〔2〕


砂に誘導されるまま辿り着いた先はクレバスのような空洞だった。天井から落とされるような形で、思いがけず着地に少々音を立ててしまったのは不覚だ。


見上げれば首が痛くなる天井の高さで、一箇所、隙間のような廊下がある向こうは、奥へと続いているようだった。

フェイタン、コルトピと後続を確認しながら、クロロは壁を調べていた。

ところどころ、模様らしきものがあるのは分かったが、あいにく風化していてはっきりとは読み取れない。しかし、オダルのものであることは間違いなかった。



「うへっ、口に砂入った」

最後に落ちてきたシャルナークで、全員がそろう。

「行くぞ」



細い廊下は、フランクリンが横になってぎりぎり通れる位か。

進むほどに、壁の模様がはっきりしてくる。背後でフィンクスが「本当に遺跡なんかあったんだな」と、感心したように言うのが聞こえた。

そう歩かないうちに廊下と同じだけの狭さの螺旋階段が現れ、さらにそれを延々下れば今度は小さなホールだった。

きれいな六角形をしたホール。それぞれの壁にひとつずつ、計6つの廊下が続いている。
七百年前の物にしては、見事な保存状態のそこは、明確に壁にも床にも模様が残っていた。

それぞれの廊下の入り口上部には、絵のような文字が掲げられている。

今回の遺跡探しで、シャルナークは類似する模様は腐るほど見てきたが、さすがに解読はできない。

この場で一番、それが可能であろう人物を横目で確認すると、確かに読み解くようにじっと模様を見つめた後、

「……念系統か」

と、漆黒の瞳の団長がつぶやいた。



「それぞれ、強化、変化、放出、具現、操作、特質の印が廊下に割り振られている。自分の念系統の廊下を進め。これ以降は、絶を保つ必要はない。何かあった場合の対処はそれぞれに任せる」



本日二度目の、妙なものを食わされたような顔をして、シャルナークは六つの廊下を見回した。

団長の指示のまま、操作を示すらしい廊下の前に立つ。特質の廊下に団長とパクノダが立つ以外は、それぞれの系統にひとりずつ、ばらばらになってしまった。

それを心細く思うような殊勝な輩も旅団にはいないが、罠にかけられているような感じがして、どうもいい気がしない。



「万が一、遺跡が崩れるほか、合流が図れなかった場合の集合地点はアジトだ。宝はいい、各自存命を図れ」



気合の入っているとは思えない返事が六つの廊下の前から返り、七人はそこでひとまず分かれた。









結果から言えば、拍子抜けというのがそれだ。


廊下の中になんらかの仕掛けがあろうと思ったが、特別脅かされるようなことは何ひとつなかった。

あえてあげるなら、周囲の壁から妙にオーラが伝わってきたことだろうか。
それも、纏をしていれば生ぬるい風がまとわり付いてくる程度のもので、障害とは呼べない。


さほどの長さも無かった廊下の先は、今までで一番大きなホールだった。

およそ、立派なオペラ劇場ほどの広さと高さだ。すり鉢状のホールは、壁沿いぐるりの幅広の階段が中央に下がっている。壁際から三段目までの階段には四角柱の柱が林立していて、見晴らしはよくない。

ホールの壁には、シャルナークが出てきたのと同じような扉の無い廊下が六つあるようだった。
上を見上げると、二階に相当する高さに、ギャラリーのような回廊が、やはり壁沿いぐるりにある。


この時点でホールの中には、中央部とは別に念能力者の気配が、およそ四十あった。さらに、団長をはじめとする旅団員の気配が、順にそこに加わる。


おかしい。


ここにいるのは全て、曲がりなりにも念能力者だ。纏状態の旅団員分の気配が増えたことに気付かないはずがないだろうに、誰ひとりとして反応を示さないのは、いったいどういうことだ?



いまさら絶をするのも無意味だろうと、気配を隠すでもなく柱の間を進んでいけば、舞台にも等しい中央部には祭壇と気配の無い四名の人影があり、それらは微動だにせずに静止していた。

奇妙な状態だ。その四人は、まるで七百年前のオダルの衣装を身につけて、争った最中のような姿勢でぴったり固まっていた。



男が二人に、女が二人。


褐色の肌に柔らかな衣と金の装身具を纏った、精悍な面立ちの三十男。編みこんで長くロープのように伸びた赤褐色の髪束を後方に靡かせている。
右の拳は強く握り、左手は身体の横で宙に掲げている。鋭いまなざしで一歩踏み出し、床に膝をつけた女を見下ろしていた。


その女は若い。シャルナークと同じ位の年だろうか。高く一つに結んで真っ直ぐ首元で切りそろえた随分なボリュームの黒髪が、女が振り返った勢いのまま、やはり空中に広がって留まっている。
祭壇に続く小さな階段を登りかけ、右手に何かを握りこんで膝をつき、振り返ったといったところだろうか。モノクルをかけ、着ている衣はこの中で一番質素だ。


