初夜

 毅然とした…一般人からすればその滲み出る威圧感に震え上がってしまいそうな覚悟で集会に臨んだセオドールだったが、出席者は拍子抜けする程あっさりと彼を認めた。
 常に控え目に顔を伏せ、多くを語らなかったディーナが文字通り瞳を輝かせて隣の夫を見つめて憚らないのだ。その眼差しを前にして、事情を深くまで聞いていない村人たちは素直に二人を祝福してくれた。
 集会は滞りなくお開きとなり、そのまま宴会になだれ込もうとしたが、村長が場を仕切って解散となった。セオドールたちは手を取り合って帰路につく。家々の明かりが無くなったことにより、彼はディーナの自宅が村の外れにあることを改めて知った。
 彼女が鍵を開け、中に入る。照明のランプを探そうと歩み出すより早く、背後からきつく抱きしめられていた。

「セ、セオドール様…!?」

 扉を閉めた後、彼が背を丸める。躊躇う様子もなく、目の前の小さな耳にかぶりついた。

「っ!」
「…ディーナ」
「セオ、ドール様…」

 名前を呼び合って、そのまま唇が重なった。それはすぐに深いものとなり、舌を絡め、吐息を混ぜ合わせていく。
 強く吸いつく度にディーナの肩は跳ね、悩ましい声が漏れた。片手で彼女を支え、もう片方は頬を包んで逃れられないよう固定する。腕の中の体温が上昇していく様をありありと感じ、セオドールは全身の血流が煮えたぎる思いを味わっていた。

「ん、ふ…っ…ぁ…!」

 体中を駆け巡る衝撃に耐えきれなくなり、ただ唇を薄く開けるだけになったディーナを彼はなおも攻め立てる。垂れる唾液を飲み込み、舌を差し入れて、執拗にくまなく舐め取っては時折不意をついて耳たぶを指で擦った。

「はぁっ…!」

 瞳を涙で潤ませ、がくがくと震えていた彼女がついに膝から崩れ落ちた。何とか抱きとめられ、二人で地面に座り込む。袖を握りしめ荒く息を継ぐ彼女を確認していくらか我に返り、彼は目を閉じて深呼吸を繰り返した。

「あ…も…申し、訳…」
「いや…。……移動、しよう…」

 労るように一度背を撫でてから、セオドールがディーナを抱えて立ち上がった。寝室を目指し、ベッドに横たわらせてその上に跨る。彼女は未だに乱れる呼吸を落ち着かせようと必死になっている。しかし、待てそうにない。

「…すまぬ」

 免罪符を得るための謝罪。服を脱ぎ捨て、彼女のそれも乱暴に剥ぎ取って、噛みつくような衝動に任せた愛撫を繰り返していった。
 熱、鼓動、汗ばむ肌。真名を呼ぶ掠れた声。
 止まった一つの時が、錆びついた鎖を振り解いて動き出す。

「あ…ぁ…セオドール…さま…」
「…ん…」

 腹の薄い皮膚に吸いつきながら、太ももに這わせた手を膝裏へ回し、一気に持ち上げた。濡れそぼつ中心に指を添え、く、と一本力を入れた。

「!」

 強張る体。セオドールが異変に、或いは当然の状態に気づく。わずかだけ沈んだ指を、出来るだけ動かさないままゆっくりと抜いた。
 ディーナはこの十数年間の空白を、誰とも共有することなく秘め続けてきたのだ。それの意味するところを理解し、指の代わりに自身が下り、そこに近づいていく。彼女がまた驚いた。

「え、あ、あの…っ!?」

 ぬるりと温かなものが割れ目に到達する。

「あぁ…!だめ、そんな…!」

 自らを暴こうとする正体を知り、ディーナはあまりの羞恥にもがき出していた。しかし両脚を固定され、快感を逃がすことさえままならない。喘いでは拒み、泣いては内側をなぞる舌に翻弄され、思わず顔を覆ってしまう。

「あ、あ…いけません…っ、そんな…許して……あっ!」
「っ…ん……ふ…」
「だめ…だめ…っ……っ!」

 願いを聞き入れられず、そればかりか煽るように音を立てられ、意識と裏腹に彼を受け入れようと花は緩やかに開いていく。彼女すら知らないうちに、ごく軽く極めてしまったのかもしれない。それだけの蜜がすでに溢れていた。

「っあん……はぁ…はぁ…」

 ようやく解放され、ディーナがくたりとシーツに沈んだ。セオドールが起き上がり、目尻の雫を親指で掬い取る。そのまま頬を撫でればするりと応えてくれた。左胸に手を置き、今一度鼓動を確かめてから、投げ出された両脚を改めて掴んだ。
 挿入。きつくうねる狭い肉壁に、繋ぎ止めていた理性が焼き切れる。痛みを与えている事実だけは忘れないようにと、彼は再び謝罪を口する。

「…っ、すまぬ…」
「だい、じょうぶ…です…」

 何が大丈夫なものだろうか。そうは思うが止まらない。残りを一息で沈めて、急いで彼女を見やった。彼女は眉をひそめ、打ち込まれた熱すぎる楔に耐えながらも、間違いなく幸せそうに笑っていた。

「…あぁ…ディーナ…」
「はい…」
「ディーナ…!」
「はいっ…!」

 伸ばされた腕に身を委ね、同じように抱きしめた。偽りでも、幻でもない本物の彼女。その彼女が、あやすように頭や首筋を撫でている。慰め、癒してやるべきなのは、彼のはずなのに。
 セオドールは長く息をついてから、精一杯の微笑みを浮かべた。

