ギブアンドテイク
「なに」
応接室に戻ってきた雲雀の第一声が、これだった。
あまりに素っ気ないその声に、恨みがましく彼を見上げてみたけれど、彼はそんなもの意にも介さず、さっさと反対側のソファの離れた位置に腰を下ろす。
「なんなの?その顔。なにがあったわけ」
呆れたように、ようやくそう言ってくれた雲雀に、私は堰を切ったように喋り出した。
授業で何度も先生に当てられたとか、自分の時だけ問題が難しかったとか、じゃんけんで負けてジュースをおごったとか、文化祭の役員にさせられたとか……
大したことない話を、おおげさに話す。
別に、不幸ぶっているわけではない。
これくらいしなきゃ、雲雀は構ってくれないから。
「それで?」
「ひどくない?役員決めるの、私保健室行ってた時なんだよ。まぁ、保健室に行くと思わせて、ここでサボってた時」
「なんでそんな授業をわざわざ選んで休むわけ?バカでしょ」
「役員決めるなんて思わなかったんだもん〜」
出し物決める位なら勉強に遅れないし、むしろ絶好の機会だと思った。
そう言ったら、雲雀は呆れていた。
「真剣に聞かなきゃいけない授業を取るなんて、僕なら他の連中に任せて置けば勝手に終る学活に出て、普通の授業をサボるよ」
「勉強分からなくなるじゃん」
「一回サボっただけで分からなくなる、君の頭がバカなんでしょ」
「……授業全部サボってる雲雀には言われたくないな」
「何か言った?」
「いえ、なんでもっ!」
そう? と言った雲雀の微笑がえらく含みがあるように見えたのは、気のせいにしておこう。
「昼休み終るよ」
「ん〜……サボる」
ふうん?と雲雀が首を傾がせた。
「次、普通の授業でしょ」
「……うん」
「サボったら分からなくなるんでしょ」
「……雲雀と、いる」
ふうん、とまた言って、雲雀は視線を机の上の書類に戻した。
当然、私が授業をサボると言ったって、万年サボり魔の雲雀が咎めるはずもなく。聞き返したのは、ただ私をからかっているだけなわけで。
「勉強、わかんなくなったら教えてね、雲雀」
「なんで僕が。嫌だよ」
「えぇ〜、教えてよー。誰のせいでサボり癖がついたと思ってるの?」
「そんなの自己責任だよ、人に押し付けないでくれる。性格悪いよ」
「雲雀に会いたくてきてるのにぃ。じゃあ、私が授業ぜんぶ出て、ここに来なくなってもいいんだ。昼休みや放課後だって」
むくれたふりして、そんなことを言ってみた。
「いいわけないでしょ」
さらりと返された答があまりに意外で、私は思わず顔を上げた。
「誰が僕のコーヒー入れるの。来なくなったって、無理にでも引っ張ってくるよ」
「……じゃあ自己責任じゃないじゃん」
「自己責任だよ。代わりに僕は君のつまらない愚痴を、文句ひとつ言わず延々聞いてあげてるんだから」
ああ、そうだなぁ、なんて思ってしまったのは。
たしかに雲雀は文句を言ったことがないから。
こんなにわがままで自己中心的な人が、私の過言ぎみの愚痴を呆れたりバカにしたりしながらもちゃんと返事して聞いてくれる。
これって、結構なぜいたく。
なんで聞いてくれるのかな、って思っていたのが、顔にそのまま出たらしい。
「バカなこと考えてないで、勉強でもしたら?ついていけないんでしょ」
「えー、ひとりで勉強するの?自分でやってもわかんないよ。雲雀教えてくれる?」
「嫌だって、さっき言ったんだけど。僕だって忙しいの、見て分かんない?」
そりゃ分かるけど。
「これじゃサボる意味ないじゃん〜」
書類から顔も上げず、目も合わせてくれない雲雀といるなら、授業出てたってあまり変わらないかも。
「意味あるよ。君、僕に会いにサボってるって、さっき言ってじゃない」
「そうだよ」
「だったら、自分で勉強出来るようになれば、ずっとここにいられるよ」
いじわるげに口の端を上げた雲雀が、書類を取るために立ち上がって私の横を通りぎわ、そのすらりとした指で髪を散らすように、私の頭をさらりと撫でた。
そんなことしてくれたことなんてなかったから、思わず私は顔に血をのぼらせて雲雀を見上げたけれど、彼はもうそっぽを向いていた。
本棚に向かう横顔は、いつもと同じ、なんでもない真顔。
動揺しているのは私だけらしい。
こ、こんなの反則だ〜っ!!
撫でられた頭と朱に染まった頬とを抑えながら小さく丸まっている私が、誰に何を言われてもやる気の起きなかった勉強をやろうと決意したのは、言うまでもない。
あとがき
………ごめんなさい。
ただ、雲雀さんに頭が撫でられたかっただけの管理人の妄想です。
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