007
しばらくの間、その場に立ちすくんで動けないという感覚を味わった。
ショック。一言で言えば、まぁそのままそんな感じ。
冬獅郎くんの、鋭い、鋭すぎる眼眸に完全に飲まれてしまった。
私が睨まれていたわけじゃないけれど、まさに蛇に睨まれた蛙状態。
ドスッ!
生々しい音と、誰かの大声で我にかえった。
冬獅郎くんが男の顔面を容赦なく殴りつけた音と、誰かが呼んだ警察だか警備員だかが上げた声だった。
私は半分意識が飛んだまま、最初に私に向かって飛ばされてきた人も含めて三人の男の中から冬獅郎くんを奪い返すと、無我夢中で彼を連れて全速力で駆けた。
どれだけ走ったのか、足が疲れて震え、立っていられなくなるまで走り続けて、ようやく私は止まった。
どこかの商店街の小路だった。
道路の端でしゃがみ込んだ私の前に、私に腕をつかまれたままの冬獅郎くんは立っていた。
さすがに彼も息は上がっているが、喋れない私程ではない。
身長差もあるのに、と思ったが、持久力は子供の方があると少年兵のドキュメンタリーかなにかで聞いたのをとりとめもなく思い出す。
「………大丈夫?」
ようやく呼吸が楽になってきて、冬獅郎くんを見上げると、眉間にシワが寄っていた。
……これはどういう風に取ればいいのだろうか。
とりあえず彼の体を見回してみたが、目立つ外傷はなし。
回して後ろも確認。うん大丈夫だ。
よっこらせと立ち上がって、すぐ横にあった自販機に五百円玉を投入し、マイ弟を呼び寄せる。
選ぶように言うと、ためらったのか一度こちらを見上げてから、1番彼に近いボタンに細い手が伸ばされた。
コーラが落ちてくる。
この暑い中マラソンをして、さぞかし喉が渇いただろうと思ったのだが、はたしてコーラは渇きを癒すのに適しているのかと疑問に思いながら、残りのお金で自分の分のミニペットのお茶を落とした。
喉を潤し、空を仰ぐと冬獅郎くんを振り返った。
「帰ろうか」
あまり期待せずに差し出した手に、予想に反し、おずおずと手が乗せられた。
そして予想以上に小さな手に、この手で相手を膝をつくほどの勢いで殴ったのだと、柔らかなそれを包み込むように握った。
家に帰ると、母が奥から飛び出してきた。
一目散に冬獅郎くんに抱き着くと、訝しげに私たちを見回した。
「あら? あんた達、何も買ってこなかったの?」
言われて、ようやく外出の当初の目的を思い出した。
………アホだ。
「なんのためにあんた達置いて帰ったと思ってんのよー」
「おっしゃる通りで……」
「んもう、早くあがんなさい、荷物片付けるから」
母にせき立てられて部屋に向かえば、こんなに買っただろうか、文字通り山のような荷物が積まれていた。
「お母さん……なんか増えてない?」
「そんなことないでしょー」
「帰りになんか買ったでしょ」
「あははー」
「やっぱり」
嘆息して、袋から服を取り出すとタグを取り外しにかかる。
「ねぇ、しろちゃんこれ着てみてー」
「買ったやつ着せてどうすんの」
「いいじゃない、ちゃんと着たとこ見たいのよ」
ほらほらと言って、半分以上セクハラまがいに冬獅郎くんの服を脱がせる母。
止めるべきかと考えてる前に母が、あらっ、と声を上げた。
「これ壊れてるわね」
冬獅郎くんがここに来た時も履いていた七分のズボンのボタンを見て、母が言った。
ボタンが飛んで、無くなっているらしい。
「ボタン持ってる?」
母が尋ねるが、言うまでもなく、沈黙。
あぁ、この空気、どうにかならないものか。
服をタンスにしまっていた手をとめ、振り返ると冬獅郎くんと目があった。
「ある?」
駄目元で私も聞いてみる。
すると。
ふるふる。
首をゆっくり横に振ったマイ弟。
はじめて意思(?)表示したことに驚きつつ、ちょっとは慣れてくれたのかと安堵した。
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