あのときの青い空
なんで、そんなに忙しかったのかはいまだに分からない。
十番隊の隊舎の中は、一昨日の晩頃からずっと落ち着かない騒がしさでひっかき回されていた。
十二番隊が、総出払いしているという。
四番隊がチームさえ組むことも出来ず、千々に散って任務に当たっているという。
総隊長が単騎で任務を果たしたという。
いったい、なにが起きているのか分からない。
だけど、虚の出現率と問題の多さだけで言えば、今までのそう長い方ではない現役生活の中で、このときが最高だった。
「お前、付いてこい!」
見事な白髪をいただいた、この隊舎の小さな主に怒鳴られた。
見間違うことなく、その翡翠の瞳が私を射貫いている。
持っていた大量の報告書を床にばらまいた。
この上司は、何を求めているんだろう?
まっすぐ見たのも初めての翡翠は、揺らぎなく私をとらえている。
この、私にとっての最高指揮官は、今から任務に出ようとしていて、
あまりにもこの隊舎の中は混乱に満ちていて、
席官などどこにいるかも分からないくらい出払っていて、
単騎戦力になどなれないために、事務報告の雑務くらいでしか役に立てなかった自分を共にしようとしているらしい。
思考回路はがった。
でも感情が追いつかない。
「あ、あ、あの隊長……」
「怪我でもしてんのか?」
「いえ、ありません!」
なら、早くしろ、動け!、と隊長の怒鳴り声が、フィルター一枚外側で聞こえた。
隊長の羽織が翻り、背の《十》の字が目に飛び込む。
これは、現実だ。
何年先になるだろうと思っていた隊長との任務が、瀞霊廷未曾有の大混乱の中に降ってわき、心臓を吐いて出しそうなほどの動悸を抱えて、私は斬魄刀を握りしめ、床に散った報告書を踏みつけて、隊長と私が任務に出たことにすら気づかない同僚たちをすり抜けて隊舎を飛び出した。
何度も訪れたはずの現世が、まるで知らぬ異世界に向かうのだと思うほど、心が奮えていた。
たぶん、隊長の人選は間違っていなかった。
私は戦闘要員としてカウントされていたわけではない。
子供らと手をつなぎ、住宅街の坂道を駆けながら、あんな混乱をきわめた隊舎の中であっても、ちゃんと状況判断ができている隊長というのは、さすがあの若さで隊長の名を冠すだけのことはある。
ちらりと見上げた上空では、電柱ほどの背の細長い虚と、氷をまとった隊長が正面からぶつかっているのが見える。
周囲には、幾体の雑魚の虚の他にも、決して弱くはなさそうな虚が様子を伺うように、隊長をじっと見つめている。
霊力のある子供につられて寄ってきたが、あわよくば極上の獲物に見える隊長を食らおうと思っているのだろう。
元は、一体の虚の討伐でしかなかった。
わざわざ霊力を人に与え、それから食らうという妙な力と性癖を持った虚だった。
今回の獲物になった子供三人は、すでにこの恐ろしい光景が私と同じくらい見えるようになってしまっている。
瞬歩もできない私は、抱えて逃げるしかなかった。
隊長は一人、虚を相手にしている。
すでに元凶の虚は斬られた。
今は、霊力の匂いにつられて集まった、虚の相手だ。
私では相手にならない虚が、順を追うように姿を現すのだ。
過去最大のこの虚の出現率に、私は戦力にはならない。
隊長の霊圧が上がり、ついに卍解されたのが分かった。
のどに綿が詰め込まれたように、息が詰まりそうになる。だれかの卍解を実際に見るのは初めてだった。
見下ろすと、子供達は走るのもままならないほどに、隊長の霊圧の影響を受けていた。
「逃げられない…」
見上げた上空では、卍解した隊長に意識が向けられ、虚は誰もこちらを見ていない。
子供達を一所に集め、たった一度、副隊長に褒められたことのある縛道を丁寧に詠んだ。
結界が子供達を覆い、霊圧は外部から感じ取られぬようになる。
隊長が一掃するまで。
それまでせめて、後衛でも役に立ってみせたい。
まるで、龍が暴れているようだと思った。
卍解した隊長は、決着を急ぐように次々に虚を打ちのめしていく。
電柱は倒れ、無人の車が飛んだ。
崩された道路と塀のがれきから守るように、子供らにかぶさる。
結界は霊圧を消すが、物理的物質からは守れない。
「隊長……」
すぐそばの一戸建ての上で氷の華を咲かせた隊長が氷輪丸を横に一閃した。
表情は険しい。
