蜜の夜

 背後からディーナを抱きしめていた手が不意に強まる。聡い彼女はわずかな変化を読み取り、しかしやや困惑した表情になって、ゆっくりとうつむいた。
 窓から月が見えるこの部屋で二人並び、時にこうして密着しながら語らうのが日課となっていた。あの月に彼は…セオドールは居ないのだと、長い年月がもたらした哀しみに翻弄されるディーナを癒すため、何度も何度も睦言を囁き、撫でてやる。それが彼の選んだ贖罪だった。この行為を償いなどと呼びたくないと、誰より彼自身がそう思っていたが。

「…あ、の」
「ん?」

 応えてくれと言わんばかりに動き出した手の平に耐えかね、ディーナが小さく呼びかけた。真後ろのセオドールを顔だけ振り返って見上げる。頬が淡く色づいていた。

「その…今夜も、でしょうか…?」

 言って、色が深まる。

「蜜月だろう?」
「!!」

 さらりと言ってのけた彼の言葉に今度は色そのものが変わり、ディーナは顔を背けることも出来ないまま硬直してしまった。それを予想していたセオドールは微笑んで再び彼女の腰を撫で始めたが、ふと思い直して真面目に言う。

「あぁだが…お前の身体に負担はかけさせたくない。辛いならやめておこう」
「いえ…えっと、大丈夫です」
「本当か?」

 ディーナが恥らいながらもこくりとうなずいた。それを見届けてからセオドールが身を屈める。しばらく二人が動きを止め、静まった空間にふっとため息。それは夜が蜜色に染まる合図。
 寝室に移動してベッドに乗り、互いの衣服を一枚ずつ剥いでいく。首筋に流れるような口づけを。腕を回した背中に指先だけを滑らせて、ディーナがセオドールに身を委ねる。自らも望んでいるのだと主張する手つきを感じ、彼はたまらなくなってぎゅうと胸の中へ抱き込んだ。そのまま横たわらせ、一気に主導権を奪い取る。
 あっという間に最後に一枚までもを脱がされて、ディーナが肌を火照らせ唇を噛む。しかし、熱い手が降りてこない。そろりと窺うと、彼は満足げに瞳を細めてじっと彼女を観察していた。その視線に気づき、思わず寝返りをうって体を丸めてしまう。

「よく見せてくれ」

 肩ごと己を抱いたディーナが首を振る。

「こんな老いた体…あなた様をがっかりさせるだけです…」
「何を言う」

 セオドールが彼女の太ももに手を置き、そのまま上へと動き始めた。尻を通り、腰を過ぎ、二の腕に触れ、小さく震える反応を楽しむ。とうとうディーナの口から声が漏れた。

「ん…」
「どんな幻より、記憶より、こうやって触れて温もりを感じられるお前がいつだって一番美しいに決まっている」
「!っあ」

 二の腕の下に潜り込ませ、隠れていた胸を掴む。ディーナの膝頭がぴくんと跳ねた。そのままふにふにと揉んでやれば、それに合わせて息が弾む。力が抜けた隙を突いて彼女の姿勢を仰向けに戻し、反対の胸も覆い込んだ。

「ん…セオドール様……嬉しい、です…」
「あぁ…」

 ディーナが両腕を上げて彼を呼ぶ。重なる唇、絡まる舌。部屋の空気が淫靡なものへと変化していく。それでも二人の根底にあるものは互いへの愛情だから、何も後ろめたいことはない。

「ディーナ…今まで性急に抱いてしまってすまなかった」
「いいえ…」
「ようやくじっくりとお前を味わえそうだ…」

 その宣言通り、時に彼女の姿形を覚えこませるように大きく、時に煽るように微かに、セオドールの指先が強弱をつけながら這い回る。彼を見つめ続ける二つの瞳は羞恥かそれとも快楽か、とにかく今にも泣き出しそうな程に潤んでいた。
 前言を撤回してしまいたいと鈍く主張する本能を諌め、セオドールは彼女の胸元に一つ華を刻みつけた。

