桜
-----マエガキ-------
と、いうことで、50万打企画(?)アップです。が。
ここで大事な点をおさらいしておきたいと思います。リアタイをご覧でない方は、ぜひ
ご一読されることを、強く、強くおすすめいたします。
1、これは管理人がサイト開設のはるか昔、生まれて初めて書いた夢小説処女作です。
2、いまにもまして、糖分というものを表現できていません。
3、むしろ厨二病乙。
4、長い。
妙ちくりんな、独白&夢変換皆無と心得た方だけどうぞ。
はたしてこれは夢小説なのだろう、か?^^^^
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六番隊舎への抜け道になる広い裏庭がある。
木々や草むらがぽつぽつとあるだけの、そこはちょっとした草原のようだ。
抜け道として通るときには死角になる場所で、私は座り込んでいた。
三角座りで、自分の横を眺める。
たったひとり、なにをするでもなく時を過ごす。
私がここをこうして訪れるのは、二年前の春からだった。
桜の話
二年前。
初夏も近く、桜はもう散って鮮やかな深緑をまといはじめ、心地よい風のながれる季節だ。
私は普段になくゆるやかな足取りで、その抜け道を通った。
非番だったのが、必要な書類のいくつかが行方不明になったと、昼から少し隊舎に顔を出した帰りだった。
宿舎と隊舎を繋ぐこの抜け道は、使うのははじめてではないが、通るときは大抵急いでいるから今日のようにゆっくり歩いたことはなかった。
中途半端に仕事が入って切り売りされたせっかくのたまの休みは、有効に過ごす術も思いつかない。
近道を通っておきながら、ぶらぶらと無駄に蛇行を繰り返していた私の眼に、小さなそれが現れたのは唐突なことだった。
背の低い草むらの中心で頭を少し突き出しているのは、 タイミングが悪ければ見逃していたであろう、小さな桃色だった。
突然現れたというより、偶然に視界に入ったというべきか。
背丈は自分の腰までもない。実際まだ木としては赤子のようなそれは、それでも頼りない細い枝に、数えられるくらいの少ないつぼみを付けて、ちゃんと“桜”の姿をしていた。
もう他の桜はとうに見頃を過ぎているのに。
しゃがんで目線を合わせる。
何という種類の桜なのか、こんな背丈で、こんな時期に咲くそれに、不思議に心惹かれ
た。
それから数日の間、毎日仕事に追われ、正直桜のことはほとんどわたしの頭にはなかった。
たまに思い出すことがあっても、春という新年度のこの季節の忙しさにかまけて、見に行こうという気力が湧かなかった。
再び桜の元に足を運んだのは、久しぶりに定時で帰ることのできた日、何の考えもなしに通った抜け道で、不意に桜の存在を想いだし、私は気まぐれで足の向きを変えたのだった。
あの日さまよい見つけた桜の場所は曖昧で、少し歩き回ってみても分からず、帰ろうかと思ったときに、すぐ足元にあの小さな桜があった。
花はちゃんと開いていた。
他より色の薄い、可憐な白い花が落陽に輝いている。それでもそれは、か弱さは感じさせないほど凛としていた。
すでに散りかけているのが惜しいなどと、ずっとほったらかしておきながら勝手なことを思った。
私は盛りが過ぎたその桜にじっと見入った。
点々と花をつけた桜は、おそらく満開の時であっても華やかとは行かなかっただろうが、それはそれで愛らしい。
物言わぬ桜をしばらく見つめていたが、仕事帰りの上、立ちつくしていた足にだるさを感じて、大した未練もなく私はその場を後にした。
来年、またこの時期に来てみよう。そんなことを思いながら、獣道のような、丈の長くはない草がことさら踏み固められて土の色が見えている本来の抜け道まで戻ってきたとき、油断していた私は誰かとぶつかりそうになった。
「わ、」
気の抜けたような間抜けな声が捕まえる暇なく喉から漏れ、少し情けなくなりながら顔を上げて、呆然としてしまった。
目の前に立っていたのは、まぎれもなく自隊の隊長。
その人は綺麗な顔にかすかに怪訝を浮かべてこちらを見おろしていた。
