072



海に来ている。波間を漂って、やわらかな光の中をまどろんでいる。
それはとても心地が良かった。暖かく、ふわふわとして、まぶしすぎることもなく、水は私の体を包むように支えていて、ゆりかごのように揺さぶっている。

でも、なんとなく、ここにいてはいけないのだ、と頭のどこかで知っていた。それがなぜなのか、ということまでは思考が展開しなかったために、私は知らない。

だけどもダメなのだ、ダメ、そうダメなんだ。

ダメ、ダメ、ダメ、早くここから出て、ここにいちゃいけない、早く―――――しなければ。



「ん……、何をだっけ…」



自分の声で、覚醒した。

頭の中の靄があれよあれよという間にすっきり晴れていき、全身の感覚にリアリティが戻る。
体が緩やかに揺れているのは、夢の続きと同じだったのでしばらく気付かなかった。

くっつき気味の瞼を押しあけ、視界に入ったのはこの世の中でトップクラスの造形美。陶磁に翡翠に絹糸だ。それらで出来たビスクドールだ。
そんな感じのマイ弟だ。



「あれ、冬ちゃん」



あいも変わらず、寝起きの自分の声はひどい。がらがらで喉に痰でも絡まっているおっさんみたいな声だ。

我が家のビスクドールの方はというと、正しくお人形さんのように一切の表情変化のないままに私を見下ろし、ただ見つめていた。

じっと視線を合わせている間に私がくみ取ったことといえば、ああ、彼が私をずっと揺り起していたのだなということだけだった。それを示すように、彼の手が私の左肩を掴んでいた。


昨晩は、冬獅郎くんに千尋也くんを押し付け、そのまま自分は居間で寝たんだったか。なにかあって冬獅郎くんは私を起こしに来たのかと、辺りを見ると朝だった。

何事もなく、一晩が終わったか、と安堵のため息をこぼして起き上がる。
よかった。なんだかんだで睡眠という作業が終わって。



「どうも昨日はありが…………」



まだ寝起きでうだる体を冬獅郎くんに覆いかぶさることで支え、顔をあげたとき。私の目に入ったのものが、ただでさえ働いていなかった思考に完全にとどめを刺した。



最後に見たときは、上のほうを散歩していた、あの短針が今、出歩いてるのは……



「………八時?」



正しくは七時五十三分。見間違えかと思った。しかし紛れもなく短針が御在宅なのは、七と八の、大いに八よりの位置なのである。

冬獅郎くんの背中に張り付いたまま、それがどういうことなのか考えてみた。いや、考えたいと思った。でも考えるという作業はどういう命令を出せばはじまるのだろう、脳みそはその時刻を前にして、何の結論も状況報告もはじきださないでいた。

私は昨日、六時過ぎには起きようと思ったのだ。千尋也くんを、高校の先にある小学校まで自転車で送っていかなければならないし、そこから引き返して自分も高校に行かなければならないのだ。それなのに今の時刻は八時前。

冬獅郎くんが、私の手を握って促すように引っ張った。

視線を落とす。翡翠とかち合う。

するりと私の腕から抜け出した冬獅郎くんが、繋いだままの手をぐいっと引いた。それに私の体がついていって、ふわりと立ち上がる。そのまま手は引かれ、布団を敷いた居間からリビングへと出た。

そうだ。ぼうっとしているわけに行かないのだ。



「…着替えなきゃ」



そう口にしたら、冬獅郎くんがこちらに背を向け、繋がれた手に導かれるままに私は自室に走った。











よくよく考えれば、朝なのに冬ちゃんが私より先に起きている時点でおかしいのだ。
おそらく、ド低血圧なのだろう彼は、いつも後から起きて来る。私が動きだした気配で必ず目は覚ますが、そこからが長いのだ。

それでも、ある程度生活リズムというものは付いていたのだろう。もし、千尋也くんのことがなければ、ぎりぎり間に合わないこともない時刻である。朝ごはんを口に突っ込んで飛び出せば、先生が来る前に教室に辿りつける。
でも今は、三人中二人はアウトだ。冬獅郎くん以外、脱落である。



