28.

 クリスタルを持って帰還したゴルベーザの状態を見て、配下たちは誰もが己の両目を疑った。しかし彼は消耗した様子を微塵も見せず、封じられた洞窟の解除を命じて自室に篭った。
 治療を担当する白魔道士が絶句する重傷であるはずなのに、声一つ上げず平然としているのだ。流石に身体の自由が利かないため床に伏しているものの、それ以外は平時と変わらない。いや、平時以上に感情的で、白魔道士は強い恐怖を覚えていた。
 一通りの療養を終えると、ゴルベーザは黒魔道士を集め、封印の解除案を次々と唱えた。それは誰にも理解出来ず、黒魔術の次元を超えた高度な理論だった。魔道士の一人がそう進言すると、ゴルベーザは全員の目の前で彼の首を刎ねた。それは軍内を震撼させる、にわかには信じがたい処置だった。
 ゴルベーザは黒魔道士たちを早々に見限り、新たな方法を画策した。すなわち、正規の方法を持つセシル一行を利用するのである。
 報告によると、セシルたちはゴルベーザが傷を癒す間にバブイルの塔に侵入したが、結局何も成せず地底へ戻ったらしい。望む通りの準備が整ったことを知って、ゴルベーザは黒く笑う。

「竜騎士よ…貴様を再び使ってやるぞ…!」

 その後、最後のクリスタルを持ったカインが赤い翼に合流したと伝令が入った。ゴルベーザはますます唇を歪ませ、月に向かって狂気じみた笑い声を上げ続けた。

*

「…ゴルベーザ様…ここは?」
「貴様も外から見ていただろう。あの巨人の中枢部よ。制御装置は起動させた。地上に降り次第、こやつは攻撃を始めるのだ」
「……」

 "バブイルの巨人"と名付けられた超巨大兵器。ゴルベーザとカインはその内部に入り、来るその時を待っていた。
 ゴルベーザは八つのクリスタルを動力に、バブイルの塔の最上階に設置された転移装置を甦らせ、月からこれを青き星へと移した。今は塔本来の機能である巨大エレベーターを使用して、この兵器を地表へと降ろしている。あと数時間かかるが、あと数時間で青き星は月の炎に焼き尽くされるのだ。

「くく…数多の命が成す術なく焼かれる様を早く目に入れたいものよ。なぁ、カイン?貴様の憎んだセシルも一瞬で骨すら残さず消えようぞ」
「……」

 カインは返答せず、ただ立てた槍を握りしめていた。ゴルベーザはそれを視界の端に入れてから足を踏み出す。同時にカインが地を蹴った。
 がきんと甲高い音が制御室に響いた。カインの一撃はゴルベーザの前に展開された障壁に阻まれ、槍の刃先がわずかだけそこを貫いていた。刃を進めることも抜くことも出来ず、カインは突きを繰り出した体勢のまま、心底焦燥した表情でゴルベーザを睨みつけた。

「くっ…!」
「ほう、我が障壁をこの程度とはいえ越えるか」

 ゴルベーザが薙ぎ払うと共にカインが吹き飛ぶ。続けて電撃を浴びせられ、どしゃりと力なく倒れた。

「う…ぐ…」
「いつから術を退けていたかは知らぬが、この私が気づかぬとでも?」
「き…貴様は…誰だ…?」
「くくく…流石は虫ケラ。主人の顔も満足に覚えられぬか」

 ゴルベーザがカインに向かって手をかざした。床から溢れた闇がカインへ浸食し、ずぶりずぶりと沈んでいく。

「っ…」
「巨人が世界を焼く様を見るがよい。最後のクリスタルを運んだ褒美だ、良い席へ連れて行ってやろう」

 静かな水音のようなものを立て、カインは漆黒と共に消えた。
 ゴルベーザは上げた手を眼前へ引き、何度か開閉させる。瀕死と言っても過言ではない状態だったことを考慮すれば、ここまでの回復は上々だろう。
 拳を作ったまま腕を下ろし、彼はごうごうと回り続ける球体状の制御装置を見上げた。憎き青き星の民はこの兵器で滅ぶ。しかしただ一人、自らの手で始末しなければ気が済まない女がいる。
 彼に安らぎと弱さをもたらした女。洗脳術をものともせず、自身の意思で彼に仕え、理不尽な扱いを以ってしても折れなかった女。彼の野望の前に立ちはだかり、彼女の方へと逸れた意識を修正するためどれだけの労力を費やしたことか。
 彼女を殺すことで"ゴルベーザ"は完成する。彼はそう考えていた。
 もの言わぬ骸となった彼女を見下ろした瞬間の達成感と絶望は一体どれだけのものとなるだろうか。ぞくりと体を震わせ、厭らしく笑う。久方振りに味わい、満たされる加虐心。
 ずきん。

「!?」

 突如生まれた頭の奥の痛みにゴルベーザの思考は現実へと戻された。彼は己の変調が理解出来ていないようで、訝しみながら兜の上部に手を当てる。

(まだ呪を使うまでに力が戻っていないのか…?)

 一定の間隔で脳が絞めつけられる。彼は舌打ちし、毒を吐きながらその場を何度か往復した。痛みは緩まったものの完全に排除出来ず、彼はもう一度毒づいて早々に目的を果たすことを決めた。






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