俺の世界はとても狭いので、些細なことで揺れ動く。
帝人に俺の華麗なるナンパ論をスルーされれば大いに凹むし、杏里が笑ってくれれば天に昇るくらい幸せだ。
そして、

「やぁ正臣くん」

「…大暴落…」

「何?株始めたの?」

「いえ、気にしないで下さい」

臨也さんの顔を見れば否応なしにテンションは下がる。対称的に臨也さんは輝くばかりのスマイルだ。ムカつく。

「いいねぇその顔!正臣君は分かりやすくて可愛いなぁ。荒んだ心が癒されるよ」

ぬいぐるみのように抱きしめられた。疲れるから無抵抗を貫く。胡散臭い笑顔を貼り付けた臨也さんの顔はよく見れば口の端が切れていた。静雄さんとやり合ったのだろう。臨也さんが怪我をしようが知ったことじゃないが、俺の清く正しく育った道徳心が騒ぐので持っていたハンカチを差し出す。

「あれ、珍しく優しいね。デレ期?」

わざとらしく驚いた顔にイラッとしたので差し出したハンカチを無理矢理口に押し付けた。微かに染まった赤色に、こんな人でも血が通ってるんだよなぁとぼんやり思う。

「…臨也さんの世界は滅多なことじゃ動かなそうですね」

「正臣君デレるならもっと徹底的に、ってなんの話?」

「臨也さんってベストオブ我が道を行くじゃないですか。他人に自分の世界を動かされるとか、そういう無さそうだなって」

そう言えば臨也さんはそんなことないよって大袈裟に首を降った。

「俺だって人間だしね、どっかの規格外の怪物なんかには振り回されっぱなしだし」

嫌そうに顔をしかめる臨也さんに滲んだ赤を思い出した。あぁ静雄さんのことかと納得する。何故か胸がちくりと痛んだが気のせいだろう。

「…それに、何でもない普通の人間にだって動かされることはあるよ。弱い力だけど俺のポイントを突くのが上手な子がいてね」

ぐらっときたりしちゃうんだよねぇ。

臨也さんはそう言って俺の頭を抱え込んだ。だから俺には臨也さんの表情が見えない。どんな顔して言ってるのか見たかったのに。
それくらい臨也さんの声は優しく聞こえた。
あくまで臨也さんにしては、だが。

(あぁ、だけど)

(見えなくて良かったかもしれないな)

これ以上俺の世界を臨也さんに動かされるのはごめんだ。俺には臨也さんの世界を動かす力は無いのに。

―…うらやましい。

思わず漏れた本音は臨也さんの黒いコートに吸い込まれた。




れる

(…誰のことを言ってるのか)

(気付いてないんだろうなぁ、このこは)