直属の上司と言え、ただの平隊員の私がこんなに間近に朽木隊長を見たことはない。
神か仏でも見たかのように、馬鹿みたいに口がぽかんとあいた。
内心冷や汗をかく私をよそに、朽木隊長は私が出てきた木陰に目をやった。
「ここで何をしている?」
抜け道を通るだけならともかく、さらにその脇の草むらから湧いて出てきた私は当然不審者であろう。この奧にめぼしい建物もない。もっともな問いだ。
「その……花見をしていました」
「花見?」
言った途端、朽木隊長の顔がさらに怪訝の色を増した。
先程、見頃を過ぎた桜を惜しいと思ったのと似た感覚がした。
せっかくの綺麗な顔を、そんな無粋な表情なんてもったいないのに。
けれどもそのどちらも、妙に美しいなんて思ったりして。
「この奧に、桜があるんです。満開を少し過ぎてますけど、まだちゃんと咲いてます」
「この時期に、か」
朽木隊長はまだ不審そうだ。
少しムキになって、私は草むらの奧を指さした。
「ホントですよ、まだ九割近く咲いたままなんです」
朽木隊長の片眉がわずかに上がった。
「見てみよう」
逡巡すらなく隊長がそう返し、私が指さしたままの草むらに目を向けたので、思わずえっ、と声を出して指さした手を引っ込めた。
「咲いているのであろう? 百聞は一見に如かずという」
涼しい目元の視線をまともに受け、言葉が出てこない。
嘘はついていないのだから困ることもない。だが、あの盆栽にできるほど小さな桜を思うと、どうにも気が引ける。
はたしてあれを前にして、花見と言えるのかも大いに謎だ。私は洒落でそう言ったに過ぎないのに。
けれど口を利いたのもはじめての隊長を前にして断れるような勇気も当たり前にありなどしない。
半ばやけくそになりながら、私は隊長を草むらの中へと案内した。
たった今来たばかりだから、今度は道を迷うことはない。
よく知ったかのように草原を進みながら、そう奧にはいることもなく開けた空間で足を止め、私はここです、と言った。
かなしいことに案の定、隊長は眉根を寄せて上を見あげた。
「下です、隊長」
いたたまれなさを覚えながら、私は少し離れた地面を示す。
さまよっていた朽木隊長の視線は急降下して、ぴたりと止まった。
袖の下で腕を組んだ姿勢のまま、不動になる。
…あぁ。穴があったら入りたい。
ひとりの時は可愛く思えた桜も、今は貧弱にしか見えないのだから状況の変化というのは恐ろしいものだ。
私のしゃがみ込みたいような心境を知るよしもないだろう、隊長は桜に歩み寄ると膝をついてまじまじと桜を見つめた。
長身の朽木隊長が膝をついてもまだそれより背の低い桜は、わずかばかりの花を付けた枝を風に揺らしている。
しばらく沈黙が続き、謝って全力疾走で逃げるという、出来もしない願望に似たデモンストレーションを脳内で繰り拡げていた私の耳に、心地よい低音の隊長の声が届いた。
「このような時期に、このように小さな桜が花を付けたのだな」
朽木隊長の感心したような声に、私は顔を上げた。
「邸の庭にある桜は今年も見事なものだったが、それに引けを取らぬ、また別の美しさだ」
朽木隊長がそう言ったのとほぼ同時に、桜の枝に雀が二羽、舞い降りた。
寒々しいほど花の少ない桜の木が、途端に趣のある、掛け軸の絵のように見えた。
隊長も同じことを思ったのだろう。
暖かな声でつぶやいた。
「桜と雀の実によく合うことだ。花の少ないのもちょうどいい」
「そうですね……」
本当に、赤みがかった桜の枝と同系色の雀と、かすかな淡い桃色の桜がぴったりと合って、とても綺麗だった。
でも…。
そこにいる朽木隊長がいちばん桜が似合うなんて、そんな臭いセリフは、口が裂けても言えはしなかった。
しばらくして、小さな桜の花見の後、朽木隊長はいい物を見せてもらったと言って立ち上がった。
今度は見頃を逃したくないものだ、と言った隊長の横顔に、私は絶対に来年まで覚えていようと、その時はただ、ただ単純に思った。
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