「まーさおーみくん!」
背後から聞こえた自分を呼ぶ声に正臣の顔が歪められたのは最早条件反射のようなものだった。聞かなかったことにしたい。心の底から思うのだが、ここで無視をすればあまり望ましくない事態が起こるだろう。仕方なしにノロノロと振り返ると妙にハイテンションな臨也が立っていた。分かっていたこととはいえ、正臣の眉間の皺は深くなる。
「…すみません、俺、街中でナイフを振り回すような人と関わっちゃいけませんって母親から言われてるんで」
「あは、随分ピンポイントな忠告をするお母様だねぇ。大丈夫だよ、俺は振り回すんじゃなくて振り回してた、だから。今はとっても安全で無害な一市民に過ぎない」
「世の中の安全で無害な一市民に土下座しろ」
思わず突っ込んで後悔した。関わってしまった。
苦虫を噛み潰した顔の正臣を見つめる臨也は、スポーツをした後のように爽やかな笑顔だ。『振り回してた』?そんなことは十分承知だ。つい数分前、自販機やらゴミ箱やらがぶっ飛ぶ現場を正臣は目撃していた。だからこそ本来進むはずだった通りに背を向けてわざわざ遠回りしたのだ。巻き込まれないよう、関わらないよう、見つからないように注意を払っていたのに。
(…なんであっさり見つかってんだ)
「…臨也さんって、もしかして背中にも目が付いてたりします?」
「いきなり人を都市伝説扱いしないでくれる?あーでも首無しライダーが実在するんだから可能性はないこともないか。残念ながら俺は至って普通で真っ当な人間だけど」
「全世界の普通で真っ当な人間に土下座しろ」
突っ込みを入れつつも首を傾げる。なんだ、無いのか。あったらあったで全力でひくのだが、ちょっと残念だ。ならば何故、
「『なんで臨也さんはいつも俺を見つけるんだろう』って顔、してる」
至近距離から聞こえた声に正臣は我に返った。いつの間にか臨也が目の前に立っている。瞬間的に身を引こうとしたものの、それよりも早く右腕を臨也に捕らえられて叶わなかった。
引き寄せられ、腕の中に収まる。
離せと叫ぼうとした口は人差し指一本で封じられた。
「教えてあげるよ正臣くん。俺が簡単に君を見つけられるのはね、」
―…君のことが好きだからだよ。
すうっと臨也の指が唇をなぞる。
正臣はふるりと身体を震わせそして、
「折原臨也がー!!折原臨也がここにいるぞー!!」
叫んだ。
突然叫んだ正臣に臨也は目を丸くし、すぐに顔を強張らせた。いきなり何をと問う必要はなかった。
お馴染みの殺気。
振り返らなくてもわかる。
ヤツがいる。
「…正臣くん、ツンにしては度が過ぎてるんじゃない?それ相応のデレを見せてくれないと、
「いーざーやー!!」
割りに合わないから、ね!!」
覚悟しといてよ!と、典型的な捨て台詞を吐いて逃げ去った臨也の背を見送った正臣は、その姿が完全に視界から消えたのを確認するとズルズルとしゃがみこんだ。
「……危なかった…!」
両手で顔を覆う。覗いた耳は真っ赤に染まっていた。
(いきなりあんな恥ずかしいこと言うなんて反則だ、臨也さんの馬鹿)
直球な言葉が与えた効果を臨也が知る由もなく。
本日二度目の破壊音はだんだんと遠く、小さくなっていった。