075


「冬ちゃん。いったいどういうことなんでしょう」

「………」




まさかの相手校教師の公認リベンジマッチに参戦した、我が家の喧嘩小僧を家に連れ帰って問いただした。


冬獅郎くんは腹部にパンチだかキックだかを食らったらしく、肋骨下には赤紫の痣まで浮かんでいた。

他に怪我がないか確認して、手当てした冬獅郎くんを逃がすわけ無く説教モードに突入したが、居間で正座で向き合っても返答はない。



隣のリビングでは、練乳をかけた苺を千尋也くんがポイポイ口に運びながら、横目でこちらを窺っていた。







「私、怪我しないように帰っといでって言ったよね。喧嘩しに行ってどうするの! 学校は終わったらおうちに帰るものでしょう!」

「へっ、俺と同じこと言われてやんの」

「千尋也くんは黙って苺を食べるっ」



ちゃちゃを入れる小学二年生に、口を開かない小学五年生。


折悪く、ピンポーンと鳴った玄関チャイムさえ腹立たしくて、千尋也くんの命名するところの“ぷりぷり妖怪”になりながら玄関へと立ち上がる。



だから、その少し席をはずした間の出来事は、知らなかった。






















千尋也は苺を口に放り込みながら、居間に正座してまっすぐ前を見つめたままの従兄を眺めていた。



テレビの芸能人でもなかなか見ない、白髪と緑の目は、アニメに出て来るような風貌だ。


連れて行って慶都や翆に会わせて従兄だと言ったら、あいつら驚くだろうな。

今日の様子からして、喧嘩も半端なく強いらしい。



「お前も怒られたりすんだな」



口うるさい母親が見たなら叱られるだろう、フォークを持ったままでテーブルに肘杖を突きながら、人形みたいな従兄に声をかけた。


もっとも、この従兄は、人形と称するにはいささか目つきが冷たく荒々しい。整った顔立ちだとは思うが、綺麗と言ってしまうよりは、まだ男前の方に傾倒している。


喋らないという点を無視すれば、文系よりはスポーツ系、草食よりは肉食の顔だよな、とよく母親がテレビを見ながら言うように評す。


白髪の従兄がこちらに振り向けた視線は、草食にしてはやっぱり鋭すぎた。



「なぁ、なんでこの家に来たんだ?」



千尋也が内田家に預けられて、この従兄が喋らないということは、千尋也ももう把握していたので、返答は特に期待することもなく、暇つぶしに問いかけた。


相手はやはり、沈黙したままこちらをじっと見ているばかりだ。


玄関口から、従姉の声と、妙に耳につくおばさんの話声が聞こえてくる。

相手の口調が、つんけんしているのが、言葉は届かなくても分かる。対して、従姉は平身低頭でなにやら謝罪しているようだ。

ずいぶん手こずっているようで、なかなか戻ってこない。



ふと、千尋也は、こちらの家に来る前に、母親に口酸っぱくして口止めされたことを、目の前の従兄に聞きたい衝動に囚われた。


それは一度思いついたら、好奇心に喰らいつく。
千尋也のちっぽけな自制心では到底振り払えない。



ストッパーになるものもなく、千尋也の口は好奇心と小さな嗜虐心とに促されるままに緩んだ。



「お前、夏休みん時に、姉ちゃんちにヒキトラレたんだろ? お前の元の家とか、母さんとか、どうしてんの?」

「……」

「血、繋がってないのに、“家族”ってなれんの? 捨てられたってマジ?」



千尋也は、食い入るように冬獅郎の緑の目を見つめた。



大人たちが言う、“他人が家族になる”とか、“親が子供を捨てる”とかというのは、千尋也には分からない話だ。

千尋也の現実に、そういうことは存在しなかった。



千尋也にとっては幽霊よりも突飛に思えるそんな話が、本当ならそれがどういうものなかのか。冬獅郎が見せるであろう動揺から、推し量ろうと思った。



