『君の家にあるアルバムを全部持って家にくるように』―…朝イチで告げられた命令は、逆らえば減給というペナルティ付きの強制的なものだった。
ぶつぶつと雇い主への文句を呟きながら家中探して集めた4冊のアルバムを持って臨也さんの部屋のインターホンを鳴らしたのが昼をちょっと過ぎた頃。臨也さんちの冷蔵庫を漁って簡単な昼飯を作り(優しい俺は臨也さんの分もちゃんと用意した)、食べ終わってからかれこれ1時間程経っただろうか。
なんだか奇妙な状況に、俺の心はずっとジリジリしてる。
「この写真は?」
顔のすぐ横で臨也さんの声がする。まずこれが落ち着かない。息がかかるくすぐったさを我慢しながら俺は指差された写真に目を落とした。
「これは…帝人と小2のときに二人で近所の夏祭りに行ったときのですね。金魚すくいをやったけど一匹もとれなくて、でもおじさんが特別だって言って小さいのをくれたんですよ」
「その金魚はどうしたの?」
「俺も帝人も飼えなかったから次の日学校に持っていきました。クラス皆で育てて、そしたらどんどんでっかくなってって、最終的になんか鯉のちょっと小さい版みたいになっちゃって」
「名前とかつけたの?」
「名前…なんだったけな…えーと…あ、そうだ、ギョンさまだ、ギョンさま」
「なにそれ?」
「冬ソナのヨン様に引っ掛けて」
「魚だからギョ?…変なの」
ふふ、と小さく笑って臨也さんはページをめくった。
1時間ずっとこんな感じだ。
俺はベッドに座った臨也さんの足の間に座らされ、膝の上に置いたアルバムを二人で見ている。最初は慣れない体勢に緊張していたのだけれど今はもう諦めて後ろの臨也さんにもたれ掛かっている。力を抜いて完全に体重を預けているから重いだろうけど、何も言わないってことは問題無いんだろう。
臨也さんが写真について質問して俺がそれに答える。アルバムは俺の幼稚園時代から始まっていた。もう10年以上前の記憶でも手繰り寄せればなんとか思い出すことが出来るのだから人間ってすごい。
写真の中の俺は色んな顔をしている。笑ってたり、泣いてたり、緊張してたり。臨也さんと一緒に、俺はその一つ一つを振り返っていく。
妙な気持ちだ。
酷く落ち着かない。
俺の話を聞く臨也さんの穏やかな空気も、背中から伝わる温かさも、全部が俺の胸をざわつかせるのだ。
「…臨也さん」
「うん?」
「あの、なんでいきなりこんなことしようと思ったんですか?」
いつものように何か企んでいる?それにしては臨也さんの空気は緩い。
そうだねぇ、と臨也さんの手がアルバムをそっと撫でる。慈しむようなその手つきに心のざわつきは酷くなる。
「俺は欲張りだからさ、全部欲しくなっちゃったんだよねぇ」
「全部?」
「そう、正臣くんの全部。全部が欲しいんだ」
心と身体はもう貰ったでしょう?今の正臣くんも未来の正臣くんも俺のものだ。残ったのは過去の正臣くんだなぁって思ってさ。
唄うように臨也さんが言葉を紡ぐ。
細く長い指が踊るように写真の俺をなぞっていく。
『この写真は?』
臨也さんが、思い出の中の俺を拾っていく。
「…うわぁ…」
「正臣くん、顔が赤いよ」
「うるさい…」
体温も高いねぇ、なんて言いながら俺の手を握る臨也さんは楽しそうで、でもその声にいつもみたいな人を小馬鹿にした色はなくて、俺はどうしたらいいのかわからない。
逃げたいほどの甘ったるさだ。困る。本当に、困る。
だって俺は馬鹿だから。
あげたいと、
思ってしまうではないか。
「ねぇ、正臣くん」
『この写真の君をちょうだい?』
奪われるくらいがちょうどいいのに。