〔3〕



音はたぶん、しなかった。

念の具現化と見て間違いない砂時計は、団長が盗賊の極意から出した何かで攻撃しても一瞬動きを止めただけだった。
それからぎこちない動きで、ゆっくりひっくり返ろうとする砂時計を堅をした右足で強烈に蹴り上げ、再び一時停止した砂時計からいったん距離を置く。



「フィンクス!」

「おうよ!!」



団長の声に、すでに幾回も腕を回していたフィンクスが、砂時計に猛然と突っ込んだ。

十分肩を回す時間のあったフィンクスの廻天を見舞われた砂時計は、真ん中からぱっくり二つに裂けた。怪物が開いた口のようだ、そう思った一瞬の後にオーラを飛散させて砂時計は霧散した。

舞台そばに降り立った団長とフィンクス以外の念能力者は誰一人として動かなかったが、シャルナークは突然、三つの念能力者の気配を間近に感じて、戦慄した。



すさまじいオーラだ。


それを感じたのは、誰もいなかったはずの場所からだった。視界の端で、黒髪が舞うのが見えて、あわてて振り返った。



舞台の上で、彫刻になっていた四人が動き出していた。




「ビビ!!」




女の吼えるような怒声が、ホール中に反響して響き渡った。

舞台の、美人の女だ。モノクルをかけた祭壇前の女に向かって怒鳴っている。彼女の薄布が空を切り、勢いよく後ろに流れている。

美人の女の前に立つ男は、掲げた左手に二連の長い数珠を現し、やはり祭壇前の女に向かって念を発動しようとしている。

そこへ、少し離れた場所にいたはずの大剣を掲げた偉丈夫が、驚くようなスピードで割ってはいった。


大剣を凪いだだけなのに、ガァアンッ!、と床石が壁まではじけとんだ。



美人の女、青年、そして偉丈夫は、紛うことなき念能力者だ。それも相当なオーラの持ち主である。

しかし、祭壇の前の女だけは、まともなオーラを感じない。偉丈夫が彼女の護衛だとしても、念能力者二対一は分が悪い。



「あ、あれ?」



こんなに緊迫した空気の中、祭壇の女が素っ頓狂な声をあげて、己の右手を見下ろした。
それから青年を見上げ、美女を見、偉丈夫を見、もう一度右手を見る。

そして次の瞬間、美女顔負けに顔面を怒らせた。



「あんのスケコマシ! またハンパモン掴ませやがったさ!!」


「こんなときまでなに考えてんだ!」と地団駄を踏む、祭壇の前の女。
ふと、美女のほうが、はっとしたようになって周囲を見渡して鋭い声を上げた。


「アイカ様!」



名を呼ばれたらしい青年が、美女に促され、階段に立つ念能力者たちに視線を向けた。
茶褐色の双眸が、いっそう油断なく光る。

団長と同じ人種だ、ととっさにシャルナークは思った。

あれは、上に立つ者の目だ。正確に全てを測り、予断なく実行に移し、十分な実力を備えた者の目だ。



「……書の仕業か」

「いいえ、このようなことは起こらないはず」

「ビビ、お前が呼び出したのか」



アイカが祭壇の前の女に横目を向けた。クロロがうまく仕事を果たせなかった団員に、理由を聞く時と同じ目の色。

ビビと呼ばれた女は、ぽかんと口を開けて念能力者たちを見回し、天啓を受けたような顔になる。



「私のための軍隊だね!」



ビビが声高に断じた声に、誰も反応を示さなかった。

しらけたような空気が広がったホール内に、ビビの発言が間違いであるということをアイカも悟ったようで、すぐにビビから興味を無くした。そういうところも、つくづく団長に似ている。



「アイカ=アデラ様! 我らガミタの一族は、あなた様の六星です!」

「ガミタ? ガミタの一族が、なぜ私に付く?」



先ほど、旅団を訝ったギャラリーの初老の男の宣言に、アイカと呼ばれた舞台の青年が淡々と返す。
視線は変わらず辺りを伺っており、状況を判断しているようだった。



「ヒヌドラの長から、すでに七百年の時が経っております。我らは谷の地を受け継ぎました。山を治め、野を制するのに、アイカ様に従います!」

「なるほど、谷の者か」

なんの感慨もなさそうに、アイカは答えた。視線が、もう一つの集団に移る。

「そちらの六星は、どこの一族だ」

「……ビナの一族。ウジュラ様に従います」



うげ、とビビが顔をしかめた。
ひどい顔だ。若い女のする顔ではない。

大剣の偉丈夫が、わずかに反応して振り返る。どうやら、彼がウジュラのようだ。



「そして、貴様らは」



アイカの茶褐色の瞳が、ほんの数歩しか離れていない団長に視線を定めた。

シャルナークは、背筋に電気が駆けるような感覚を覚えた。



確かに強いと思わせるアイカ、紛れもなく強いクロロ。

二人の底の見えない瞳が、正面から交わる。どちらも、己の莫大なオーラを抑えない。

どちらの方が強いのか、普段なら凡そ付くはずの見当が、この時ばかりはシャルナークにはまるで分からなかった。
対峙する本人達には、互いの力量が把握できているのだろうか?



この二人が、真っ向勝負をしたらどうなるのか。

得もいわれぬ興奮を覚えて、シャルナークは二人の男の動向を、息を殺して静観していた。対岸でフェイタンが、シャルナークと全くおなじ目をしていた。



「流れから言って、私に従属する一族だよね!」



場違いな声音が、再びビビから上がった。
シャルナークは出鼻をくじかれた思いで女をじろりと見やったが、彼女は階段に膝をついたまま左手をまっすぐ上げてクロロを見ていた。



「マイマイ? それともエケテカの一族? あっ、分かったー、その顔立ちはジナファトだ! 昔から君の家系は女顔だったな!」

「…ご期待に沿えなくて申し訳ないが、俺たちは盗賊。タタの書をいただきにきた」

「盗賊だと…?」



シャルナークのすぐ前にいる操作系の男が、驚いた顔でこちらを振り返る。
ビビは、思案顔で団長を見つめていた。



「つまり、誰の配下でもない?」

「当然」

「それで、タタの書がほしいと?」

「ああ」



ビビの目が一瞬だけアイカを見、すぐに団長に視線を戻し、得心顔に満面の笑みを浮かべて指をぱちんと鳴らした。



「分かった。じゃあ素敵な刺青の黒髪さん。君を私が雇おう」



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