モーツァルトの流れる部屋で、正臣は一人ソファーに寝そべり育児雑誌を読んでいた。勿論正臣にクラシックをたしなむなどという高尚な趣味は無い。流れるCDは『胎教にはこれが良いらしいわよ』と波江がくれたものである(これには正臣も驚きを隠せなかった。臨也に嵌められるような形で妊娠し、結婚までした正臣のことを彼女は愚かだと蔑んでいるだろうと思っていたので)。
優雅な調べは眠気を誘う。
半ば眺めるだけになっているページを捲っていた正臣の指は、ある見出しで止まった。

(…名前、かぁ)

目に止まったのは命名についての特集ページだった。昨今の人気の傾向、字画についての彼是など様々な記事が紙面を躍っている。
つい先日の検査で、お腹の中の子が女の子であることが判明したばかりだった。ちなみにまだ臨也には告げていない。特に理由があるわけではなく、ただの嫌がらせである。

(可愛くて呼びやすいのがいいよな。杏里とか杏里とか杏里とか)

親友の少女を思い浮かべる。正臣が思う完璧な名前だ。響きがいいし、何より少女に似合っている。

(俺のはなぁ、字面が全く可愛くないしなぁ。臨也さんは…なんでわざわざあんなマイナーな読み方すんだろ。ああいうのもパスだなぁ…)

考えながら、正臣はふわぁと大きな欠伸をした。どうやら睡魔が本格的に襲ってきたらしい。早々に抵抗を諦めた正臣は雑誌を近くのテーブルの上に放った。腹の上で手を組み、目を閉じる。

(…いざやさんとはなしあわなきゃ、だな…)

近頃しつこいくらいに『ねぇ、男の子か女の子か分かった?』と尋ねてくる臨也に、そろそろ正解を教えてあげるのもいいだろう。
微睡む正臣の口元が、微かに笑った。

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