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スライサーから取り出した大根とにんじんの細切りを、合わせ酢でざっくり混ぜ合わせる。

そのうちの数本を口に運んで、味を確かめ、馴染んだ塩梅であることを確認した。


リビングの時計は、もう少しで6時に到達しようかというところだ。キッチンに立ってからは、一時間近く経っている。

家の外からは、他のお宅の玄関の扉が開け閉めされる音や、話し声、足音が時折聞こえていたが、 内田 家の中だけでいうなら、この二時間ほどは、自身が使う包丁がまな板を叩く音や、鍋をコンロに置く音以外は、全く静かなものだった。

自分しか家にいないんじゃないかと思うほどである。


しかし、自室には小学生男児二人がいるはずで、彼らは今現在、話し合いをしているはずだった。



冬獅郎くんは、千尋也くんとどんな話をしているのだろうか。

今まで口を開かなかった彼が、真っ向からやり合った相手と話し合うような会話力があるのか。

なんともいえず、そわそわする。

一方で、これほど長い間、冬獅郎くんと会話できる(もし本当に話し合いをしているのならば)千尋也くんを、うらやましく思う。

私だって、まだほんの何言しか会話していないのに――!

そう妬ましく思うのは、仕方がないことだと心から思う。


鯖を切ったまな板を丹念に洗い、冷蔵庫から取り出した木綿豆腐をカンカン切っていたら、奥で自室の扉が開く音がした。

振り返ってしばらく待つと、リビングの扉が開いて、二人の小僧が入ってくる。


片方は両目を兎のように真っ赤にし、もう片方は相変わらず涼しげにしていたが、どちらもどこか、憑き物が落ちたような面立ちをしていた。



目を充血させた千尋也くんは、私と目が合うと、気まずげに視線をそらし、そしてまたおずおずと戻してくる。



「晩御飯、もう出来るよ」



包丁を構えたままそう言うと、二人してきょとんとした。



「どっちもお昼抜きになって、おなか減ったでしょ。私はもうぺこぺこ」



まな板の豆腐に向き直り、味噌汁の中に豆腐をいれ、最後に味噌を溶かす。

茶碗を出して、料理をよそい始める段になって、背後で小童たちが動き出し、いそいそと椅子に座る気配がして、思わず声を出さずに笑った。



「はい、おまちどう」



豆腐の味噌汁、鯖の味噌煮、紅白なます。

二人の晴れやかだった顔が、皿を出すごとにテンポ良く曇っていった。

高野豆腐としいたけ、ほうれん草のおひたしが最後にでん、と据えられて、完全に少年たちの表情は凍る。
冬獅郎くんの顔は温度が無いし、千尋也くんはあからさまに愕然とした。



「さっ、召し上がれ。――残したらどうなるか、分かってんでしょうね?」



これぞ最上の笑みというのを満面に浮かべ、腰に両手を当てて、二人を見下ろした。
気分は、朝のヒーロー物番組で言うところの後半Bパート初っ端、全力で啖呵切った悪役のドヤ顔シーンと言ったところだ。


もちろん、今回の一件に関して、傷心だから不問というわけにはいかないのだ。
私からは私からで、きっちりお灸をすえさせていただく。


二人のだいっきらいな、豆腐(しかも木綿)、魚(しかも煮物)、高野豆腐(しかも揚げてない)、ほうれん草、人参の酢の物。そしてどう考えてもメニューに合わないラッキョウが、それぞれ二粒ずつ。