「ん…ぁ……」
「…この辺りか?」
「っ」

 いつの間にか胎内へ侵入した一本の指が場所を定め、内側に向かって圧をかけ始めた。とろりと蜜の量が増す。鼻にかかる甘ったるい声が響き、セオドールの鼓動が一つ跳ねた。
 同じ位置を攻められ続け、段々とディーナの嬌声や震えが途切れなくなっていく。拒むように、ただし力なくふるふると首を振るが、下肢の疼きは弱まらない。とうとう彼女は胸を揉んでいた屈強な手首を掴んで言った。

「セオドール様、もう、あの…」
「……」
「あ、待って、下さい…お願い…」
「…どうした?良いのだろう?」

 徐々にゆっくりと前後する動きに移り、セオドールが息を上げた彼女を覗き込んだ。

「……その…私ばかりは…。あなた様も…」

 また高く鳴る心音。顔に映ったのだろうか。ディーナもきゅんと反応を示した。
 しかしセオドールは返事せず、黙ったまま二本目を入れ、浅い部分を刺激し出した。精一杯の主張を却下されて、彼女は訴えるようにもがく。それを肩を押して抑え、ついでに声も塞いでやった。

「んむ…んんぅ…!」
「っ…じっと、してくれ…ん」
「うぅ…」
「早くお前の中に入りたい…!」
「!」

 じゅる、と舌を思い切り吸い上げた。びくびくとディーナが悶え、頭を抱き込まれる。動きを制限された中で、それでも彼女は何度もうなずいた。セオドールが素早く身を起こし、彼女のそこを露わにする。視線で許しを得て、自身をずぶずぶと埋めていった。

「っく…!」
「ああぁん…!」

 今の短いやり取りでお互い理性が飛んでしまったらしい。後はもう、名前を呼び合いながら、肌をぶつけて熱の波と深い深い愛に溺れて。
 押し寄せる感情が頭の中で滅茶苦茶に絡み、いつしかディーナの両目からは涙が零れていた。気づいたセオドールが舌先で雫を舐め上げ、額を軽く吸う。
 一旦硬く脈打つ楔を抜き、ディーナを横に倒して隣に寝そべる。片腕で彼女を抱きしめ、残りで膝を丸めるよう促し、後ろから再び挿し入れた。たまらずディーナの背が反った。

「あっ、あっ、セオ、ドール、様っ…」
「…っは、ぁ……」
「あ、あぁ…やあぁ…!」

 全身に人の存在、温もりを感じ、ディーナは与えられる快感を少しも逃すまいと、きつく彼を包み込む。律動が早まり、激しさを増す。ほんの少しだけ苦しさを覚えるこのひと時が、それでも何よりも愛おしかった。
 全てが欲しい。早く欲しい。口をついて言葉にしてしまいそうな程、彼を求めていた。

「っ、ディーナ、出す、ぞ…!」
「ふぁ、あ、あっ、っ…!」

 ぐっと奥に打ち付けられ、セオドールの熱が弾けた。ディーナが恍惚の表情を浮かべて小さく喘ぐ。込めていた力が長いため息と共に抜けていき、反対に強張った彼の肌に包まれながら、時折思い出したようにぴくりと跳ねた。

「…あ……ぁ…」
「……ディーナ」
「ん…」

 まだ繋がったまま口づけに耽る。セオドールを見上げたディーナは嬉しそうに微笑んでいた。彼と共にやっと取り戻した笑顔。二度と曇らせてなるものかと、彼は誓いを新たにする。

「愛している」
「はい…私も、愛しています、セオドール様…」

 蜜色が夜空に溶けて藍と一つになっていく。眠りにつくその時まで、二人はぴたりと寄り添い互いを温め合っていた。





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みらのさんより頂きました、「毒虫と侍女その後、新婚な二人の裏」でした。
リクエストありがとうございました。




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