学ぱろ。
臨也さんはぴっちぴちの高校3年生。
他の皆は1年生。





「終わった…俺の薔薇色のハイスクールライフは今日をもって終わりを告げた…」

夕暮れに染まる教室、絶望を吐き出す正臣を前に、帝人と杏里は困ったように顔を見合わせた。いつも明るく騒がしい正臣がここまで落ち込むのは珍しい。しかしそれも仕方ないと思うような事態を二人は目撃している。というよりも、クラスの全員が目撃者だった。

事が起こったのはつい先ほど、およそ20分前のことだ。
ホームルームが終わり、担任が出ていきざわつく教室の中にスパーン!という小気味良い音が響いた。勢いよく開かれた扉から入ってきたのは校内で知らぬ者は居らぬと言われる折原臨也で、解放感の溢れていた教室の中は一瞬にして緊張が張りつめた。
静まりかえる生徒たちなどお構い無しに臨也は我が物顔で教室を突き進む。迷いなく目的の人物のもとにたどり着くと、口の端をにぃっと持ち上げた。

「やぁ正臣くん、来良学園に入学おめでとう。と言ってももう三ヶ月経つけどね。君がちっとも会いに来ないからわざわざ俺が来てあげたよ!」

にっこりと臨也が笑うのを、正臣は信じられない気持ちで見つめた。思考も行動も停止したままだ。正臣には何故臨也がここにいるのかが理解出来ない。その想いは口からも溢れた。

「い…臨也さん、なんで…」

「なんで?さっきも言ったでしょ、いつまで待っても正臣くんが会いに来てくれないからだって。酷いよねー俺はずっと待ってたってのにさ」

はぁ、と臨也がため息を吐き出すのに正臣は肩を震わせる。

「お…怒ってるんですか…?」

尋ねてから正臣はしまった、と思った。怒ってる人間に一番聞いてならない質問だ。しかしキレるかもしれないという正臣の予想に反し、臨也はとんでもないとばかりに首を振る(もっともその反応は正臣を安心させるものではなかったが)。

「怒ってなんかないよ。正臣くんが照れ屋で意地っ張りなのはよーく知ってるからねぇ。ただ…」

「た、ただ?」

不穏な言葉尻に正臣はごくりと唾を飲む。嫌な予感しかしない。そもそも臨也と関わって良いことがあった試しなどないのだが。
臨也の目がすぅっと細められる。

「怒ってはないけど俺の心は傷付いちゃったんだよね。だからお仕置きは、させてね?」

そう言うや否や、臨也は正臣の胸ぐらを掴み、ぐいっと引き寄せた。殴られる、と反射的に正臣は目を瞑る。
しかし衝撃も痛みも無かった。

唇に、熱。

予想外の感触に目を開ければ驚く程の近さで臨也と目が合った。紅の瞳に映る自分の姿まで確認出来る程の距離に正臣の頭は真っ白になる。

(なんだこれ。なにこの状況、え?夢?)

(これって、キス、だよな?)

ざわり、と空気が動いた。
周囲のどよめきで正臣は我に返る。同時に今の状況も思い出した。

ここ、教室。
皆、いる。

「〜〜〜っ!!」

忘れていた抵抗を始めた正臣を、臨也はすんなりと解放する。ぺろりと自身の唇を舐める姿はやけに色っぽく、正臣の顔は爆発したように赤く染まった。

「いざ、いざやさん、なにして…!?」

「うん?なにって、言ったでしょ?お仕置きだよ。後はまぁ、見せしめってとこかなぁ。君が誰のものかって、ちゃんと分からせなきゃ、ね?」

爽やかな笑顔で告げられた言葉に正臣は青くなった。パクパクと開閉される口からは何も出てこない。
そんな正臣を面白そうに見下ろして、臨也は形の良い頭をぽんと撫でる。

「さぁ、かくれんぼはもう終わりだよ。改めて入学おめでとう、紀田正臣くん」

じゃあまた明日ねーと、臨也は呆気に取られるクラスメートなど眼中にないかのように飄々と教室を去っていった。いつの間にやらそのクラスメートも帰っていき、残されたのは三人のみ。

そして今に至る。

「き、紀田くん…あの、元気だして…」

「杏里…」

机に突っ伏していた正臣がちらりと顔を上げた。

「杏里が優しくその腕で包んでくれれば俺はたちまち天にも昇る勢いで、」

ぺちん、と。
勢いよく突き出した額を弾かれ、正臣は再び突っ伏した。そんな正臣を見て帝人は一つため息を吐く。

「…元気になったみたいだね」

「そうですね…」

くすりと杏里が笑う。
その声に正臣はよろよろと頭を持ち上げた。
自分を見つめる二人の瞳に、まだ心配の色があるのを見て苦笑する。

「元気になったっていうかなぁ、もう起こっちまったことだからなぁ…」

どうにもなんねぇよ、と諦めたように首を竦める。
自分のことは自分で何とかするしかない。不本意ながら、臨也に巻き込まれるのは慣れている。
それよりも。

「俺はもう仕方ないとしてだ。二人とも、あの男には絶対関わるなよ?」

言い聞かせるような正臣に、杏里が戸惑いながら頷く。その隣で帝人はそっと苦笑した。


『君が誰のものかって、ちゃんと分からせなきゃ、ね?』


そう臨也が言った瞬間、帝人は確かに彼と目が合った。詳しい事情は知らないが、独占欲とでもいうのだろうか。赤い瞳が冷たく自身を貫いたとき、臨也の正臣に対する執着のようなものを感じたのだ。

(関わるなとか、多分無理だよ正臣)

視線が交わった瞬間、臨也と帝人は『繋がった』。臨也をよく知らない帝人にとって、それがどういう意味を持つのかは分からない。

―…だけど。

帝人は今、確かに気分が高揚していた。
何かが起こる、そんな予感に胸が高鳴る。心配してくれる正臣に申し訳ないと思いつつ、ワクワクするのは止められなかった。


(明日からはきっと、)


(違う明日が始まる)


窓の外、沈みかけた夕日の赤に臨也の瞳を思い起こし、帝人は握る掌に力を込めた。

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