買い物に行けなかったから、究極にというわけには行かなかったが、全部が全部、それぞれが好ましくないメニューであろう。どちらも嫌いなものが、同じくらい入っている。

喧嘩両成敗。どちらが悪いとかないのである。
大岡越前様は、大変いい言葉を御残しになられた。



なかなか箸を手に取らない二人をよそに、食卓についた私は両手をあわせ、


「いっただきます!」


どれも久しぶりのメニューに、嬉々として手をつけた。

















番茶を湯のみにそそぎ、ちらりと見上げたが、相変わらず二人の動きは鈍い。

私はとっくに食べ終わり、食後の一服に突入したが、いかんせん、少年どもの食事が終わる気配が無い。


無くなっている品物と、そうでないものの差が面白いくらいに激しかった。

ほうれん草だけが残ったおひたし、かたや、高野豆腐だけが残ったおひたし。

千尋也くんの紅白なますが、白一色になっているのは見事だと思う。そんなに嫌いか、人参。
大根と食べれば、まだごまかせただろうに。

冷めたら余計まずかろうと思うのだが、分かっていても鯖の味噌煮は乗り越えられない壁なのだろう。



ため息をつきつつ、立ち上がる私に、すがるような視線が千尋也くんから向けられた。
『もういいよ』、と言ってくれるかとの期待が、表情の奥でちらちらしている。

しかし、私は食事前に宣言している。



「早く、食べちゃいなさいね」



にっこり。

撃沈した少年たちを置いて、風呂を沸かしにリビングを出る。

こんな程度のお仕置きくらい、きっちりくらっていただこう。
リタイア無しのサドンデスである。









風呂桶にお湯をため、バスタオルを取り替えてリビングまで戻ってきたとき、千尋也くんの押し殺した声がした。

何事か、と足を止めて耳を澄ますと、聞こえてきた言葉に、思わず破顔してしまった。



『おい、お前の豆腐食ってやるから、人参とほうれん草食って!』

冬獅郎くんの声はしないが、控えめに食器の鳴る音がせわしなく響く。

『高野豆腐よこせって! うげ、らっきょはオレもいらねぇよ!』





……一番風呂でもいただこうか。


着替えを取りに行くため私室に取って返し、感情が高ぶってだんだんと大きくなっていく千尋也くんの声に、笑いを押し殺しながら背を向けた。
















「……ま、合格としましょ」



じっと、こちらを伺うようにして見上げてくる、二組の双眸から、とたんに力が抜けた。

風呂上りにリビングに戻ってきてみれば、テーブルの上には中身の無くなった食器群。

お互い苦手だった鯖の味噌煮だけは、骨の取りやすい魚であるにもかかわらず、とても綺麗とは言えない残骸が双方の皿にあったが、十分奮闘した様が見て取れた。

千尋也くんは、普段はまだ伯母さんに骨を取ってもらっているのだろうし。


結局鯖とラッキョウ以外の苦手食材は交換したのだろうが、そこは仲直り特典ということで、目を瞑ろう。



「はい、じゃあお皿洗ってね」



早々にリビングを退散しようとしたチビ二人にトドメをさすと、うんざりとした表情を隠そうともしない千尋也くんの後ろに、無表情の冬獅郎くんがしたがった。

正直、これに関しては、仲間外れにされた私から、二人の密談に対する当てつけである。










そんな小さなジェラシーが、バレていたのかも、と思ったのは、少年二人の風呂上がりだった。



先に冬獅郎くんがお風呂に入ったために、ゲームを稼働して順番待ちの体制の千尋也くんにさりげなく寄り添い、

「ねえ、二人でなにを話したの?」

口の軽そうな方から探りを入れてみたが、

「男同士の秘密だ!」

なんとも古典的な理由をたくましく掲げられて、断られてしまった。
……じつにつまらない。


液晶テレビの中、ドットのキャラクターをマップ内を忙しと駆けまわらせながら、今度は千尋也くんが機嫌もよさそうなまま口を開いた。


「明日、ちゃんと手伝ってやるよ」


随分な上から目線で、何の事を言われたのか考えたところに、ちょうど冬獅郎くんがお風呂からあがってきて、ああ、誕生日の準備を頼んだ返事か、と思い至った。



「ああうん、お願いね」

「じゃオレ、風呂入ってくる!」



きっちりセーブしてから、えらく切り替えも早くお風呂に駈け出して行った千尋也くんを見送りながら、相変わらず濡れきった髪の冬獅郎くんを呼び寄せた。


なにか、と問うような顔をした彼に、

「二人で何の話をしたのか聞いたのに、男同士の秘密とかいう、こじゃれた理由で教えてくれなかった」

