談論風発

(ど、どうしてこんなことになったのかしら…!?)

 椅子に座らせられたディーナの周りには、俗に"ゴルベーザ四天王"と呼ばれる魔物たちが彼女を取り囲み、隅から隅まで観察するような好奇の視線を向けていた。
 火のルビカンテ、土のスカルミリョーネ、風のバルバリシア。彼らの眼差しに少しずつ違いはあるものの、どうやら人間でありながら、四天王と同じくゴルベーザの側近を務めるディーナに興味を持っているらしい。廊下ですれ違ったスカルミリョーネに挨拶をしたところ、壁際に追い詰められ、自分についてくるよう返された時は背筋が凍る思いだったが、少なくとも痛めつけられる訳ではなさそうだった。

「…あの、どういったご用件でしょうか…?」

 ディーナの問いに、三人がそれぞれの顔を見やる。始めに口を開いたのはルビカンテだった。

「全くの隙だらけ…本当に一切戦闘能力を持たないのだな」
「え?」
「フシュルル…しかし、この私にすら恐れを抱かないところを見るに、無力を振る舞っているだけではないか…?」
「それは無いわね。私の配下が立証済みだ」

 三人の会話の意図が汲めず、ディーナはためらいながらも素直に疑問をぶつけていた。

「一体何のお話なのでしょうか?」
「あぁ…お前が何者なのか、今一度確認しようという流れになってな。この二人は未だにお前を警戒しているようだからね」

 バルバリシアがディーナの後ろにふわりと回り、両肩に手を置いた。そして顔を近づけ笑いかける。

「そして、男どもと違って、私はただお前と話がしたかっただけだ。ゴルベーザ様が認めた人間、非常に興味深い」
「あ、ありがとうございます」
「ホホホ、ではこのようなむさ苦しいところからさっさと出よう」

 バルバリシアがそう言うと、残りの二人がそれまでの固い態度をいくらか崩し、文句をつけ始めた。ディーナの話が聞きたいのは彼らも同じらしい。そのことを察し、彼女の緊張はずいぶん緩まった。
 ゴルベーザを慕う者同士、種族や性別の差を超えて、打ち解けることが出来るだろう。ディーナの胸中にはそのような安心感が生まれていた。

*

(……そろそろ仕事に戻りたい…)

 質問の受け付けの承諾を後悔してしまう程に、魔物たちの攻めは容赦がなかった。侍女という使用人制度の説明から始まり、バロン国の生活様式や、ディーナの一日の勤めの内容も、洗いざらい喋る羽目になった。そして、途中で彼女は気づいた。魔物たちは、彼女を通してゴルベーザが普段どのように過ごしているかを知りたかったのだと。

「それでそれで?お前はゴルベーザ様の着替えも手伝ったりするのか?あの装備を一人で着脱するのは大変だろう?」
「こ、これ以上ご主人様の私的なお話は出来ません…」
「まぁ良いではないか…。ゴルベーザ様のあの鎧の下は、きちんと肉体なのか?」
「スカルミリョーネ、無礼だぞ」

 男二人の口数もいつしか多くなり、バルバリシアに負けじと進んで問いかけるようになっていた。
 ディーナは彼らに席につくよう何度も勧めたが、そもそも魔物は家具を使う習慣がほとんど無いらしい。唯一ルビカンテは自室に多くの調度品を置いていることが分かったが、あとの二人はベッドすら不要だという。よって、最初と変わらず、使用人のディーナだけが椅子に座るという、人間にとっては異様な光景が続いていた。

「フシュルル…我らと同じ魔物であれば何であろうと問題あるまい…?」
「そういえば私も首から下は見たことがないな…」

 いつの間にか議題がゴルベーザの正体にすり替わっていると知り、ディーナはすぐさま魔物たちに割って入っていた。

「ご主人様は人でいらっしゃいますわ!いくら皆様でも、それ以上のお言葉は聞き捨てなりません…!」

 ぴた、と全員の発言が止まる。しばらくの沈黙。ディーナの背に嫌な汗が伝おうとした頃に、特徴的なスカルミリョーネの笑い声が響いた。

「フフ…やはりあのお方に虚言は無いか…」
「貴様、ゴルベーザ様を疑っていたのか!?」
「"やはり"と言っただろう、唐変木…」

 部屋の空気がわずかに変わる。自らの発言が引き起こした淀みに萎縮したディーナに、バルバリシアが助け船を出してやる。

「気にするな気にするな。この程度、諍いにも入らん」
「あの、申し訳ございません…出過ぎた真似を」
「何を謝ることがある?今我々はお前を見直したのよ?」
「え?」

 バルバリシアの言葉にディーナは困惑の表情を浮かべた。会話を繋いだのは男二人だった。

「お前は非力だが、無力ではないようだ。己のあるべき姿をわきまえ、内に明確な芯を持っている。無為に生きる他の人間どもと同一視していたことを詫びよう」
「ルビカンテ様…」
「私は面倒な態度を取られなければ後はどうでも良いがな…」
「相変わらず捻くれているのね、スカルミリョーネ。"仲良くやろう"の一言で済むというのに」
「フン…」
「皆様…ありがとうございます」

 ディーナは目頭が熱くなっていくのを耐えながら、魔物たちを見上げていた。自分を認めてくれるのは、決まって"人間の世界"から外れた者ばかりだ。そして、それを嫌悪する感情は一切無い。
 こちらの世界こそが、自分の居場所だったのだ。ゴルベーザに忠誠を誓ったあの時に受け入れた事実を、彼女は改めて実感していた。

「多くの方に認めていただけるよう、これからも一層励みます」
「良い心掛けだ。ただ、話の通じぬ木偶も少なくない。そういう輩には近づかぬことだ」
「そうそう、こいつのところのアンデッドとかね」
「否定はせんぞ…」
「そ、そうですか…」

 意外に人間味のある彼らと接し、ディーナの魔物に対する印象はまた少し変わっていた。そしてふと、今まで触れてこなかった疑問がわき上がっていた。

「あの、皆様は"四天王"ですよね。残りのお一人は、ずっと遠征中なのでしょうか?」

 真っ先に反応したのはルビカンテだった。彼は明らかに身を強張らせ、眼光を鋭くしてディーナを見下ろした。表へ出してはならない話題であったと瞬間に悟った彼女は、その瞳をしっかりと見つめ返して彼と向き合う。

「そうだ。そして、お前には会わせん」
「…少なくない一人ということですね」
「あぁ…」
「承知いたしました。ありがとうございます」

 ディーナもそれ以上は追求しなかった。重なる幸運のおかげで今があるのだろう。そうとだけ考え、こんないち使用人に目をかけてくれる、主人や目の前の三人に心の中で深く感謝した。
 その夜、勝手に会話の種にしてしまった罪悪感からか、ゴルベーザのマッサージは普段以上に念入りに行われた。彼はそれを指摘したが、ディーナは何とか日頃の恩への現れという体で乗り切り、一人小さくため息をついたのだった。





*****
スノゥリアさんより頂きました、「毒虫と侍女、ゴルベーザを間に置いた四天王とのやり取り」でした。
リクエストありがとうございました。




- ナノ -