069


「おっきくなったよなぁ〜……」



夏休みのあの日から、共に暮らしはじめ、毎日目にするだけに違いが分かりにくいが、最初に出会った時の大きさを思えば歴然。

二倍………は言い過ぎだが、1.5倍なんて可愛いもんではない。

飽食か? 食事の与えすぎなのか?


赤い方は大して変わってないような気もする。黒い方がこれはもう……



「デメキンにあるまじきデカさ」



餌が貰えるかと、しっぽふりふりガラス面に寄ってきた黒のデメキンを、親指と人差し指の隙間で計りながら憮然とする。


私のかわりにマイ弟がすくいあげてくれたデメキンは、いまや推定8cm。現在進行形で成長期。10cmもじきに越えそうだ。


対して、赤い金魚は、未だ見事なプロポーションとサイズを保っている。
うちの白いのと同じく、成長はぴったり止まってる。



「……まったく。どーしたものですかねぇ」



人差し指でガラス面をカリカリやれば、デメキンは鼻をすりすり。赤いのは、少し後ろでゆるゆる泳いで、それでもこちらを向いていた。

まるで誰かさんとそっくりだ。



「お前もお食べよ」



赤の上にばらばらと餌を落としながら、そう呼びかけた。



「ねぇ、それって子供生まれないの?」



リビングのテーブルにて、パジャマ姿で伸びきった母から声が飛んだ。



「うーん? 出目と赤いのとってこと?」

「そうそう」

「……種類違うよ?」

「でも金魚だし」

「そう、ですけども」



生まれる……のか?

