
「ほら、腰が引けているぞ。真っ直ぐ立て」

 膝下丈のスカートに両腕を突っ込んだセオドールがその中で何やら行うと、今度は顎がそり上がった。短く息を継ぐ彼女の表情は羞恥にまみれ、開け放った唇に気づいては必死に閉じようと噛みしめるを繰り返していた。
 セオドールは、せめて褥に移動させてくれとの頼みを一蹴し、この場でディーナの身体を改め出した。髪をかき上げ、シャツのボタンを外し、赤い印が残っていないか探し回った。胸の頂を捏ね、下着を下ろし、その間に指を沈めて反応の違いがないか探った。流石に間男の虚像を口でちらつかせるのは可哀想であったので、彼はほとんど言葉を発さず黙々と正確に彼女を追い詰めた。
 まぶたを上げれば、普段着のままの自分と、外行きの服装のままのセオドールが視線に入る。まぶたを下ろせば、昼の間長く嗅いでいる生活のにおいが背徳感となって脳内を駆ける。どちらの辱めにもとても耐えられず、かといって少しでも気を抜けば埋められた指に場違いな嬌声を上げさせられることになり、ディーナは頭の中まで熱に犯されながら、彼の気が済むその時を待っていた。
 しかし、そう上手く事が運ぶ訳はなく。

「はぁん…っ!」

 腹側に近い壁を強く押され、内を収縮させながら一層高い声を上げた。
 ぐ、ぐ、と何度も圧をかけられて、いよいよ太ももが大きく震え出す。

「はっ…はぁ…っ」
「声を抑えるな…勿体ないだろう」
「だっ…誰かに…聞かれたら…」
「私が信じられぬか?」
「!い、いいえ…申し訳ございませんっ…!」

 ディーナの片方の瞳からぽろりと涙が落ちる。弱り切った表情。全身から放たれる淫靡な香り。しかし、その様のほとんどは布の内に秘められていて。
 セオドールの首の後ろに何本もの細い針が刺さり、ぞわぞわと悪寒が背筋を走った。理性の糸がまた一本ぶちりと引き裂かれたことを自覚し、さらに針が増える。
 ディーナの悶える姿を凝視していた彼もいつしか息を上げていた。そして唐突に、激しく暴れていた指を一気に外へと引き抜いた。

「っ!?」
「……あぁ……辛そうだな」
「はぁ、はぁ……セオドール、様…」
「ディーナ、分かってくれるか…?この相反する想いを…」

 信じられない程密やかな手つきで、柔らかな茂みに触れられる。

「ひっ…」
「お前にありったけの快楽を与えたい…同時に、それらを全て取り上げて、泣かせたい…」
「あぅ…」
「それも、これも…根底は同じなのだ……私はお前に…求められたい…」
「…!」
「ディーナ、私に…どうしてほしい…?」

 発作を起こしてしまったかのように、彼女の呼吸は浅く、速くなっていた。もはや制御しようのない震え。それを察し、セオドールは片手を腰に回し、支えてやる。

「はっ、はっ……んっ…セ、セオドール、様…」
「あぁ」
「愛して、います……あなた様以外は…いや、ですっ…!」
「私もだ…」
「あっ、あぁ……お、お願い…最後まで、最後まで…下さいっ…!」

 言うや否や、彼の太い指が再び彼女の秘部へうずまった。今度は花芽も同時に押し潰し、ぎゅうぎゅうと締め上げる中をこじ開け大きくかき混ぜた。

「あっ、あ、ああぁ…!」
「どうだ…私だけが知る、お前の好いた場所だろう?」
「あぁ…き、気持ちいい、です…セオドールさま…っ!」
「そうだ、よく言えたな…」
「っ、あ、は、はいっ…!」
「…ほら…いいぞ…?」
「あぁ、あ、っ……っ、っ……っ!!」

 律儀に腹に巻いたままの腕でさらに強く己をかき抱き、ディーナが果てた。崩れる彼女をセオドールがしっかりと受け止め、横抱きにして膝の上に乗せてやる。そうして、余韻を感じる間も与えず唇を奪った。

「んぐ…ふっ、んん…!」
「…っ」
「はぁっ!はぁ…はぁ……」
「…悪いが…休んでいる暇はないぞ…」

 派手に椅子を倒し、彼は彼女を共に立たせてすぐそばの壁を目指す。そこに彼女を押しつけ、後ろから抱き込み、性急な手つきで前を寛げる。
 敏感な最奥に指とは比べものにならない灼熱をねじ込まれ、全身に鳥肌を立てながら、ディーナは悲鳴に近い喘ぎを出していた。

「あああぁ…!」
「ディーナ、ディーナ…!」
「あぁ、あぁん、セオ、ドール、さまぁ…!」
「う……すま、ぬ…!」
「っ、やぁっ…!」

 彼の体重をまともに受け、息も絶え絶えになったディーナが、それでも謝られてぶんぶんと首をふりかざす。彼と熱を一つにし、想いをぶつけられている。その幸福を否定される筋合いは無い、と。

「あ、あなた様のっ…お好きに、なさって…!だって、だって…あぁっ……あっ、私、は、あなた様の、もの…っ!」
「っ…!」

 乱暴に顎を掴み、彼が唇に食らいつく。振動の中、思うように合わせることは出来ない。それでも必死に互いを求め、吐息を混ぜて溺れていく。
 奥を突き上げられる度に、ディーナの視界は白く爆ぜていた。彼に優しく触れられて感じる胸の高鳴り、それを何重にも何重にも束ねたような途方もない痺れ。例え苦しさが混じっていたとしても、もう言葉を紡ぐことが出来なくなったとしても、全て彼に委ねてさえいればいい。

「ディーナ、私だって、おまえだけのものだ…!」
「は、はいっ……あぁ…あぁ…うれ、しい…!好き、セオドール様ぁ…!」
「――ぐ、うぅ…っ!」

 彼が短く喘ぎ、精を放った。それを逃さず絞り上げるように、ディーナの胎内がさらにうねり、彼の溶けた呻きがしばらく続く。
 いくらか落ち着いた頃、改めて彼女をしっかりと抱きしめ、セオドールは頬を寄せた。

「…平気か?」
「はい…。あの、セオドール様……申し訳ございませんでした…」
「ん…?」
「あなた様を疑うことなんて…ありませんのに…私、たくさん、ひどいことを…」
「あぁ、それなのだが、一つ分かったよ」
「え…?」

 優しい笑み。

「お前が妬いた態度を取るのは、私を疑うのではなく、私から言葉を引き出したいがためなのだな」
「………あ…」
「うむ。これからはもう少し普段から言うよう努めよう。それで許してくれるか?」
「ゆ、許すなんて…。悪いのは私です…申し訳ございません…こんな、面倒な女で…」

 その笑みをさらに深め、セオドールがいきなりディーナの耳を食んだ。

「ひゃぁ!」
「なくなると寂しくなるのは私だ。程々に妬いてくれ…な?」
「わ、分かりました、から、舐めないで…!」

 とっぷりと日が落ち薄暗くなった部屋の中には、めずらしくいつまでも明るい風が吹き通っていた。





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値切れさんよりいただきました、「毒虫と侍女シリーズ、夢主を性的にいじめるゴルベーザ」でした。
リクエストありがとうございました。




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