「千尋也くん早く歯みがいてー! 靴下はこっち!」

「えーっ、もう歯とかどうでも「よくないの!」……チェッ」



もう学校行かなくていいじゃん、とか言い始める千尋也くん。だめだ、自主的に動かない子を動かすすべを誰か教えてくれ。



「冬ちゃん、そこのトースト持って先に出て!」



どこにいるか分からないマイ弟にそう叫んだ。彼の俊足なら、朝の会には間に合う。問題といえば、トーストという喉に詰まらせやすいものを食べながら走るという自殺行為についてだろうか。

冬獅郎くんなら、自分でなんとでもやってのけるだろう、と千尋也くんにランドセルを背負わせ、トーストを持たせ、紙パックのリンゴジュースを持たせた。


と、不意に、トーストの欠片が顔の横から出現した。
何事か、と振り返ると、トーストの先には冬獅郎くんの白い手がある。そこから彼の顔まで視線を辿らせる前に、トーストが口に放り込まれた。

咀嚼すると、暖かいパンからバターが滲む。

トーストの欠片をのみこんだ私の横を冬獅郎くんが駆けだしていき、千尋也くんを捕まえた私がそのあとに続いた。






一階の自転車乗り場でかごにかばんを放り込み、荷台に千尋也くんを乗っけていつもより重いペダルと根性で押し出す。



「あら、祐ちゃん、遅刻?」



自転車置き場から道路に出て出会ったのは、あの噂マニアなおばさま。



「どうもおはようございますー!」



ひきつりそうな顔面をどうにか無理やり笑顔に変えて、会話する暇を作らないように挨拶しながら駆け抜けた。

ペダルが重い。



「姉ちゃん、間に合わないって。諦めよう!」

「やかましっ、はやくそれ食べちゃいなさい!」



某五才児アニメで、息子を全力で自転車こいで幼稚園まで送り届けるお母さんが脳裏によぎる。
ああ、まさしく私、今あの状態だ。

心底脱力した気分だったが、必死に回転させる足を止めるわけにもいかず、背中に千尋也くんを引っ付けて全速力で朝の通学路を駆け抜けた。










「めっずらしー、休みじゃなかったんだ?」



どちらかといえば切れ長の目を見開いて、崎守くんが丸めた数学の教科書片手にそう言った。


結局、あれから千尋也くんを送り届けてから引き返し、一時間目も終盤になって高校に到着した私は、そこから出せる顔もなくて図書室で時間を潰した後、休み時間に担任に遅刻で登校したことを報告してから二時間目から授業に出た。

千尋也くんは…まあ当然間に合わなかった。

でも今へこんでるのは、昼食のお弁当がないので購買に行こうと思ったところ、普段が弁当生活だけに財布がなかった件だ。
そして手近な友達の所持金が、どいつもこいつも二桁台というあり得ない所業である。お前ら小学生か!

それらをかき集めてもこっぺぱん一つ買えやしない。メロンパンなんて贅沢なことを言っているわけじゃない、こっぺぱんですら買えないのだ。

だって、自分のパン買う分しかお金持ってきてなかったんだもーん、という友人の弁を聞いたばっかりである。

朝も食べずに競輪やった私に、これはあんまりである。



「ふうん。なあ内田、あいにく俺に至っては所持金一ケタで、援助金は出せない。が、ここに購買不動の2トップ、焼きそばパンとチョコチップメロンパンがある」



教科書とは逆の手にぶらさげたヤマサキのパンの子袋二つを、彼は机に打ち倒れた私の目線の高さまで持ち上げた。
突如視界に現れた黄金のブツを目の前に、自然、がばりと体が持ち上がる。