じっと、黒と赤のそいつらを眺める。
そもそもこれ、オスとメスなんだろうか。



「あー、だめだ。眠い」

「お父さん、もうエンジン回しに行くよー? 早く着替えて着替えて」



その時がちゃり、と開いたリビングからは、スクールバックを持った冬獅郎くん。



「ほれ、あんたらも行った行った」

「もー、お父さん、苦労性でハゲさせないでよ?」



追い出されるようにして、慌ただしくリビングを出る。



「お、もうそんな時間か?気をつけてなぁ」



車のキーを片手にのんびり言ったお父さんが、肉の薄い手を持ち上げたので、すかさず潜り込んでお父さんのお腹に頭をぐりぐり。

おや、この弾力。以前よりぽよぽよしてる。


「お父さん、お腹出てきた?」

「あはは」



笑ってごまかす父に、まぁまだセーターで隠せるレベルだから良しとする。
元が痩せ形だしなぁ。



「仲間になるか?」

そんな父に、いちごみるくの飴玉で餌付けされる。
仕方がないから、そのささやかな賄賂で黙認してやることにした。

「ほれ、しろも」

差し出したもう一個を、差し向けられた冬ちゃんはしばらく注視し、それからふた呼吸置いてようやく、そっと手を出した。


なるほど、赤金魚もこんなテンポで餌食ってんだろな。


自らすり寄る勢いで餌付けされた自分を見下ろし、確かに夏からデカくなったよな私、と、言い知れぬ脱力感を覚えた。

























今年の学校の登校日も、あと二週間ほどだ。

高校の方が冬休みに入るのは遅いが、それでもあと10日。

下校し、家までの帰路を辿る途中で、指折り数える。

クリスマスとお正月、どうしようか。
あ、その前にもう一つ、大事なイベントがあるのだ。



「12月後半は大変だ」



ほくほく顔を自覚しながら呟いた。その時。

きゅっ、とダッフルコートの背中が、唐突につままれた。



「ひっ!」



たっぷり五秒、固まって、ようやく滑らかに動かない首を回せば、まっすぐこちらを見上げた冬獅郎くんがいた。

気配もなにも感じなかったのに、急にこれは心臓に悪い。


そう言おうとしたが、驚かせた自覚は全くなさそうな様子の彼に、結局口を開けずじまいで終わった。



「冬ちゃん、ずいぶん今日は遅いんだね?」



いつもなら、高校の私と帰宅時間がかぶることなんてないのに。

彼がまだ肩から下げたままのスクールバックを見て、首を傾げる。


そんな私に頓着せずに、冬獅郎くんは私の手を取ると踵を返し、

駆け出した。



「冬ちゃぁあん!?」



辛うじてコンパスは勝っているはずだが、ギアか馬力で格段に劣る私は、突然に全力疾走をはじめた冬獅郎くんに引っ張られ、道を駆ける。

なんだなんだ、何事だ。



脇目も振らずに前をひた走る冬獅郎くんにそう尋ねたかったが、早々に息が上がった身ではそれもかなわなかった。だめだ帰宅部。



「いた! こっちだこっち!!」



…………なんだというんでしょうか。

横道の坂の上。
多分、中学生位の少年が、こちらを見つけて声を張り上げた。
それに呼応するように、別の道から現れた少年。


……今度はなにしたの、マイ弟。


足の回転に本腰入れて、全力で逃げることにした。

今までの経験からなんとなく分かる。これは捕まったら私刑に遭う。



何人に追いかけられてるのか知らないが、あちこちの道の先から現れる少年たちに、冬獅郎くんは捲くようにして角を曲がり、時に私有地を横切りして駆ける。

この忙しない状況の中、どういう具合か、上手く挟み撃ちに合わないように道を選ぶマイ弟に、舌を巻いた。

しかしそのおかげで、相手方はイライラのボルテージが収まりつかないところまで上がっていく気がするのは、悲しきかな現実のようだった。












「高校裏の、コンビニ一本横の通りだった」



手にした携帯で連絡を取り合う中学生たちを、近所のアパートの駐輪場の影から窺う。

今どきは、子供の喧嘩もハイテクの波が来てるのね。携帯なんか、高校生になってから自分のお金で買いなさい!

八つ当たりのようにそんなことを思って、携帯電話を使って包囲網を作ろうとする彼らに、色んな恐怖を感じた。

これでいいのか現代っ子。

どうやら携帯を買い与えられていない少年の一人が、手持ち無沙汰に携帯で連絡を取る仲間を眺める様子に、無性に励ましたくなったりして。



くいくい、とまた背中を引かれて、今度は素直に振り返れば、冬獅郎くんが駐輪場の反対側から抜け出そうとしていた。

確かに、包囲網が完成する前に脱出しなくては。



「冬ちゃん、あんまり危険なことしちゃ駄目だからね」



小声で叱り、おいでと手を伸ばす。

少々訝しげに手を出してきた冬獅郎くんに、今度は逆に私が手を引いて駐輪場の奥へコソコソ進む。


非常階段の手すりを乗り越え、階段を二階まで上って間近のブロック塀の上に降りる。

冬獅郎くんも、黙って後ろを付いてくる。



通りからは見えないその塀の上をしばらく進み、一軒家の裏手におりて、家と家の僅かな隙間を進む。

かつて自分が小学校、幼稚園だった頃に、友人たちと鬼ごっこや隠れんぼで遊んだこの町は、自分の庭である。

友達の家や駄菓子屋までの最短距離、いかに普通の道を通らないで学校へ行く道のり、
ストーカーに遭っても怖くない位に、この辺りの道なき道は知りつくしている。


突っかえそうになるカバンを抱え直して、もう片手ではしっかり冬獅郎くんの左手を握った。

表通りでは、少年たちの話し声が聞こえる。


不謹慎にも、妙に楽しくなって笑ってしまえば、冬獅郎くんがさも不思議そうにこちらを見上げた。










「さて、と」



自宅マンションまで50m。向かいの一軒家の並びの隙間から、通りの様子を窺う。

ここまでは裏道抜け道を通ってきたが、ここから先は普通の道を行くしかない。

マンションの前に少年たちがいないところを見ると、自宅はどうやらバレていないようだが。
ここでマンションに駆け込むところを見られでもすれば、多分全ての苦労が水の泡だろう。