「ディーナ…愛している…!」
「私も、愛しています、セオドール様…!」

 口づけを一つ。そうして、小さく揺する。頬を染め、変化していく彼女の表情を見守り、その後身を起こして律動を一定のものへと切り替えた。

「あっ、あっ、あ…」
「ん…ぁ…」
「…っ…あぁ……あぁ…セオドール、さま…!」

 身を裂くような鋭い快感ではなく、包み込まれる心地良さがあった。しかし、ひとたび奥まで突けば強く締めつけられ、ぞくぞくと声にならない電流が全身を駆ける。いつしかそれを求め、セオドールはディーナの片足を高く持ち上げその間に体を割り入れていた。

「ひぁ…!あ、あ、あ…!」
「…く…ディーナ…!」

 余裕を失った声を聞かされて、彼女がよがり背をしならせる。肉を打ち合う音が激しくなり、互いの嬌声も確実に大きくなっていた。彼女が堪らず右手を上げて彼の腕に縋る。それをシーツの上に縫い付け、指を絡めた。

「っひ、あぅ、あっ、あん、あっ」
「は…!…っ……っ…!」
「あ、あぁ…!」

 奥を穿つ熱塊。その質量が増し、激しさを増し、ディーナを、そして何よりセオドールを追い詰める。
 軋むベッド。ぐちぐちと愛液が飛び散る結合部。真っ白になっていく頭の中。

「ディーナ、ディーナ…!」
「あぁっ、はっ、あ、あぁ…!」
「――っ!!」

 びくんと唐突にセオドールが動きを止めた。あと幾度か微かに跳ね、それから長いため息と共に脱力。最後にゆるゆると腰を揺らせば、今度はディーナが小さく反応した。
 熱を吐き出し終えた彼が瞼を上げる。ディーナはまだ目を閉じたまま、残る余韻に支配されているようだった。繋いだ手をそっと解き、一度重ねてから持っていた脚を下ろしてやった。
 寝室に夜の静寂が戻ってくる。セオドールの内に愛しさと幸福が満ちる。十数年前のあの夜には抱けなかった感情。未来への一歩を確かに踏み出したのだと思った。

「……」

 ディーナが胸を上下させながら、呆然と天井を見つめていた。静かに寄り、上から覗き込む。何拍か置いて彼女と目が合った。
 セオドールが屈む。
 おぼろげであるはずのディーナの眼差しが、彼の行動の意図を理解した瞬間、瞳孔を開かんばかりに覚醒した。

「いやっ!!」

 どん。
 渾身の力で肩口を押しやられ、セオドールは体勢を崩す。何とか両手を彼女の顔のすぐ横に置き、倒れ込むのを防いだ。瞳に動揺の色が浮かぶ。それは彼女も同じだった。

「ディーナ…!?」

 素早く首に腕が回され、信じられない力で引き寄せられそうになった。しかし、そうしてしまえば彼女を押し潰してしまう。彼はその場に留まろうと抵抗する。

「いやっ…いや…!」

 ディーナは焦燥しきって何度も拒み、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。変わらず強く力を込め、セオドールを抱きしめたいように見えなくもない。だがあまりにも取り乱した様子だった。

「く…一旦、離してくれ…!」
「いやぁ…!」
「どうしたのだ、ディーナ…!?」
「いや……行かないでっ…!」
「!!」

 その一言に、さっと血の気が失せた。

「行かないで、独りにしないで…!」
「……」
「いやです、お願い、行かないで…お願い……」

 やがてディーナの両腕が頼りなく添えるだけになっていく。虚ろになった瞳はこの場のどこをも向いていない。
 戻っているのだ、あの夜に。記憶も、心も、魂も。
 言えなかった。届かなかった。その後悔が、彼女を一度たりとも放すことなく過去に捕らえ続けている。
 残酷に突き付けられた、現実だった。

「お願い…お願いです……独りに…しないで……」
「……あ…ぁ……」

 眩暈。セオドールが呻く。喉が引きつる。拳を固く固く握りしめる。

「…行かぬ、とも…!」
「!」
「私はっ…どこへも行かぬ…!」

 彼女を抱き起こし、それから胸へと強く押し当てた。

「独りになどさせるものか…!ディーナ、私はもう…!」
「……っ」
「どこへも行かぬ…お前の隣にいる…!必ずだ、何度だって誓う…!」
「あ、あぁ……」

 糸がふつりと切れた。

「あ、う、ああぁっ…!」
「ディーナ…っ!」
「うあああぁ、あああぁぁ…!!」

 あの時止めることが叶わなかった彼にしがみつき、ディーナは声が枯れるまで泣き叫んだ。その度にセオドールは抱擁を強め、体中を撫で続け、ただひたすらに存在を示す。

(あぁ…ディーナ、すまぬ…許してくれ…すまぬ…!)

 見開いた双眸からぼたぼたと罪が落ちていく。生きている限りそうなのだ。いくら流し尽くしても、例え愛しい彼女に心からの笑みを向けられても、それでも最後の一滴は抱いておかなければならない。それなのに、何もかも赦された気になっていた。

(すまぬ、すまぬ…ディーナ…!)

 忘れてはならない。この夜を、この彼女の姿を、絶対に。
 彼女が意識を手放すまで片時も離れぬまま、セオドールは己にそう言い聞かせ続けた。






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