弱点




花を買いに行った帰りに見つけたそれは、素通りするにはあまりに心苦しくて。

今まで一度もしたことがなかったけれど、どうにでもなれとばかりに、拾ってしまった。








「で? 現実的に君はどうするつもりだと?」


はい。申し訳ございません、無策の上の行動です。





玄関先で白薔薇の花束とふわっふわのハニーブラウンの猫を抱えた私は、腕を組む絶世の美青年を前にして、猫とともに首をすくめた。


まったくどうしようもないな、と言わんばかりにため息をつかれ、ノンフレームの眼鏡をすらりとした指先で押し上げる。


そんな彼の赤い瞳に横目で見られて、一人と一匹は更に身を縮こまらせた。



「入れ」



とりあえずは、とUターンして家の中に入っていった彼に、私は靴の裏をマットに数回こすりつけ、まるで他人の家のようにおずおずと室内に踏み込んだ。



ティエリアの靴の踵を視界におさめながらリビングまで移動すると、彼はソファーに腰掛けた。



飲みかけだったらしいコーヒーに口をつける彼は、言葉を発しない。

さすがに気まずくなって、彼の名前を呼べば、いつ見ても隙と言うものがない視線が返ってきた。


そしてまたため息。


ホント勘弁してください(泣)



「経緯なんて聞かなくとも分かる。道端の捨て猫に情が移ったという話だろう」

「ご名答でございます……」



じろり、と向けられる視線から、逃れるように曖昧に目を泳がせる。



「……早々に飼い主を見つけろ。それまでだ」



カチャ、と飲み終えたコーヒーカップを手にして、ティエリアはキッチンへと立ち去る。



………あれ。

お許し……出ました?



意外も意外、散々くどくどと説教された揚句に戻してこいと言われるかと思いきや、同居人のあっさりとした答えにしばらく呆けていた。



「ニャンコちゃん、よかったねもう少しだけ一緒にいられるよ」



喜んで抱きしめれば、ぬぁ〜ん、と愛らしい鳴き声が返ってきた。

あぁ、かわいらしい。





子供のように満面の笑みで手中の猫に構う八知に、キッチンカウンターから視線だけ上げたティエリアは、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

















「八知。…………八知?」



先程まで読書をしていたティエリアが、リビングにやってきて名前を呼んだが、そこに人気はなくて、白薔薇の花束がテーブルの上にぽつねんと置かれているだけであった。


おそらく放置されているのであろうそれは、使命を果たしたCB解散一年の記念だとか言って、彼女が買いに行ったものだ。


相変わらず、花を選ぶセンスというものは疑うが。


もはや彼女の眼中にはないらしいそれを手に取り、嗅いだ匂いは濃厚な、まさしく薔薇のそれで。



十数本あるそれを紙の包みから取り出すと、ティエリアは八知が出掛ける前に出していた球状の花瓶を引き寄せた。

















「よーし、ニャンコちゃん、さっぱりしたねー」


バスルームで念入りに汚れを落としてやった八知は、何倍も明るくなった毛色に、満足そうに撫でていた。


子猫というわけではなさそうなその猫は、彼女の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしている。





リビングまで戻ってきた八知は、そこにティエリアの姿を見つけて、ほぼ反射的に彼の名前を呼んだ。







ちょうど最後の一本の茎を切っていたティエリアは、そのままの体勢で振り返った。



白い薔薇に、揺れる紫の髪、女性顔負けのその美貌に、憂いをたたえたような眼差し………



窓辺からさす淡い陽射しもあいまって、これ以上なく絵になっていた。

言わせていただくならば、男とは思えない繊細な指先から、白薔薇といい勝負な位白い肌、襟元を緩めたワイシャツにカーディガンまでなにもかも、ティエリアを美しく構成していて、もうなんといいますか、この世のものとは思えません。



こちらを見る濡れた紅玉に、負けずおとらず赤く見えた唇に、意識するまでもなく、自分の胸がきゅうっと締め付けられるように反応を示したのが分かった。





「八知?」



訝しげに細められた紅。


いやもう、心臓に悪いんでやめて下さい。

ちょっと表情を変えただけでも、胸が苦しくなる位にお美しいというか、ただ美しいだけならまだしも色っぽさだって醸し出しているのだからもうホントに質が悪いったらないわ。





「………しかも上手いし」

「何だ?」

「いいえっ」



最後の一本が差し込まれて、見事に生けられた白薔薇たちに、はたしてこの人に不得意なものがあるのだろうかと嘆息した。



「お疲れ様。シュークリームもらったから、座ってて、紅茶入れるから。はい」



綺麗になった猫をティエリアの腕に預け、キッチンに向かった私の背に何か言う声が聞こえたが、そこはスルー。



以前にスメラギさんにもらったとっておきのダージリンの缶を開け、私はその香りに頬を緩めた。









「はい、お待たせ」



椅子に座ったティエリアの前に、ティーカップとシュークリームを置いて、あえて対面に腰をおろした私にティエリアがむっとしたようになった。


横に座ったら、猫を渡されるだろう。


ティエリアの膝の上のニャンコは、彼の腕の中で心地よさそうにしている。



…………わかるよ、そこがどれだけ素晴らしい空間かなんて。



甘えられて困惑ぎみのティエリアの様子があまりに珍しく、なおかつ私にとっては魅惑的で、なんだか直視できないほどだった。

よくこんな人と普通に暮らせてる、私。



紅茶に口をつけた時、ティエリアが叱咤する声がした。



見れば、ティエリアの手中のシュークリームを狙ってじゃれついたニャンコ。

そのせいで、あーあ、潰れてカスタードクリームが出ちゃってるし。



ティエリアはしかたなしに、猫を静かにさせるためクリームのついた手を差し出す。

ニャンコは喜んでクリームを舐めはじめ、ティエリアは疲れたように肩を落とした。





「本当に扱いが八知と同じだな」

「………はい?」

「八知がもう一人増えたようなものだ」



諦観したようなその物言いに、ぽかーんと口を開けてしまった。


いや、ニャンコはかわいいし、いいんですよ。
でも多少複雑ですよね?
少なくとも霊長類な私が、扱いが猫と同じって実際どうなんでしょうコレ。


あほ面さらしてる私を余所に、ティエリアは優雅にティーカップを傾け、そしてソーサーへ。





「つくづく、俺も厄介な拾い物に縁があるようだ。それも捨てられないときているから尚、質が悪い」





立ち上がり、空になったカップと皿を手に席を離れたティエリアは、横を通りぎわに私の膝にニャンコを置いていった。



………拾い物。



「私のことですか!?」



かなり抜けた間を置いて振り返れば、部屋を出かけていたティエリアが、扉のところでにやりと笑った。

















。.。.。.。.。.。.。.。.。.


えーっと。先日のガンダムOOアニメで邪気のない笑みを浮かべたティエリアを見て、夢を書こう!とした訳ですが。



撃沈しました。

邪気なくティエリアを微笑ませるつもりが、思いっきり邪気ありまくりな笑いになってます。


捨て猫ネタだけは当初の予定通りなものの、流れも結末も話自体も全く最初に考えていたものと違うものになりました。

おかげでどの近辺に起承転結があるか謎です(無いからね!



私も書きながら、ラストはどうなるのか不思議でした(オイ





たまには悪戯っ子っぽい雰囲気をなくしてみたいなぁ…なんて企みは、この管理人にとってはどうやら無謀なようです。orz



08.2.21

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