寂しさや、悲愴を、千尋也は予想していた。

突然できた“従兄”は、親のいない、カワイソウな子なのだ―――。



「っ…!」



見えない首輪をはめられたみたいに、千尋也の体はとつぜん、動かなくなった。

背中に妙な力が入り、キンッと、痛いほどに引きつる。



従兄の緑の瞳は、色味を増したようにぐっと深くなり、彼を取り巻く空気がズゥンと重量を増した。



冬獅郎が浮かべて見せた色は、“養子”というものと同じくらい、千尋也の知識の中にはない、知らないものだった。

まるで親しみなど、感じない目だ。


それはいつか見た、動物園の檻の中の狼の目だった。


はるかに暗くて、ずっと黒い。



「なんだ、よ……」



立ちあがった従兄が、こちらに三歩で距離を詰め、目の前に立つ。


思わず同じように椅子から立った千尋也の目線は、ほとんど同じ高さで従兄と間近に交わった。



無意識に逃げようとして、肩を掴まれた。

冷たい目が、こちらを見据えている。



知らない。

怖い。



“従兄”は、千尋也が今まで出会ってきた中の、どの人間とも違って、異質だ。

映画で見る、アンドロイドと同じくらい冷たくて、物言わぬ亡霊と同じくらい不気味だ。




「お前も」





従兄の薄い唇が開いて、声がそこから流れた。

なんだ、こいつ喋るんじゃんか。

脳みその一片が、場違いにそんなことを考えた。



はじめて聞いた従兄の声は、やっぱりアンドロイドや亡霊みたいに、体の中心をひやりとさせる温度だった。





「このまま親が迎えに来なければ分かる。親も家族もいない、他人だけの世界」





背後でがちゃり、とリビングの扉が開く音が聞こえたが、振り向くこともできなかった。




「今のお前の“寂しい”なんか、甘い位に」




従兄が、履いていたカーゴパンツのウエストの左に手をかけて、ぐっと下にずらした。

イッ、と千尋也の喉の奥が、潰れたような悲鳴を上げた。




「待ってたって、駄々をこねたって、誰も助けてなんかくれない」




冬獅郎の左の腰骨の横に、斜めに走る、猫の肉球みたいなピンクと黒ずんだ色が混じった傷跡がカーゴパンツのゴムの奥から覗いていた。



友達に見せてもらった、魚の骨みたいな縫い合わせた傷口なんかとは全然違う、切れない物で無理やり引き開いたのが、そのままくっついたみたいな傷だ。

なだらかでない表面は、カーゴパンツに遮られているが、まだまだ下に続いてるようだ。



さっきの喧嘩の痣どころの怪我じゃない。

昨日今日出来た傷ではないが、痛みと血の色を連想させるくらいには生々しい。



肩を掴んだままの従兄の右手を衝動に任せて振り払い、飛びのいた。


ガタガタッ、と椅子が蹴られて踊り、リビングに戻ってきて、千尋也の背後で絶句していた祐にも構わず、千尋也は叫んだ。


「オレはお前とは違う! お前なんか、姉ちゃんもホントの姉ちゃんじゃない、オレなんかより全然ほったらかしの、どっかからきたタダの人形だ、よその他人だ!」

















飛び出して自室へ走っていった千尋也にも反応出来ず、もろもろの事が余りに衝撃的すぎて、固まって動けなかった。


いったい何がどうなって、このありさま。



噂好きの例のおばさま直々に、最近我が家に増えた小僧についてのクレームじみた偵察から解放されて、鬱々とリビングに戻って来てみれば、めったと口を開かないマイ弟が喋っていて、彼の腹には知らなかった傷があって、千尋也くんは恐慌状態だった。






弟は、片目から涙を頬に伝わせていた。

冷たい顔をしたまま、泣いていた。


しゃくりあげもしない。悲しいのだろうか、辛いのだろうか。



どうして、そんな顔をして泣くの?


