泥水が満ちる

 燭台の頼りない灯りしか存在しないはずの闇が閃光に包まれる。
 女の短い悲鳴。床に崩れ伏す。その様を見下ろす漆黒の鎧。同じく闇色の重厚な籠手をがしゃりと握りしめ、男、ゴルベーザは問うた。

「認める気になったか?」
「……っ……う……」

 雷撃をその身に落とされた女、ディーナは震えながら顔を上げ、一度首を振った。ならば望み通りにと、黒い指が一本天を向く。
 再び閃光。衣服の焦げた臭いが届き、ゴルベーザは白銀の髪をかき上げ不快そうに眉をしかめた。
 彼は夕刻前に赤い翼の隊員と会話するディーナを目撃し、体罰を以て厳しく追及していた。頭痛の発作を患ってから彼の猜疑心は日に日に深まり、被害妄想の域に達してしまっている。しかしそれも、こうして人格が豹変する間だけ表れる病状の一つだとディーナは知っていた。

「私を裏切り寝首を掻く算段を立てていたのであろう」
「いいえ…」
「ではその下準備か?色目を使い、味方へ取り込む…はっ、貴様らしい浅はかな策よ」
「違います!遠征中のあなた様のご様子を伺っていただだけです…!」
「…囀るな、忌々しい」
「うっ!」

 見えない力で頭を殴られ、ディーナがぐたりと横たわった。ゴルベーザが近づき、二の腕を掴んで乱暴に引き上げる。そうしてすぐ後ろのベッドに投げた。体中の痛みに蹂躙されながらも、彼女が跪く姿勢を取ろうとよろりと動いた。
 ずき、とゴルベーザの脳に刃が刺さる。彼はそれを鎮めようと長く長く息をはき、それから素早く眼前の顎を掴みにかかった。

「虚言を紡ぐのはこの舌か?」
「んっ…!」

 固く、冷たい親指が彼女の口の内へと侵入していく。その鋭利な感触に、彼女の瞳が不安げに揺れる。

「貴様のような道具に必要とは思えぬのだが」

 挑発的に這い回っていた指が中央で止まった。尖った先端で散々擦られ、例えようのない類の痛覚に襲われたディーナは今宵初めて恐怖を感じていた。く、と力を入れられひどく反応してしまう。ゴルベーザが冷たく嗤った。

「これで男を誉め讃える言葉を囁いたのか?」
「んんっ…」
「それとも黙って吐息を吹きつけたのか…!?」
「んぐ…!」

 必死に否定するディーナの目元には涙が滲んでいた。容赦なく指の腹が押しつけられ、呼吸を妨げられている。そして、ぷつりぷつりと細胞が一層ずつ殺されていることが伝わってくる。いつ貫かれてもおかしくない。暴れ回る鼓動に意識が塗り潰されてしまわぬよう、彼女は心の中でひたすら主人を呼び続けた。

「それとも今のように醜く涎を垂れ流し咥えたのか!?」
「っ!」

 ゴルベーザが大きく腕を振りかざした。冷たい鋼に頬の内側と唇の端を裂かれ、ディーナが血の混ざった唾液をまき散らして激しく咽せ込む。ゴルベーザはさらに近くにあった椅子を蹴り飛ばし、衝動のまま吼えた。
 彼が荒れ狂う音を遠くに聞きながら、ディーナは横たわって何とか息を継いでいた。その眼差しは罵倒に傷ついた様子ではなく、ただただ彼を案じてぽろぽろと涙を落としていた。彼女は分かっているのだ。不貞を決めつけ口汚く罵るのは、他ならぬ彼自身に向けた自傷行為であると。そうして己を切り裂けば切り裂く程、これから彼女が発する言葉が深く奥まで染み渡るはずだと信じているのだ。

