「しばらく出来ないねぇ」

それなりに広いベッドの中、臨也は向かい合う正臣に話し掛けた。閉じていた正臣の目が再び開かれる。

「出来ないって、何が?」

眠たげに、しかし律儀に問いかける幼い妻の腰を引き寄せて、にっこりと笑った臨也は言う。

「何って、セックス?」

バチンと正臣の目が見開かれた。眠気を吹き飛ばされた瞳がまじまじと臨也を見る。

「…出来ないって」

「だって正臣ちゃん妊娠中でしょ?しばらく無理出来ないじゃないか」

あれ、気付いてなかった?最近してないでしょ?
言われて思い返せば最近どころかここ2ヶ月ほど致していない。そういえば計画的犯行だったっけか、と思った正臣は、はたとあることに気付いた。

「臨也さん…まさか他の女と…」

険しい顔で睨み付ける正臣に臨也は苦笑する。
全くもって信用ない。
自業自得だと知っている臨也は、とりあえず言葉を封じ込めて正臣を緩く抱き締めた。
友人から忠告を受けて以来、臨也は正臣によく触れる。愛されている自信の無い少女には分かりやすい方法の方が効果があるらしい。急にスキンシップを増やした臨也に最初は警戒していた正臣だったが、近頃は纏うオーラが柔らかくなった。
腕の中で少女が身動ぐ。

「…浮気、するんですか」

尋ねる声が悲哀に揺らぐ。
ああ、俺は一生彼女の心からの信用を得ることはないのだろうなと臨也は思った。それは臨也にとって大きな問題ではなかった。それでも自分の側にいる少女が愛しいだけだ。

「しないよ」

そう言って臨也は正臣の髪に鼻を埋めた。

「不思議なことにね、そんな気にならないんだ」

臨也は少女を思いやって言ったわけではない。ただ事実を述べたまでだ。少し前の臨也であれば、正臣と関係があろうと他の女を抱くことに躊躇などなかった。むしろ正臣の反応を観察するためにわざと痕跡を残したこともある。

それなのに。

「参ったよね、ほんと…」

抱き締める腕に力を込める。

(縛り付けたのは俺のはずだったのにさぁ)

心の中で苦く呟いた臨也の表情は、正臣には見えなかった。





甘く緩やかな



(信じてくれなんて言わないよ)

(だけどもう少し自惚れてくれてもいい)

(その存在に縛られてるのは君だけではないのだから)






時間軸としては『その理由を』のちょっと後くらい。結婚してすぐの頃。
妊娠初期はしない方がいいそうなので。





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