使い物にならない脳みそはもう投げ捨て、千尋也くんか冬獅郎くんか、どちらに行くか逡巡した末に、より重症に見える冬獅郎くんに歩み寄った。



「冬ちゃん…?」



頭の形を取るように、そっと白髪を両手で撫でる。


リビングに戻ってきた時には既に泣いていたから、千尋也くんの捨て台詞が涙の理由ではないことは分かる。

その前も、玄関にいて争うような声は聞こえていなかった。暴力をふるわれても泣くような子でもないだろう。



冬獅郎くんが、いつになく動揺を面に出していて、時折見る人形状態とも全然違う。





「冬獅――」





視線を合わせるのに屈ませた膝は、飛びついて来た冬獅郎くんの強襲に耐え切れずに、勢いよく後ろに倒れた。



「うわっ!」



首に絡んだ冬獅郎くんの両腕と、床の上で互い違いになった二人分の両足、後ろ手に尻もちをついた私の上に、膝立ちのまま倒れ込んだ冬獅郎くんの上半身は重い。


おおう…腰にくる……。


衝撃を緩和している間に、額に別の衝撃が追随した。



目の前には冬獅郎くんの顔があって、鼻っ柱を白髪が私の黒髪に交じって重なっていた。


血の通わない髪なのに、なんだか暖かいな。


私よりよっぽど白い肌は、焦点が合わない距離でぼやけていて、形のいい耳介が普段見ることのない近さで蛍光灯の明かりに光っていた。



冬獅郎くんは、こらえきれない飢餓のような哀情を埋めるものを求めるかのようだった。
伏せた眦から滴が伝い、点々と私の頬に落ちてくる。
一見静かな呼吸は、寒さに震えるようにかすかに揺れていた。



翡翠の目が、こぶし一つ分、上から見下ろしていた。

こらえきれないように、冬獅郎くんが呟いた。







「ここは、平和すぎて……怖い」







壊しそうだ。

声変わりしていない割に、低めの声が言う。

伏せた目から、また涙がこぼれて冬獅郎くんが俯いた。

私の口は、自分でもどうかと思う位に、緩慢に動いた。



「多分、その時は冬ちゃんが壊れる方が先だよ。そんな風に、堪えようとするから」



冬獅郎くんは、焦点がぎりぎり合う距離まで体を少し離して、肉の薄い両手で私の頬を包んだ。

まるで、本当に壊しそうだとでも言うみたいに、ひ弱な子猫をくるむような手つきだ。


こうして見下ろされると、私の方が年下になったような気分だ。


実際、冬獅郎くんにはそれくらい私が頼りなげに見えているのかもしれなかった。



「ねえ、冬獅郎くん。この世界は思ってるより甘くないよ」

「死んでも家族なの。お父さんもお母さんも、今後他人になることなんてない。逃げられないよ。どんなに冬ちゃんが、ぬるま湯みたいなこの世界に苦しくなったって」



傷つけたって、傷つけられたって、



「壊れたって、家族だよ。だから、大切にしてね。間違ったって、殴られたって構わない」



にっ、と、口角をあげた。

なんでだろうか。今までに冬ちゃんが問題を起こした時なんかより、全然なんでもないと思える。

泣かなかった今までより、泣いている今の方が、きっと心が近い。


思いっきり尊大な笑みが私の顔に浮かぶのは、虚栄なんかじゃない。



「どーんとぶつかって来なさいっ。今みたいに、尻もちついたって抱きとめてチューしてあげるから!」



待ち合わせをすっぽかした千尋也くんに言ったのと同じセリフを、胸を張って言える。



毒気を抜かれたみたいにポカンとした冬獅郎くんを、盛大に抱きしめた。

ぎゅうぎゅうに力を込めて、頭をすりよせた。


かわいい弟だ。柔らかい白髪も、きめ細かいほっぺたも愛しい。

私より細いくせして、信じられないパワーを持つこの両腕だって、きっと優しいと思うのは、姉の欲目だろうか?



