振りまくは甘い毒

 ゾットの塔での定例会議が終わり、兵や他の魔物たちは全て退室した。私はゴルベーザ様と共に残り、密命として進められている侵略作戦の報告を続けていた。
 この場には我らの他にもう一人の女。名をディーナという。彼女はゴルベーザ様の身の回りの世話を行う従者で、今は会議の後始末として食器類を回収し、机や椅子を整え清掃を行っている。彼女はいないものとして扱われ打ち合わせは進んでいるが、それでもこの場で我らの会話を耳にすることを許されているとは、余程ゴルベーザ様から信頼を勝ち得ているのか。
 非力な人間でありながら、このゴルベーザ様直属の四天王、火のルビカンテと同じ場所に並ぶことに対し、捨てたはずの感情が微かに蘇ったことを自覚している。無益であるし、何より彼女に失礼であると十分分かっているが。
 そのような私の考えをお見抜きになったのだろうか。報告が終わった後、ゴルベーザ様は私に向かっておっしゃった。

「あれが気になるか、ルビカンテよ」
「いえ、彼女が機密を漏らすような真似はしないと承知しております」
「そうではないだろう」
「…は」

 彼女が出ていった扉をちらりと一瞥。本心を誤魔化した物言いはこの方には通用しない。私も好かない。だから正直に答えた。

「我らの会話が終わった後に清掃を始めれば良いのでは…と思いました」
「ふむ、一理ある…が、今のこの場は表向きは存在せぬ。軍議を終えてもあれが隣室で呆けていては、我らの居場所を周りに垂れ流しているようなものではあるまいか?」
「……あぁ…。彼女はそこまで考え動いていたと?」

 ゴルベーザ様がゆったりとうなずく。思わず感嘆の声が出ていた。
 成程、この方の側近に相応しい思慮深さである。同じ土俵で争う相手でないことに加え、彼女は自らの戦場の一流戦士であるとようやく知った。

「私は彼女を知能の面でも見くびっておりました。ご無礼を」
「真の愚者は事実を知って尚視界の霧を晴らせぬ者よ」
「恐れ入ります」

 飾り立てた言い回し。雑談として会話を楽しんでいらっしゃる。無学と力不足を毎度痛感するので得意としていないが、そういえば久しく聞いていなかったように思う。
 そうか、この役目も彼女が担っているのか。

「不肖この火のルビカンテ、あなたへの忠義は常に一番でありたいと願っていますが…」
「ほう?」
「あなたの知に関する欲を満たす役目は彼女に譲らざるを得ません」
「ハッ、あれの真の価値を理解するか。よく言った」

 ゴルベーザ様は私の発言に気を良くされたようで、兜の下でくつくつと笑っていらっしゃる。手にしていた書類に目を通す仕草を見せながらも、まだ話題を変えるつもりはないらしい。

「お前たち魔族はどれもこれも武勲でしか物事を計ろうとせんな。同族でも必ずしも意思疎通が可能でないことが関係しているのか…。その点お前はまだ私の意図を汲み取ることが出来る。望まぬ半生も全くの無駄ではなかったと思わぬか?」
「は…」
「だが、やはりお前の本質は力が全ての魔族…お前に求めるのは機知に富んだ返答ではない。作戦遂行の結果のみ」
「はい。朗報を届けると誓いましょう」

 この方は偉大だ。相手が望む言葉をいとも簡単に紡がれる。魔をも心酔させる立ち振る舞い。我らを理解し、我らが持ち得ぬものを手にした唯一の主だ。
 あなたに仕えることを誇りに思う。そして、あなたに同じく付き従うあの侍女もまた、種族を越えた同志として受け入れよう。

「どうした?まだ気が済まぬか?」
「あ…いえ、逆です。他ならぬあなたがお選びになった侍女にあれこれ気を揉むのが時間の無駄であったと…そういった心境です」
「ハハハ、なんだルビカンテよ、あれに感化されたか?ずいぶん口が上手くなったではないか!」

 ゴルベーザ様は書類を机に放り、おもむろに立ち上がった。

「そうだ、私が選んだ!お前も、ディーナも、この私が価値を見出し新たな命を与えてやった!そして我が命は今もお前たちという忠義の炎にくべられ続けているのだ…ククク、これ以上の快感があろうか」

 …あぁ、眩暈がする。この方の全ては毒ということを、すっかり油断して失念していた。敵の肉を腐らせ、そして私の四肢の自由を奪っていく。私は背筋に激しい悪寒を感じながら、その場に崩れ落ちるように跪いた。

「さて、私は一旦下がる…次の報告も期待しているぞ」
「はい…必ずや」

 私の返事は震えていなかっただろうか。手足の痺れが顔にまで出ていないだろうか。
 ゴルベーザ様のあのお姿を彼女にも伝えてやりたいと思ったが、ふと考え直す。非力で繊細な彼女では、この身体中に襲い掛かる強烈な毒に耐え切れず卒倒してしまうのではないかと。あの方はきっと、その者その者に合わせ、かろうじて意識を保っていられるよう加減されていらっしゃるに違いない。やはりあの方こそ、この星の真の支配者に相応しい。
 私は武者震いと同じ類のものを全身で味わいながら、ゆっくりと身を起こし、唇の端を不格好に歪めたのだった。





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*moco*さんよりいただきました、「毒虫と侍女シリーズ、手下が何かの拍子に夢主を褒め、ゴルベーザがほんの少しだけ自慢げになる」でした。
リクエストありがとうございました。




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