「一個恵むかわりに、俺の話をちょっと聞いてけ」

「よろこんで!」



眼前につるされた餌に、逡巡すらなく尻尾を振った。
後から思えば、もうちょっと考えろ自分と言いたい。世の中、おいしい話には裏があるというのが通説ではないか。



「俺と付き合ってみませんか、って言ったら、どう?」



しかしまあ、爆弾が投下されるなんて思いつきはしない。










「即刻オッケーなら、どっちもあげてもいいけど」



軽く笑った崎守くんは、ボリュームある方オレな、と言って、チョコチップメロンパンを私に放った。

とんでも発言は、彼の異様に上手い内緒話のおかげで、ピンポイントに私の耳だけに届き、誰も聞いたものはいないようだった。


目も口も、ぱっくり開いた私の顔を見て、「その顔、傑作」なんて笑って去っていった崎守くんは、とても告白してきた奴とは思えない。

いやー……絶対嘘だ。
いや、なにが嘘って、わかんないけども。



つかの間見た幻の置き土産のように。私の机に残されたチョコチップメロンパンを見下ろしていると、トイレから戻った友人が、「あ、食事ゲットしたんじゃん、おめー!」なんて言った。

 こんなお代を支払ったのは、初めてデス。




なぜだか不意に、冬獅郎くんの顔が浮かんだ。










--------アトガキ---------

こ、こんにちはー……管理人ですぅー……

今日が何月何日で、前回更新が何月何日かは気にしない方向で行っていただけるとありがt、いたっ、石投げないでっ、あでっ、いやっあのっごめんなさぎゃぁぁあああああ



はい、で。
北海道はもう雪降りました。おっかしいなー、毎年初雪は10月下旬なのに……でも私はまだ目にしてはいない。

そして連載ですが、シロがいなーい!存在感!存在感!!
どうにかシロを出そうと思っても、やっぱり喋る他キャラが出て来ると、完全に押されますね。分かってましたけど。
でもこのくだりが管理人には必要なのだよ少年!、ということで、存在感がゼロにどれだけ近づこうとこのまま押してまいります。諦めたまえ冬獅郎くん。

崎守くんに至っては、あ、このタイミングでソレ言うんだ、とか思ったのは永遠の秘密。
管理人の計画なんて、あってないようなものですからもうご自由にやってください、と勝手に先走る彼らをもはや引き止めることはないのであったー。
千尋也くんは、いいぞもっとやれ状態です。
ようするに管理人はやけっぱちです。
動かないのは冬獅郎くんだけです。どうしたのアナタ、メインは君よ!

おっかしいなー、この子いつになったらちゃんと喋り始めるのかしら。1歳児でももっと喋る気がする。




さて皆さん、10月ですよ。新シリーズアヌメが始まる季節ですよ。チェックはお済ですか!

管理人としては、青エクが結局第1話から録画して、ついに見始めることなくガソダムがはじまるという現実にうちふるえております。
おい冗談だろ、俺の中の時計はハガレソで止まってるぜ……

つまり私のHDDレコーダーの中には、青エクがまるまる録画されて溜まっていると。
それはいったい何日かけたら消化できるんだい。
どうりで最近、どんだけ映画とか消しても『HDDの容量がやばいです』の表示が消えないわけだ。

ついでにガソダムですが、だぶるおーではイラスト感想日記を毎週アップするというとてもニートテックな技を繰り出していた管理人ですが、多分今回のガソダムについてはそれは必要ないかと……え?あれだって今回のガソダムってつまりイナイレだろ?(管理人の中での曲解の極致

絵が萌えない上に燃えない。うーん致命傷……。

とかいってうっかりたぎった場合は、なにかしら日記で喚いているかもしれませんが。なんだかんだで管理人はガソダムバカ(´^ω^`)

でも前回みたいなイラスト感想はたぶん無理。最後の方は、一週間かけてイラスト描いてましたしね。しかし当時のあれはすごかった、ちょうどガソダム終了後一時間で、カウンターが千を回ったのは後にも先にもあの時期だけです(笑)


さあて、連載のアトガキなのに連載とまったく関係ないことを書いているぞー、でも自重しない!^^^^

でも退散します。
あと続きもがんばります^q^

レスは全く出来ていない状態で、ホントに大変申し訳ないかぎりです……。

連載を書くときには読み返し、励みにさせていただいております。
レスまでいけるのがいつになるか分からないですが、この場でお礼の意を申し上げたいと思います。
ヘタレ管理人で大変ごめんなさい!


次はそろそろティエリア連載を更新したいんですが、どうなることやら…いやはや。

111005


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