と言い訳代わりに答えて、そもそも、その話をしていたことを思い出す。


正面からバスタオルをかぶせて白髪をかき回し始めると、翡翠の眼がこちらを見上げていた。



「なんの話をしてたの?」



物は試しで、口が堅そうな方に尋ねてみた。が、やっぱり秘密というように、冬獅郎くんの薄い唇は開く気配がなかった。

あれだけの間二人でいて、会話したのはそうだろうに、私は声すらまだろくに聞けていないのに、いま返事すらしてくれないのか。ずるい。



私が子供みたいにへそを曲げたのが、顔に出たか、手つきに出たか、それはどうやら悟られてしまったらしい。

不意に冬獅郎くんの、案外大きい肉付きの悪い手をのばされ、それは無造作に指一本立てて、体温だけが伝わるくらい僅かな空気の壁を挟み、私の口の前までやってきた。

シイーッの、その形になって、



「秘密」



と冬獅郎くんは、宥めるか、もしくは悪戯か、いつもの無表情か、どれか判別しきれない、かすれかけた声音で、そう告げた。

言ってしまってから、その指先はちょっと私の口先を掠め、すぐ自分の領地に帰って行った。



「……けーち」



ここらへん、よく立場が逆転してしまうのは、なんでなんだろうか。

宥めてたはずの私が宥められて、ごまかしてたはずの冬獅郎くんにごまかされてる。

最初はこんなことなかったはずなのに、ここ最近顕著だと思う。


いつか、かなわなくなるんじゃないかしら……。立ち上がるマイ弟をなんとはなしに目で追っていると、

立ち上がって視線の高い、バスタオルを頭からひっかぶったままの冬獅郎くんに、



「お互いさま」



うまく声が出ずに、ほとんど擦れたような息でもってして、角のない口調でそう切り捨てられた。

自分より目線の高いところから、電灯の逆光背負って妙に大人びて見えたその顔に、思わずなんだこいつかっこいいな! とか、ミーハー思考が回ってしまったのは、それこそ永遠の秘密である。




















ステージの中を三つの風船をくっつけたカートで走り回って、風船を死守し、もしくは相手のそれを割る、という懐かしのテレビゲームを三人で二戦やったところで、いい加減に寝ることにした。


COMを三人でフルボッコにするという、下らない遊びを一回やったあと、全員がフェイントをかけて醜い同志討ちになったのは余談である。



「いやあ、しかし冷えてきたね」



冷え症の私としては、大変堪える季節も、本腰に入ってきている。

冬獅郎くんの体温が低いのは体感済みなので、千尋也くんをとっ捕まえて暖を取りつつ、私の部屋まで二人を送り届けたが、敷かれた二枚の布団を視界に入れ、ゲームで上がっていたテンションのまま、少年二人をひっつかんだまま布団に飛び込んだ。



「うわっ、重い!」

「失礼な!」



のしかかった千尋也くんに割と本気で怒られ、少し凹みそうになるところをどうにか言い返して、布団に陣取る。



「姉ちゃんあっちの部屋だろ!」

「うるさーい、姉ちゃんは寒―い」

「リビング電気付けっぱだろ、節約しろよ! エコ精神!」

「はい、じゃーんけん、」



ぽん、と大きな声で振り上げた手でパーを出すと、釣られてグーを出した千尋也くんに勝った。



「はい、電気消してきて、ダッシュダッシュ!  地球のエコのために!」

「ひでー! もっかい!」

「ハイじゃんけんぽん」



すぐにもう一回コールすれば、とっさでまたグーしか出せずに負けた千尋也くんが、「ガーッ!」だか「ダーッ!」だかの怒声を上げてリビングに猛然と走って行った。

そのすきに跳ね起きて部屋の電気の紐をすばやく三回引いて消灯し、冬獅郎くんを引っ張って、二枚の布団を陣取って潜り込んだ。

間をおかず駆けもどってきた千尋也くんが、また正体不明の怒声を上げて襲いかかってきて、蹴るわ押すわで手荒く布団から追い出された。



「…ひどい」



布団の谷間に転がされた私は、冷えた空気に丸まって、反対側の冬獅郎くんの布団に狙いを定める。



「すみませーん、夜分遅くに申し訳ありませんが」



コンコンと、無い扉をノックして、丁寧至極にそう白髪に声をかけると、やや胡乱気に振り返った翡翠に、渾身の悲壮な表情を作ってみせ、



「今晩の宿を無くしまして、寒さで凍えて死んでしまいそうです」



お宅に入れては下さいませんか、と芝居がかって目元など拭ってみせると、さぞ億劫そうな様子でもって、しばらく見やられたのち、緩慢に自身の掛け布団を持ち上げてくれたので、嬉々としてその懐に潜り込んだ。