もう一人の女は特徴的な目の縁取りをしていた。年も男より上だろう。男の後ろで、身に纏う薄布を振り乱し、美人だが鬼の形相で祭壇前の女に何事か叫んでいる最中だ。


最後の一人は、こちらに背を向け、顔が見えないでいる。しかし、大変な偉丈夫だ。フィンクスをも上回る体躯に、赤茶の甲冑を身に着けていた。右手には見慣れない形の大剣を掴んでおり、やはり祭壇のほうへ大股で踏み出している。



風をはらんで浮き上がった衣ひとつ、髪の毛一本動かない。
まるで3Dの写真か、生身の彫刻だ。



柱のない段まで降りて周囲を見渡すと、階段には旅団員を除いて十四人の念能力者、さらにギャラリーにはそれ以上の数の能力者、総数にしておよそ四十。

ギャラリーの念能力者の実力はピンきりのようだが、階段にいる十四人の念能力者のオーラはなかなか歯ごたえのありそうなのが揃っている。


これは、来なかった強化系の連中が悔しがるな。


――― 一度に襲い掛かってこられたら、とても勝てない。

辺りを見回せば、舞台を挟んだ真正面の対岸にフェイタンの姿を見とめた。その左右には間をおいて、それぞれフィンクスとコルトピがいる。自分の左右には、少し離れてフランクリン、そして平然と立ったまま舞台を臨む団長とパクノダがいる。

なるほど、どうやら廊下の出口は、念系統の図のままに配置されていたらしい。


ということは、自分の間近にいる二人の念能力者も、自分と同じ操作系か。

団長が動く様子がないので、数mの間合いをあけて前方に立つ二人の男女を観察していると、不意に男のほうが振り返って、おっ、と思う。

瞬時に死角の右手でアンテナを確かめたが、男は敵意と悪意のオーラを隠さないながら、仕掛けてくる様子はなかった。



「……お前はどこの一族だ?」



男は腕を組んだまま、険しい顔でそう聞いてきた。

一族? ここにいるのは全て、オダルの一族なのだろうか?


男の声に反応して、ホール中のほかの念能力者が、旅団員に視線を向けるのが見えた。
あまり良い空気でないのは確かだが、一触即発といった感じでもない。

ここは受け流したほうが得策か、とシャルナークが口を開きかけたとき、ギャラリーから横槍が入った。



「ここ三回は、ガミタとビナの一族しか揃わなかった。ほかに、血の濃い能力者をそろえられるほどの一族はいないはずだが。お前たちはまともな血を引いた一族とは思えんな」



ホール中の敵意が増した気がした。

正面のフェイタンが、傘を握りなおすのが見える。それでも切りかからないのは、団長が視線で抑えているからだ。

団長はギャラリーの初老の男をちらりと見やり、舞台の中央に視線を戻した。
開かれた唇から、まるで気負いのない声が流れた。



「もうすぐ、百年目が来るぞ」



まるで団長の言葉が合図になったかのように、妙な風がホールに流れた。

いや、流れるというよりは、揺れるような風だ。ふわふわと上下しながら、念能力者と柱の間を動いていく。
気持ちが悪い動きだ。
ホールの砂がその空気の動きに遊び、やがて移動し始める。

キーン、と耳の奥で音がする。

あちこちに灯された松明が不自然に明滅し、ホールの中を何かが駆け抜けた。


眼を凝らす。やはりなにかが見えている。
影だ。人影が、いくつも重なり合って、ひどい速さで動いている。
中心の四人の男女だけがそのままだ。
その周囲を、いくつもいくつも影がまわる。


―――これは、時間だ。
このホールの中で流れた過去の時間が、逆行しているのだ。



「今回こそ」

誰かの声がする。

「今回こそ、時間が進む…」



シャルナークの目に、何かが見えた。

あれは、砂時計?

いつの間にか舞台の四人の頭上に、ホールを埋め尽くさんばかりに巨大な砂時計が宙に不気味に座していた。僅かに残った上半分の砂が、ガラスの中を流れている。もうあと数秒で、全てが流れ落ちる寸前だ。

だんだんとはっきり、砂時計の姿が見えてくる。砂時計から繋がった鈍色の鎖が、四人の周囲を囲んでいる。

砂が、落ちきった。

ゆっくりと砂時計が逆さにひっくり返ろうとする。それと同時に、この遺跡に入ったときと同じように、足元が蟻地獄のように崩れ始めた。

それを見て、シャルナークの頭の中でいっせいに言葉がつながった。



百年目だ。百年に一度だけ開くここは、あの砂時計のせいなのだ。
あの巨大な砂時計が落ちきるのが、百年なのだ。



ひっくり返ってしまえば、また百年を待つことになる。



それは、困る。

シャルナークがそう決断するより早く、右手から黒い影が飛び出していた。



「団長!」
「貴様、やめろ!」

シャルナークの声は、誰かの声と重なった。

「やめろ、その砂時計に手を出すな!!」



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