未来の話をしよう

 セオドールは村人たちに、妻の体調が快復次第一旦村を離れると説明し、同意を得た。ディーナの補助を最優先するということで、ひとまずその"旅行"から帰るまで職は持たず、都度村の手伝いをすることになった。
 読み書きと算術を完璧にこなし、腕力も申し分なく、作物や家畜の世話についての基礎知識までも一通り備えた彼に村人たちは大変驚き、感心した。決して友好的とは呼べない屈強な風貌も、誰も大して気に留めていないようだった。
 織物が村の主な収入源らしいが、バロン国の端に位置する影響で警備兵や隣国の旅人もしばしば訪れるため、村にしては宿泊施設が整っており、男女ともよく働いていた。各々の生活に苦しさは見えず、変に閉鎖的でもなく、セオドールは居心地の良さを感じていた。
 今日は手伝いを休み、セシルからの返事と共に大量に送りつけられた依頼品の整頓に追われていた。確かに薬草と調合器具、そして薬学を始めとするいくらかの書籍を見繕うよう頼んだが、限度というものがあるだろう。その量は明日からでも薬屋を開業出来る勢いであった。

「…分量を指示しなかったのは私の浅慮かもしれぬ。が、書いていないものまで寄越すのはどうなのだ…」
「どんな症状にも対応出来そうですね…。お医者様に差し上げる分はあちらにまとめましたが、残りはいかがしましょう?」
「そのうち売りに出すしかあるまい。セシルには悪いが、保存設備もないからな…」
「かしこまりました」

 何とか倉庫を空け品物を詰め込み、ようやく彼らは遅めの昼食にありついた。よく動いたおかげかディーナの食欲も普段より増しているようで、セオドールは一人隠れて安堵した。

「早速煎じようと思う。…ここを片付けて使うしかないようだな」
「そうですね…早く、新しい家のことを考えなければなりませんね」
「うむ。空き家はあるらしいが、折角資金も増やせそうなのだ。この隣に新しく建てるのも良いな」
「はい」

 ディーナがにこりとうなずく。それから新居談義が始まった。

「ディーナ、お前はどのような家が欲しい?」
「えっと…まずあなた様の広いお部屋と…それから、寝室も流石に狭いですから大きくして…あと台所も、今よりもう少し…」
「うむ、そうだな。こちらをいっそ書庫にしてしまって、お前の仕事部屋もまとめて移すのもよかろう」
「書庫、ですか」
「あぁ。一線は退いたが私も術師の端くれ…研究は続けていきたいからな」
「……」
「どうした?」
「あ、いえ、その、移動が大変なので、出来ればあの部屋はそのままにしていただけると…」
「む、そうか」

 食器や机に乗った小物を手分けして避難させ、代わりに薬草や器具が陣取る姿となった。セオドールは棚から刃物の類を物色し、断りを入れて何本か引き抜いて並べていった。
 彼のやや後ろに立つディーナが興味深そうに覗き込む。

「解熱と…滋養に良い効果をもたらすものにしようと思う」
「はい、ありがとうございます」
「医者に処方された薬の成分は分かるか?」
「えぇ、書いていただいたものがありますわ。…あなた様はこのような方面にも精通していらっしゃるのですね」

 薬箱を漁る彼女を横目に、早速本を広げて印を書き込みながら彼は答える。

「まぁな…。一人で生きねばならぬ期間が長かったからな。一応であるが、己の世話は出来る。加えて薬学は昔から関心が高かった」
「そうでしたか…」
「そういう訳だから、もっと頼ってくれてよいのだぞ」
「お気遣い、痛み入ります」

 薄く笑って目的の紙を手渡し、ディーナは一礼して自分の仕事に戻っていった。残されたセオドールはその紙を見つめ、ひとつため息。

(…もっと頼ってほしいのだがな)

 彼女の態度や受け答えに歯痒さを覚えることはしばしばあった。彼女は妻の責務か、或いは元侍女の矜持か自らの役目を明け渡すことを嫌がっているように見えた。それが性格であり、尽くそうとしてくれているのはよく理解出来るし、素直に嬉しい。だが、今の彼女は病人といって差し支えない状態なのだ。

(とはいえ、一方的に言い渡せばそれはただの命令だ。そのような物言いはしたくない…。とにかく長旅に耐え得るよう、早く治してやらなければ…)

 すり鉢に細かく刻んだ薬草や根を計り入れ、混ぜ合わせる前に思い出して本をばらばらとめくっていく。

(そうだ…安眠の効果も加えなければ。村長殿の言っていた通り、夜中に目を覚ましているようだからな…)

 材料を確認し、手元に無かったため倉庫を目指した。途中ディーナの作業場を横切る際、いくらか歩みを緩めて盗み見る。かたん、かたんと、規則正しく耳当たりの良い音が続いている。
 背筋の伸びた彼女の後ろ姿が、理由もなく尊く思えた。






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