低体温といえ、やはり人肌とは暖かいものである。

気が変わったとしても、今度は追い出されないようにぴったり身を寄せたのが、ずいぶん久しぶりな気がした。

千尋也くんが来てから、ほとんどこのマイ弟と絡んでいなかったのではないか。
ふと思い至る。
背後で、問題児はすでに眠りの中に落ち着いているようだ。

千尋也くんが腕白なあまり、しっかりものの冬ちゃんは“放っておいても大丈夫”枠に分類して、甘えていた。



「…冬ちゃん、ごめんね」



聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声で呟いたら、抱え込んだ暖かい彼が顔をあげ、白髪の隙間から翡翠が覗いた。



「千尋也くんにてこずって、甘えてた。ちゃんと行き届いてたら、今日、冬獅郎くんが大変だったのも、もっと早く気付けてたかもしれない」



彼のおかげですぐに暖かくなった布団にまどろみながら、夢うつつの反省を吐露する。もう夢の世界がすぐそこまで迫っている。こんな状態での謝罪では、寝逃げと変わらない。

ずるいなあ、私。さっき冬獅郎くんに「お互いさま」って言われたのも、当然だ。



「ごめんね」



滑舌の悪い口で絞り出した声を境に、急速に意識が眠りの中に引きずり込まれていくのがわかった。


まるで井戸の中にすべらかに落ちていくような感覚の中、井戸の入り口から覗いた影が、


「ずるい」


そう言って呆れたように笑った。


















‐‐‐‐‐‐‐‐アトガキ‐‐‐‐‐‐‐‐‐


(^u^)

こんばんはー、お元気ですかー。お久しぶりですぅううう^m^


(;一_一)


いえ、ね。自分でもどうかと思う、この更新の空きよう。ちなみに、おとといが試験でした。
相変わらず見たことないウルトラC級(個人的に)の応用問題が出てきて、もうワシ泣きそうだった。

うん、言い訳するならこんなとこかな。


ところで冬ちゃんの誕生日を、全力で2日間違っておりましたが、22日って誰の誕生日よ!と思ったら、REBORNのベルの誕生日だったね、たしかね。

ベルの顔を思い出そうとすると、平子しか出てこない罠。ナンテコッタイ。


誕生日ちがくね?馬鹿なの?しぬの?と教えてくださった皆様、まことにありがとうございました。おっしゃる通りでございます。



ところで、前回連載を更新した後、まさかのサーバーさんが閉鎖という由々しき事態が起こり、急遽移転したこのサイトへのアクセス数も多少減るはめに^q^

ものすごく心臓に悪い出来事でした。

うちは閉鎖してないからね!逃げ延びたからね!



それから、世間の流れに流されて、ガラケー派だった管理人もついにスマホになってしまったのですが、意気揚々と青歯のワイヤレスキーボードを買ったはいいものの、PCからメールで小説を送ると、編集するときに改行がすべて削除され、詰めっつめの文章に改悪されるという事態に、悶絶したとかしないとか。

絶★望(=^・・^=)

Wordの文書が編集できるアプリを探してるんですが、なかなか…最近金欠なので、有料アプリに手が出ない^^^^^

使い勝手が悪かったらと思うと、どうしてもね…

ちょっと今、どうしようか考え中です。




さあ、冬ですねえ、寒いですねえ、まじ雪万死なんですけど。おととい辺り、初雪降ったかと思ったら、なんかもう積り気味なんですけど。

やめてー!まだ早番出勤で明け方に車庫前の雪はねなんてしたくないのよー!


そんなこと言ってたら、背後でやってた、えぬえーちけーの天気予報で、「北海道では最大30cmの雪が積もるでしょう^^^^^^^ワロス」とか言いやがった。




さて、次回の冬獅郎連載は、誕生日やって、千尋也くん御帰還で、2,3話で千尋也くん編完結ですかね。

崎守くんやらクリスマスやら挟みつつ、お正月!

これからは冬ちゃんが口を開いてくれることになるはずであろうと思われるので、話の展開が楽になるような、むしろ大変なような(^u^)


121120



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