「……ご主人様……」

 か細い声が上がり、ゴルベーザはそれを聞き逃さず身を翻す。シーツの一部が赤く染まっていることに気づき、一瞬動きを止めた後に舌打ち。護身用に忍ばせている回復薬の小瓶を取り出し、ディーナへと投げつけた。続けて鎧を外しにかかる。
 鉄の味が混じった薬を飲み下した彼女の表情は恍惚としたものだった。心が満たされていくのが分かる。この水は泥で濁っている。けれどそれは、乾きを一時でも止めてくれるものだった。
 小瓶を愛おしそうに抱き込んでから顔を上げる。肌着だけになったゴルベーザが重たげに近づく。歪んでしまった信頼関係。誰にも諭されることはない。だれにも否定させはしない。
 
「私は…あなた様の侍女です。あなた様を置いていくことなんてしませんわ…」

 肩口を押しやられ、二人でベッドに沈んだ。

「ご主人様……どうか、どこへでも、私を一緒に連れていって下さいませ…」

 虚ろな紫の双眸が伏せられ、彼は答えないままディーナの白い首筋に歯を立てた。ほとんどそのままの体勢でスカートを捲り上げ、下着を脱がしにかかる。ディーナは逆らわず、右手を伸ばし、猛々しい筋肉が盛った背を撫でていた。
 乱雑に秘部を辱められ、首筋を囓られ、残った左手の内で握りしめた小瓶の存在を何度も確かめて、ディーナは固く唇を閉ざす。嬌声は出ない。呻き声は彼の機嫌を損ねてしまう。今の彼女はただの道具。
 ゴルベーザが身を起こし、ディーナを四つん這いにさせ、猛りきった己を埋めた。天井を仰ぎ、短く荒い息遣いを繰り返す。その間に彼女も呼吸を整え、この先の衝撃に覚悟を決める。

「…ぐ、ぅ…っ」
「っ」

 無理矢理ねじ込みこじ開ける腰使いに、他ならなぬ彼が苦しんでいる。彼も痛みを求めているのだろうか。それとも、この侍女の潔白を身を以て味わっているのだろうか。

(……どっちでも…嬉しいわ…)

 ディーナの中のどこかの箍が外れた。

(ご主人様に…嫉妬していただけたんだもの…!)

 身体が彼を慰めようと変化を始めていた。愛液が脚の内側を伝い、強張っていた余分な力は抜けた。それを知り、彼が勢いよく奥まで腰を打ちつけ大きく震えた。そのまま律動が続いていく。

(ご主人様…ご主人様…)
「はっ…はっ……う…」

 胎内で暴れ回る灼熱を捕えようと絞り上げれば彼が再び跳ねた。その直後、左腕を伸ばしディーナの首を持ってベッドに手荒く縫い付けた。

「あう…!」
「…お前は私のものだ…!」
「!そ、そうですっ…ご主人様…!」
「私をっ…裏切ってみろ…!この形を、保ったままに…死ねると、思うな…っ!」
「はい、っ…あ、あなた様を裏切る私なんてっ…いりません…いりませんっ…!」
「っ…あ、ああぁっ…!」

 ゴルベーザがディーナに被さった。大きく腕を下肢に回して固定し、体重を乗せて首を圧迫し、壁のその先を求めるように強く強く突き上げる。足りない酸素、軋む骨、そして覆う彼の体温。聞くに堪えない結合音、悶えるディーナの掠れた声、本能が溶け出た彼の喘ぎ。

「あ…あぁ…!」
「か、はっ……ふっ、んっ……ご、ごしゅじっ…さま…!」
「あ、うっ、ぐぁ……っ!!」

 何もかもが滅茶苦茶に混ざり、固まり、そうしてこれらの粘度を持った液と一つになって、再び二人に注がれていく。
 達したゴルベーザが一度ディーナを引き寄せた。全てを吐き出し、楔を抜いて、彼女を突き飛ばし自身もその横へどうと倒れた。汗が目に入り、しかし拭うことも出来ずにそのまま他を巻き込んで頬を伝っていく。
 ぜいぜいと息を切らし、合間に咳を繰り返すディーナの手には最後まで離さなかった小瓶が収められ、彼女は祈りを捧げるよう、それを強く包んで慟哭に耐えていた。





*****
オルテガさんよりいただきました、「毒虫と侍女シリーズ、乱暴な感じのR-18」でした。
リクエストありがとうございました。




- ナノ -