いつもどころの眉間のしわではない。食いしばった歯から犬歯がのぞき、一筋落ちた前髪が霊圧浮き上がっている。
残っているのは、あの私が瞬殺されそうな虚、一体。
だと思ったのに。
小柄な虚が現れて。
それは体格に見合わぬ霊圧を持っていた。
「―――五木野」
穏やかな声に引き寄せられるように、目を開けた。
青い空と、白い髪、翡翠の瞳が目に入る。
「……隊長」
「動けるか」
「はい」
隊長の背後に広がる青の空に、虚が浮かんでいた。
結界を張るので精一杯だった私を、隊長は崩れた家のがれきから守ってくれたようだった。
隊長の、私と同じくらいの太さしかない腕が、私の首のあたりに手を添えている。
「…応援、来ませんね」
なぜ、こんなことを口走ってしまったんだろう。
戦っているのは隊長なのに。あまりにも役に立てなくて、言ってしまった。
他の隊も忙しくて、うちの隊も人手が全然足りてなくて、
だから、今は、あり得ない組み合わせだけど、隊長と二人だけでこの場を切り抜けなくちゃならない。
「何か、私に出来ること、ありますか」
上空の虚に背を向けたままの隊長が、少し表情を緩ませた。
険しい顔はそのままだけど、極限まで張り詰めていた気を、一瞬一息ついたような、そんな顔だ。
隊長にとっては、今の今まで、一人で戦っていたような心境だったのかもしれない。
そんな考えは、おこがましいだろうか?
隊長が伸ばした手を取り、立ち上がる。
ここで戦えるのは、二人しかいない。
私よりも小さな背の、大きな力を持つ隊長の横に立てることを、こんなにうれしく思えることが、なによりうれしかった。
「五木野」
はっとして、報告書からあげた視線の先、いつもの眉間のしわを刻む白髪の小柄な隊長が、翡翠の目を私に向けていた。
慌てて椅子を蹴飛ばすように、机から立ち上がる。
「行くぞ。現世だ」
「あ、はい」
斬魄刀を持って立ち上がり、書きかけの報告書を机の端に寄せる。
隊長の後に続いて抜けた隊舎の中は、いつも通りの雑然とした光景が広がっている。
何人かの隊員を引き連れて、穿界門に向かう。
隊長に声をかけられて任務に向かうたび、あのときの事を思い出す。
「おい五木野、ぼーっとしてんじゃねえだろうな」
呆れたような翡翠が問う。
「役に立たねえやつは、置いてくぞ」
「ふふ、置いていかないじゃないですか、隊長は」
「あ?」
今はだいぶん気安くなった隊長は、本当に分からないようにまだ細い首をかしげた。
「あ、飴ちゃんいります?」
「いらねえよ! ピクニックじゃねぇんだぞ!」
「あ、五木野十四席、僕ほしいです」
「はいどうぞ」
「てめえらなあ!」
「隊長の眉間のしわ増えた」
「いい加減にしろ!!」
あのとき、私の鬼道を褒めてくれた二人目になった隊長は、破道の援護の役目を与えてくれて、あの虚を二人で討ち取る事が出来た。
私と同じくらいの太さの腕と、青い空に映える白髪と、まっすぐな翡翠に今でも心酔している。
「今回の虚、数が多いんですね隊長」
「ああ。お前の縛道、期待してるからな」
「はい、もちろんです」
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ごーーーーーぶさたしております!!
ハッピーバースデー、冬ちゃん!
ということで、仕事するつもりでパソコン開いたのに、テンション上がりすぎていつの間にか夢小説書いてた、死亡説流れかけの管理人です。
勢いがないと自分が物書けないの知ってるんで、構成とか何一つ考えることなく45分で書き殴りました。
この後、学校に行くんでね。もう超特急です。
無糖になった言い訳だよ!みんな察してね!
排卵日なので、いまものすごくふざけたテンションです。
やっぱりシロちゃん好きだなあ、ほんとかっこいいわあ、と一人もだえてました。
心が折れそうなとき、あの痩身を力一杯抱きしめたいです。
こんな残念な管理人で本当に申し訳ございません。
あと、長編の更新じゃなくてすみません。
今書くとね!筋書きめちゃくちゃになるからね!
もうちょっと受験戦争落ち着いてから書きたいと思います。
………、しっかし、これまじ無糖だな……。さっき桜の話読んだせいだな。
151220
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