遠くの通りで、人影が行き来している。
隣で冬獅郎くんが、それをじっと見つめていた。

内容が聞き取れない会話も、どこからか聞こえている。


冬獅郎くんが、ギュッと繋いだままの手に力を篭めた。



「ふ、わっ…!」



浮くように引かれた手。

スタートダッシュした冬獅郎くんに、導かれるように足を動かす。

道を横切り、道路の反対側の端をマンションに向かって、あっという間に駆け抜ける。

力強く引かれる腕で、軽くなったように体が進む。

あと30m、20、15、10、……


これ以上ないほどストライドを伸ばして、自分を引っ張る冬獅郎くんの手をしっかり握って、

息をするのも忘れるほど懸命に駆けて、

そうしてエントランスに飛び込んだ。










「か、かぎ………鍵がささらない……」


カタカタ震える手の焦点が定まらない。

横から、平常そのものの冬獅郎くんの手が延びてきて、鍵を手に取り、解錠した。


開いたドアに、なだれ込むように突入すれば、腰が抜けたように廊下へ膝から崩れ落ちた。


疲れたというより、力が入らない。

膝も腕も、全身カタカタ笑っている。
ついでに顔も半笑いだ。



「もうだめ、もう動けない」



12月も中旬近くに、廊下の冷たさが気持ちいいなどと思う日が来るとは思わなかった。

鬱陶しく顔にふりかかる髪をよける元気も残ってない。


ちゃんと見て覚えたんだろう、ドアを内側からロックして、いつも通り靴を脱ぐマイ弟に、まさかこの子、いつもこんな鬼ごっこしながら家に帰って来てるのかしらと、顔面引きつらせた。



「そんなことないよね?」

「………」

「たまたまだよね…?」

「……………」

「ま、稀にあるのかな?」

「…………………」

「週にどれ位あるの…」



静かに立てられた、指二本。が、一拍置いてゆっくり三本に増えた。


完全に脱力して、廊下にへばり付く。
遠慮がちに肩に触れてきた手を強く引いて、思いがけぬ奇襲に倒れ込んできた体を抱え、



「この辺の裏道全部教えてあげるから、絶対怪我しないよう帰ってきなさい!」



きっちり、約束させた。



喧嘩しないようにとか、仲良くとか、もちろん叶うならその方が百倍いいのだけど、多分それは、今の冬獅郎くんには難しすぎるだろうから。

せめて無事で帰ってくるように。


私が幼少時代に開拓した数々の抜け道は、きっと冬獅郎くんが使えば鬼に金棒だろう。


懐かしい小さい頃の思い出は、まるでこの時のための日々だったような錯覚さえ覚えて、くすぐったい。



抱き込んだマイ弟が、私の上で少し力を抜いたのを感じて、小さく苦笑いを零した。



















ーーーーーーアトガキーーーーー



毎度ながら、たいっへん、たいっへんお待たせしました。
いさっくん夢とか書いてるバヤイではなかったですね。いや楽しかったんだけdげほごほ



子供の頃、抜け道裏道で遊んだ覚えはないでしょうか?
私は、大阪の街中に住んでた時は、もっぱら駄菓子屋に行くのに使って遊んでました。

そこより田舎に引っ越したら、逆にゲームかカマキリ取りに走って、そういう遊びをしなくなりましたが。
結構ゆったりした街並みだから、あんまり裏道もないんですよね。

裏道、今使うと、裏道から抜け出た時が完全に怪しい人なので別の警戒が必要になりますが^ω^
なんせ、家と家の45cmの隙間を行きますからねぇ……



とりあえず金魚がようやく出せて、管理人は満足です。


わ、忘れてたわけじゃないんだからね!


まぁ運動会辺りで思い出したんですが。
そこから出そう出そうとして、ついにここまで。

いや長かった。そりゃ金魚もでっかくなるわ。



110122


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