「姉ちゃんは、ちょっとやそっとじゃへこたれません! なぜなら弟ラブだから!」



瞠目していた冬獅郎くんが、眼元と口元をふっと緩ませ、少しだけ困ったように眉を顰めて破顔した。


あまりに自然に冬獅郎くんが笑ったのが、見惚れるほどキレイで、こちらがポカンとしてしまった。


なんという天使………!
こっ、これはぜひともカメラにおさめたい…!!



柔らかな弧を描く薄い唇を食い入るように見ていたら、ぐっと、その笑顔が近づいて、ちゅっ、と私の右頬に音を立ててくっついた。





「は…?」





ほっぺちゅー…?

チューしてあげるって、言ったけども。私言ったけども!
なんで私がチューされたの!?


顔面フリーズ。


離れた冬獅郎くんの涼しい顔を見ていたら、どうにもこうにも、いてもたってもいられないほどに照れて来た。

いい年こいて、身悶えてしまう。



「うぉおおっと! 千尋也くんとこ行かないと!」



勢いに任せて立ちあがろうとして、冬獅郎くんに押さえられた。





「俺のせいだから。俺が行く」





ほとんど物音をさせずに冬獅郎くんは立ち上がり、私の上からあっさり退いて、あっという間にリビングから出て行った。

止める暇もない。



冬獅郎くんも、自分の事、“俺”って言うんだ……。

違う、それはいいんだ! いやよくないけど! いや違う!



そういえば、前に怪我したときのお礼も、頬っぺたスキンシップだったな…。彼にとっては通常運行なくらい、自然なことなのだろうか…。





「気軽にちゅーとか、言うのやめよう」





なんか、完全に私が付いていけてない。


リビングの床から立ちあがれないまま、しばらく一人で反省会をしていた。


顔がにやけてしまったのは、ご愛嬌ということにしていただきたい…。















-----アトガキ-----


ふわぁああああい!!\(^O^)/←崩壊
こんにちは、カス管理人だよ!あとがき?ノーコメントだよ!!

シリアスに走ろうとするのを全力で止めた結果がこれだよ。世の中幸せが一番だよ。暗いのきらいなんだよ。




近況としては、絨毯のコロコロが見つからなくて悲しいです。

あと、後輩が貸してくれたスキップビートが面白くて、ハマりました。

そしてはじめてテイルズ(借り物)をやり、

迷惑メールが1日に何百と届き、

こたつを片付けました。

あといつまでたっても朝夜が弾けないです先生。


取り留めねぇな!これはひどい。(確信犯


そういえば春になったけど、新しいアニメのラインナップの確認を忘れていた…!というかガソダムそろそろ終わりじゃないのか…!!次は何!!

あとで確認しよう。
もう新しいアニメになってたら全力で泣く。

そして青エクは相変わらず見ていないで、銀魂ばっかり見てる^^^^^^

ミツバ編テラ悲しす…!

とっしーとくっついて、ぜひソーゴくんと弄りあいの不毛な血みどろの三角関係になっていただきたかった。残念きわまりない。





とりあえず、一人暮らしを目論んではや○年。タイミング逃しまくって、資金だけが無駄に貯まっている今日この頃^^^^^^

実家暮らしって豊かよね。


どれくらい貯まったかって、生活用品を百均じゃなくてLOFTで揃えられる位^ω^

でも貧乏性だから、百均で210円の座布団とか買うんだろうけどね!

百均の百円の座布団はさすがにペラすぎて、腰痛持ちにはツラい。




さて、あとがきだか雑談だか分からない、長ったらしい無駄話にお付き合いいただきました皆様。

ここまで読んでも、連載に関してはノーコメントだよ!!wwww\(^O^)/


120501


PS
更新が遅れまくり&完全暴走申し訳ありませんっしたぁぁあああ!!!(スライディングうつ伏せ土下座andローリングverナイジェリアスタイル

※所詮鶏。



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